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第2章
14・新しい居場所
しおりを挟む「では、そろそろ中へ」
シリウス様が短く告げると、マーサとオリバーが扉へ向かって手をかざした。
二人の魔力の気配がふわっと広がり、重たい木の扉がぎいと音を立てて開く。
「どうぞ。簡単にはなりますが、屋敷の中を案内しましょう」
「あ、ありがとうございます」
先に歩き出したシリウス様のあとを追うように、私も屋敷の中へと足を踏み入れた。
(……やっぱり中も立派)
扉の先には、天井の高いエントランスが広がっていた。
磨き上げられた大理石の床には淡い色の絨毯が敷かれ、壁にかけられたランタン型の魔道灯が柔らかな光を落としている。
思っていたよりもずっと明るく、温かい雰囲気の家だ。
「こんなに広いのに使用人が二人だけって……足りているんですか?」
シリウス様の後ろについて廊下を歩きながら、思わず疑問を口にしてしまった。
「ええ。ただでさえ立場上、人に囲まれることが多いのに、家でまで人に囲まれたくないもので。それに、二人とも魔術が使えますから必要なことは十分にこなせます」
シリウス様はいつものしれっとした様子で、淡々と答えている。
(たしかに、シリウス様は有名人だから、職場でもどこでも、人に囲まれていないことの方が少ないんだろうけど……)
それに疲れる気持ちも、分からなくはない。
とはいえ、だ。
この屋敷は本当に広い。進めば進むほどにその実感が強くなる。
廊下ひとつとっても、バクスターの屋敷とは比べものにならない。
そのバクスター家でさえも、給料が払えなくなるまでは、それなりの数の使用人を雇っていた。
だというのに、このヴェルナー家の使用人は、マーサとオリバーの二人だけだとは。
「要は……旦那様、かなりの人嫌いなんですよ」
私の後ろを歩いていたマーサが、耳打ちをするようにこそりと囁いた。
「な、なるほど……」
そんな会話をしているうちに、目的の場所へたどり着いたのか、シリウス様がひとつの部屋の前で足を止めた。
「こちらが客間……いえ、今日からはあなたの部屋です」
シリウス様はそう言うと、扉を手ずから開けてくれた。
広すぎず狭すぎないその部屋は、シンプルながらも落ち着いた色合いの家具でまとめられていた。
窓からは庭が見下ろせるようで、開放感もある。
「気に入っていただけると良いのですが」
「……とても、素敵なお部屋です。ありがとうございます」
部屋に差しこむ鮮やかな夕日が眩しい。
シリウス様の言葉に、なんだか泣きそうな心地だった。
シリウス様はどうしてこんなに良くしてくれるのだろうか。
遠縁のはずのバクスター家の人たちよりも、他人のはずのシリウス様のほうがずっと優しく感じる。
契約結婚だというのに、私のためにここまで用意してくれた。
それだけで十分だ。
「……もうこんな時間ですか。そろそろ夕食にしましょう」
私の視線を追うように窓の外を見たシリウス様は、ふと気づいたように言った。
それからくるりと踵を返す。
(もしかして、私も一緒に……ということ?)
話の流れからすれば、私も共に、ということだろう。
それでも少しだけ不安になってしまったのは、私とシリウス様の間にあるのが契約結婚だからだ。
この人に、どこまで甘えていいのかがわからない。
遠慮すべきなのか、それとも当然のように振る舞うべきなのか、判別がつかないのだ。
「どうしました。なにか気になることでも?」
私が立ち止まったまま動けずにいたことに気づいたのだろう。
扉の付近まで進んだシリウス様が振り返る。
私は迷った末に、恐る恐る口を開いた。
「もしかして、私も一緒に……ですか?」
それは自分でも驚くほど小さな声だった。
シリウス様へ届いているか怪しいほどの、小さな声。
けれど、きちんとシリウス様は聞き取ってくれていたらしい。
「何を言っているんです。当然でしょう。あなたは今日からここで暮らすんですよ」
まるで当然のことのように、眉ひとつ動かさずに答えてくれる。
「……っはい」
義実家にいた時とは異なる、不思議な心地だった。心の奥が温かい。
ここにいてもいいと、受け入れられているような、そんな感じがする。
私は返事をすると、小走りでシリウス様のあとを追いかけて部屋を出た。
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