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第2章
13・ヴェルナー屋敷のにぎやかな使用人
しおりを挟む馬車に乗ってどれくらいの時間が経っただろうか。
昼過ぎに出発したはずなのに、気づけば馬車の窓から茜色の光が差し込んできている。
車輪が石畳を転がる音は、いつしか土の上を走る音へと変わっていた。
「わぁ……」
窓の外へと視線を向けて、私は思わず息を飲んだ。
進む先に見えるのは、深い森だ。
その森のそばに寄り添うようにして、白亜の大きな屋敷が建っている。
夕日を受けて淡く輝く白壁は、森の静けさと相まって、凛とした気配をまとっているように見えた。
やがて馬車が、ゆっくりと屋敷の前で停まった。
馬車の扉が開き、シリウス様と二人で外へと降り立つ。
「す、すごいお屋敷ですね……」
正面から見ると余計に迫力がある。
さすが、国一番の魔術師が住む家といったところだろうか。
バクスターの屋敷と比べて一回り以上大きい。
それなのに、しっかりと手入れが行き届いているのが外観からでもわかる。
白壁には汚れひとつないし、屋敷前には花が植えられ夕陽の中ゆらゆらと風に揺られていた。
「そうですか? あなたのお気に召したのなら何よりですが――」
シリウス様が言いかけたその時、屋敷の大きな扉が開いた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
中から顔をのぞかせたのは、栗色の髪をひとつにまとめたふくよかな中年の女性だった。口元のほくろが、朗らかな微笑みによく似合っている。
メイド服を身につけていることから、彼女はこの屋敷のメイドなのだろう。
「まぁまぁ、なんて可愛らしいお嬢さん! もしかしなくても、この方が旦那様の!?」
メイドは私を見るやいなや、頬に両手を当ててうっとりとした表情を浮かべた。
突然の勢いにたじろいでしまった私は、思わず一歩後ずさってしまう。
「もう! しれっとした顔をして! もっと嬉しさを全面に出してくださいな! わたくしたち使用人一同は、奥様が来られるのを今か今かと待ちわびていたんですよ!」
メイドは、私と違ってまったく動じていないシリウス様の腕を軽く肘でつつきながら、にまにまと嬉しそうに笑みを浮かべている。
「お、奥、奥様……」
私はといえば、メイドから至極当然のように放たれた呼ばれ慣れない呼称に、動揺を隠せずにいた。
たしかに、シリウス様と結婚するということは、私は「奥様」と呼ばれる日が来るのだろう。
それも近いうちに。
(でも、面と向かって言われると、まだそわそわして落ち着かないわ)
「……一同と言っても、この屋敷に使用人は二人しかおりませんがね」
その時、温かみのある男性の声が割り込んできた。
メイドの後ろから現れたのは、落ち着いた佇まいをした初老の男性だ。
くるんとした白い髭に、ぴしりと整えられた白髪のオールバック。金のモノクルがきらりと光る立ち姿はまさに執事そのものだ。
「マーサ、奥様にお会いできて嬉しいのは僕も同じですが、旦那様の前ですよ。静かになさい」
「はぁい。オリバーさんったら真面目なんですから」
主人をおいて会話を進める使用人二人に、主のシリウス様はというと、片手でこめかみを押さえ、ため息をついていた。
「二人とも……。まだ、彼女は婚約者の段階です。あまり先走らないでいただきたい」
「もう、旦那様ったら照れちゃって! いずれ奥様になるんですから、似たようなものじゃあありませんか!」
(……照れ、てる? どこが?)
いやいやいや、わからない。
マーサにはシリウス様が照れているように見えているようだが、私にはどこからどう見てもいつもの真顔にしか見えない。
「奥様、どうかお気になさらないでくださいね。旦那様は分かりづらいですが、これでも大喜びしておられるんですよ」
「ええ……?」
オリバーの言葉に、私はさらに困惑の渦の中へと叩き落とされる。
そんな様子を見かねてか、シリウス様が真顔のまま口を開いた。
「オリバー、余計なことを吹き込まないように」
「おやおや。これは失礼いたしました」
オリバーは悪びれる様子もなく、にこにこと微笑みながら恭しげに頭を下げた。
一度咳払いをしたシリウス様は、私の方へ視線を向ける。
「セレフィア、紹介が遅れました。こちらはメイドのマーサと、執事のオリバーです。どちらも魔術を使えます。何か困ったことがあれば、遠慮なく私かこの二人に申し付けてください」
シリウス様の言葉に、マーサとオリバーが揃って居住まいを正している。
「セ、セレフィア・ウィンストンと申します。よろしくお願いします」
二人が私へ頭を下げたのを見て、私も慌てて頭を下げた。
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