14 / 17
第2章
13・ヴェルナー屋敷のにぎやかな使用人
しおりを挟む馬車に乗ってどれくらいの時間が経っただろうか。
昼過ぎに出発したはずなのに、気づけば馬車の窓から茜色の光が差し込んできている。
車輪が石畳を転がる音は、いつしか土の上を走る音へと変わっていた。
「わぁ……」
窓の外へと視線を向けて、私は思わず息を飲んだ。
進む先に見えるのは、深い森だ。
その森のそばに寄り添うようにして、白亜の大きな屋敷が建っている。
夕日を受けて淡く輝く白壁は、森の静けさと相まって、凛とした気配をまとっているように見えた。
やがて馬車が、ゆっくりと屋敷の前で停まった。
馬車の扉が開き、シリウス様と二人で外へと降り立つ。
「す、すごいお屋敷ですね……」
正面から見ると余計に迫力がある。
さすが、国一番の魔術師が住む家といったところだろうか。
バクスターの屋敷と比べて一回り以上大きい。
それなのに、しっかりと手入れが行き届いているのが外観からでもわかる。
白壁には汚れひとつないし、屋敷前には花が植えられ夕陽の中ゆらゆらと風に揺られていた。
「そうですか? あなたのお気に召したのなら何よりですが――」
シリウス様が言いかけたその時、屋敷の大きな扉が開いた。
「お帰りなさいませ、旦那様」
中から顔をのぞかせたのは、栗色の髪をひとつにまとめたふくよかな中年の女性だった。口元のほくろが、朗らかな微笑みによく似合っている。
メイド服を身につけていることから、彼女はこの屋敷のメイドなのだろう。
「まぁまぁ、なんて可愛らしいお嬢さん! もしかしなくても、この方が旦那様の!?」
メイドは私を見るやいなや、頬に両手を当ててうっとりとした表情を浮かべた。
突然の勢いにたじろいでしまった私は、思わず一歩後ずさってしまう。
「もう! しれっとした顔をして! もっと嬉しさを全面に出してくださいな! わたくしたち使用人一同は、奥様が来られるのを今か今かと待ちわびていたんですよ!」
メイドは、私と違ってまったく動じていないシリウス様の腕を軽く肘でつつきながら、にまにまと嬉しそうに笑みを浮かべている。
「お、奥、奥様……」
私はといえば、メイドから至極当然のように放たれた呼ばれ慣れない呼称に、動揺を隠せずにいた。
たしかに、シリウス様と結婚するということは、私は「奥様」と呼ばれる日が来るのだろう。
それも近いうちに。
(でも、面と向かって言われると、まだそわそわして落ち着かないわ)
「……一同と言っても、この屋敷に使用人は二人しかおりませんがね」
その時、温かみのある男性の声が割り込んできた。
メイドの後ろから現れたのは、落ち着いた佇まいをした初老の男性だ。
くるんとした白い髭に、ぴしりと整えられた白髪のオールバック。金のモノクルがきらりと光る立ち姿はまさに執事そのものだ。
「マーサ、奥様にお会いできて嬉しいのは僕も同じですが、旦那様の前ですよ。静かになさい」
「はぁい。オリバーさんったら真面目なんですから」
主人をおいて会話を進める使用人二人に、主のシリウス様はというと、片手でこめかみを押さえ、ため息をついていた。
「二人とも……。まだ、彼女は婚約者の段階です。あまり先走らないでいただきたい」
「もう、旦那様ったら照れちゃって! いずれ奥様になるんですから、似たようなものじゃあありませんか!」
(……照れ、てる? どこが?)
いやいやいや、わからない。
マーサにはシリウス様が照れているように見えているようだが、私にはどこからどう見てもいつもの真顔にしか見えない。
「奥様、どうかお気になさらないでくださいね。旦那様は分かりづらいですが、これでも大喜びしておられるんですよ」
「ええ……?」
オリバーの言葉に、私はさらに困惑の渦の中へと叩き落とされる。
そんな様子を見かねてか、シリウス様が真顔のまま口を開いた。
「オリバー、余計なことを吹き込まないように」
「おやおや。これは失礼いたしました」
オリバーは悪びれる様子もなく、にこにこと微笑みながら恭しげに頭を下げた。
一度咳払いをしたシリウス様は、私の方へ視線を向ける。
「セレフィア、紹介が遅れました。こちらはメイドのマーサと、執事のオリバーです。どちらも魔術を使えます。何か困ったことがあれば、遠慮なく私かこの二人に申し付けてください」
シリウス様の言葉に、マーサとオリバーが揃って居住まいを正している。
「セ、セレフィア・ウィンストンと申します。よろしくお願いします」
二人が私へ頭を下げたのを見て、私も慌てて頭を下げた。
33
あなたにおすすめの小説
醜女の私と政略結婚した旦那様の様子がおかしい
サトウミ
恋愛
この国一番の醜女である私と結婚したイバン様。眉目秀麗で数多の女性と浮き名を流した彼は、不祥事を起こしたせいで私なんかと結婚することになってしまった。それでも真面目な彼は、必死に私を愛そうと努力してくださる。
──無駄な努力だ。
こんな色白で目と胸の大きい女を、愛せるはずがない。
悪役令嬢になんてなりたくない!
桜夢 柚枝*さくらむ ゆえ
恋愛
「王太子の婚約者になりました」
ってお父様?
そんな女性たちに妬まれそうな婚約者嫌です!小説の中のような当て馬令嬢にはなりたくないです!!!!
ちょっと勘違いが多い公爵令嬢・レティシアの婚約破棄されないようにするためのお話(?)
突然の契約結婚は……楽、でした。
しゃーりん
恋愛
幼い頃は病弱で、今は元気だと言うのに過保護な両親のせいで婚約者がいないまま18歳になり学園を卒業したサラーナは、両親から突然嫁ぐように言われた。
両親からは名前だけの妻だから心配ないと言われ、サラーナを嫌っていた弟からは穴埋めの金のための結婚だと笑われた。訳も分からず訪れた嫁ぎ先で、この結婚が契約結婚であることを知る。
夫となるゲオルドには恋人がいたからだ。
そして契約内容を知り、『いいんじゃない?』と思うお話です。
『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』
ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。
現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。
公爵令息と悪女と呼ばれた婚約者との、秘密の1週間
みん
恋愛
「どうやら、俺の婚約者は“悪女”なんだそうだ」
その一言から始まった秘密の1週間。
「ネイサン、暫くの間、私の視界に入らないで」
「え?」
「ネイサン……お前はもっと、他人に関心を持つべきだ」
「え?えーっ!?」
幼馴染みでもある王太子妃には睨まれ、幼馴染みである王太子からは───。
ある公爵令息の、やり直し(?)物語。
❋独自設定あり
❋相変わらずの、ゆるふわ設定です
❋他視点の話もあります
「呪いの子」と蔑まれてきた私と婚約者の幼馴染、一体何が違うの?
きんもくせい
恋愛
「呪いの子」
100年に一度誕生すると言い伝えられる、精霊に嫌われた子供。民衆からも貴族からも良い顔をされない彼等の体質は、なんと名門伯爵家の令嬢・グレースにまで現れた。呪われた彼女の婚約者となったのは、軽薄で見た目ばかりを重視する伯爵家の令息・リアムという男。しかしこの男には「呪いの子」である幼馴染の少女がいて、彼は彼女を溺愛している。
彼女とグレースの違うところといえば、その呪いが身体に現れているかどうかだけ。周りの者から馬鹿にされ、婚約者にも蔑まれる日々の中、ある日グレースの身に異変が起こる。
辺境伯夫人は領地を紡ぐ
やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。
しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。
物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。
戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。
これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。
全50話の予定です
※表紙はイメージです
※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)
閉じ込められた未亡人は、当主となった義息と契約する。
黒蜜きな粉
恋愛
借金の肩代わりとして後妻に入った私は、
妻と呼ばれながら屋敷の離れで「いないもの」として暮らしていた。
ある雪の日、夫が事故死したと告げられる。
だが、葬儀に出ることすら許されず、私は部屋に閉じ込められた。
新たに当主となった継子は言う。
外へ出れば君は利用され奪われる、と。
それが保護であり、同時に支配なのだと理解したとき、
私はその庇護を条件付きの契約に変えることを選ぶ。
短いお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる