【完結】氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~

雨宮羽那

文字の大きさ
14 / 71
第1章

12・早くも前途多難……?

しおりを挟む

 バクスターの屋敷の前には、四頭立ての馬車が停まっていた。
 馬への負担軽減のための魔道具、金の足輪をはめた黒毛の馬たちが、落ち着いた様子で体を揺らしている。
 深い紺色をしたキャリッジには、杖と狼が象られた紋章が刻まれていた。
 
 この馬車が、シリウス様が手配してくれたものなのだろう。

「私の屋敷は王都の外れにあります。馬車だと少し時間がかかりますが……。疲れたら仰ってください」

「いえ、馬車を手配していただけただけでありがたいです」

 シリウス様へと言葉を返し、乗り込もうとステップへ足をかける。
 そのタイミングで、私はふと気がついた。

「あれ……。そういえば、シリウス様も馬車で戻られるんですか?」

 義両親たちの手前、私はひそりと小声で尋ねる。
 私と違って、この人は魔術で移動できるはずだ。
 帰り道なら、義両親の前でのように『仲睦まじい恋人』のふりをする必要もない。
 魔術で移動した方が慣れているだろうし、その方が早い。
 本人が「馬車だと時間がかかる」と言っているのだから尚更、シリウス様だけでも魔術の方がいいのではないだろうか。

「ええ。魔術で空を飛ぶこともできますが……あなたを抱えて移動することになりますので。今日は、こちらの方が良いでしょう」

「……っ!?」

 (抱えて!?)

 すぐ後ろに立っていたシリウス様が私の耳元へ落とすように囁いてきたせいで、反射的に顔が熱くなってしまった。
 どうやらシリウス様の中では、私を一人馬車に乗せ自分だけ魔術で帰る、という選択肢は無いらしい。

 (いや、確かに私を抱えれば移動できるだろうけども!!)

 私は魔力耐性があるせいで魔術が効かない。
 けれど、間接的にならば魔術の恩恵を受けることができる。
 今の話でいうならば、魔術がかかっているのはシリウス様であって、私は魔術関係なしに抱えられているだけだからだ。

 しかし、真昼間に眉目秀麗な魔術師長に抱えられて街中を移動するのは、さすがにこっ恥ずかしいものがある!
 
 私はシリウス様に動揺を悟られないようにこっそり息を整えると、逃げるように馬車へ乗り込んだ。
 
 義両親とアルフレッドが見送る中、扉が閉まり、ゆっくりと馬車が動き出す。
 窓の外で小さくなっていくバクスター家を眺めていると、ふと向かいに座ったシリウス様が口を開いた。
 
「先ほどは……許可なくあの場から連れ去って、すみませんでした」

「い、いえ……! そんな気にしないでください……!」

 先ほど、とはおそらくアルフレッドとの出来事を指しているのだろう。
 慌てて首を横に振ると、シリウス様はわずかに瞳を伏せた。

「あなたにとってはご家族との別れなのに、私が急かしてしまいましたから」

「こちらこそ、妙なところを見せてしまってすみません。正直、助かりました。義兄あには……いつもはあんな風ではないんですけど……」

 アルフレッドは、義兄になった日からずっと穏やかな笑みを浮かべていた。
 その微笑みに恐怖や圧迫感を抱く日もあったが、それもすべて家族への想いがあるからなのだろう。
 
 だけど、今日は様子が違った。
 客間でシリウス様が話している時も、私の腕を掴んだあの瞬間も……。いつもの笑みはどこにもなかった。
  その違和感だけが、胸の奥に引っかかったままだ。

「……」

 シリウス様は何かを思案するように顎に手を当て、足元へ視線を落としていた。
 流れる沈黙が妙に重く感じられて落ち着かない。
 そわそわとスカートを握りしめていると、ポケットの中に入れっぱなしだった布の感触に気がついた。
 ――シリウス様へ返そうと思っていた白いハンカチだ。
 
「あ、そうだ……。これ、返さないと……」

 このままではすっかり返しそびれてしまうところだった。
 私はポケットから白いハンカチを取り出すと、シリウスへそっと差し出す。

「洗ってお返しするのが遅くなってすみません。先日は、ありがとうございました」

「……いいえ」

 シリウス様は、ハンカチをどこか眩しそうな眼差しで見つめていた。
 信じられないくらい、優しい瞳をしている。

「こちらこそ。丁寧に扱ってくださってありがとう」

「……っ」

 どうしてだろうか。
 シリウス様の顔を真っ直ぐに見られない。

 (……きっと想像以上に、大切そうにハンカチを受け取られたからだ)

 私は顔が赤くなってしまっているであろうことを誤魔化そうと、慌てて別の話題を振ることにした。

「そ、そういえばシリウス様、さっきはすごかったですね……!」

「さっきとは?」

 勢いのまま口にした言葉に、シリウス様が小さく首を傾げる。

「うちの義両親おやの前でのことですよ……! 結婚の了承を得るためとはいえ、あんな風にすらすらと……セリフを言えるなんて!」

 本当は「甘いセリフを」と言いかけたが、恥ずかしさが勝ってしまって適当に言葉をにごす。

「あんまりにも真顔でおっしゃるものですから、どこまで本当で嘘なのか分からなかったですよ……!」

 私が言い終えるとシリウス様は目を伏せ、何かを考えるようにしばし沈黙した。
 そして、ぽつりと一言。

「……すべて嘘ではない、と言ったらあなたはどう思いますか?」

「ど、どうって……?」

 それはつまり、義両親の前で言い放ったシリウス様の言葉が、嘘では無いかもしれないということだろうか。
 私は脳内で、シリウス様のセリフを思い出す。

「え、ええ?」

『幸せにします』だの『私がいない日常が耐えられない』だの『片時も離れたくない』だのが、全部本当……?

「い、いやいやいや。そんなわけないじゃないですか……」

 (……だよね?)

 否定したものの不安になって、シリウス様へ視線を向ける。
 シリウス様は、何も言わずにただ私を見つめていた。

 (いや、ここで沈黙しないで……?)

「……さて、どうでしょうね」

 耐えきれずに私が膝へと視線を落とそうとした瞬間、低い声が落ちてきた。
 その声色には、冗談とも本気ともとれる曖昧さがにじんでいる。

 (困惑するから、そういうのはやめてほしい……)

 これから契約結婚生活が始まるというのに、夫になるはずの氷狼魔術師長様には振り回されてばかりだ。

 (……これは、前途多難かもしれない)

 そんな私の心とは裏腹に、馬車だけは軽快に走り続け、真っ直ぐにシリウス様の屋敷へと向かっていた。

 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました

水都 ミナト
恋愛
最高峰の魔法の研究施設である魔塔。 そこでは、生活に不可欠な魔導具の生産や開発を行われている。 最愛の父と母を失い、継母に生家を乗っ取られ居場所を失ったシルファは、ついには戸籍ごと魔塔に売り飛ばされてしまった。 そんなシルファが配属されたのは、魔導具の『メンテナンス部』であった。 上層階ほど尊ばれ、難解な技術を必要とする部署が配置される魔塔において、メンテナンス部は最底辺の地下に位置している。 貴族の生まれながらも、魔法を発動することができないシルファは、唯一の取り柄である周囲の魔力を吸収して体内で中和する力を活かし、日々魔導具のメンテナンスに従事していた。 実家の後ろ盾を無くし、一人で粛々と生きていくと誓っていたシルファであったが、 上司に愛人になれと言い寄られて困り果てていたところ、突然魔塔の最高責任者ルーカスに呼びつけられる。 そこで知ったルーカスの秘密。 彼はとある事件で自分自身を守るために退行魔法で少年の姿になっていたのだ。 元の姿に戻るためには、シルファの力が必要だという。 戸惑うシルファに提案されたのは、互いの利のために結ぶ契約結婚であった。 シルファはルーカスに協力するため、そして自らの利のためにその提案に頷いた。 所詮はお飾りの妻。役目を果たすまでの仮の妻。 そう覚悟を決めようとしていたシルファに、ルーカスは「俺は、この先誰でもない、君だけを大切にすると誓う」と言う。 心が追いつかないまま始まったルーカスとの生活は温かく幸せに満ちていて、シルファは少しずつ失ったものを取り戻していく。 けれど、継母や上司の男の手が忍び寄り、シルファがようやく見つけた居場所が脅かされることになる。 シルファは自分の居場所を守り抜き、ルーカスの退行魔法を解除することができるのか―― ※他サイトでも公開しています

酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜

鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。 そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。 秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。 一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。 ◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

水錵 咲
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ ◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!  皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*) (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

処理中です...