氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~

雨宮羽那

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第1章

12・早くも前途多難……?

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 バクスターの屋敷の前には、四頭立ての馬車が停まっていた。
 馬への負担軽減のための魔道具、金の足輪をはめた黒毛の馬たちが、落ち着いた様子で体を揺らしている。
 深い紺色をしたキャリッジには、杖と狼が象られた紋章が刻まれていた。
 
 この馬車が、シリウス様が手配してくれたものなのだろう。

「私の屋敷は王都の外れにあります。馬車だと少し時間がかかりますが……。疲れたら仰ってください」

「いえ、馬車を手配していただけただけでありがたいです」

 シリウス様へと言葉を返し、乗り込もうとステップへ足をかける。
 そのタイミングで、私はふと気がついた。

「あれ……。そういえば、シリウス様も馬車で戻られるんですか?」

 義両親たちの手前、私はひそりと小声で尋ねる。
 私と違って、この人は魔術で移動できるはずだ。
 帰り道なら、義両親の前でのように『仲睦まじい恋人』のふりをする必要もない。
 魔術で移動した方が慣れているだろうし、その方が早い。
 本人が「馬車だと時間がかかる」と言っているのだから尚更、シリウス様だけでも魔術の方がいいのではないだろうか。

「ええ。魔術で空を飛ぶこともできますが……あなたを抱えて移動することになりますので。今日は、こちらの方が良いでしょう」

「……っ!?」

 (抱えて!?)

 すぐ後ろに立っていたシリウス様が私の耳元へ落とすように囁いてきたせいで、反射的に顔が熱くなってしまった。
 どうやらシリウス様の中では、私を一人馬車に乗せ自分だけ魔術で帰る、という選択肢は無いらしい。

 (いや、確かに私を抱えれば移動できるだろうけども!!)

 私は魔力耐性があるせいで魔術が効かない。
 けれど、間接的にならば魔術の恩恵を受けることができる。
 今の話でいうならば、魔術がかかっているのはシリウス様であって、私は魔術関係なしに抱えられているだけだからだ。

 しかし、真昼間に眉目秀麗な魔術師長に抱えられて街中を移動するのは、さすがにこっ恥ずかしいものがある!
 
 私はシリウス様に動揺を悟られないようにこっそり息を整えると、逃げるように馬車へ乗り込んだ。
 
 義両親とアルフレッドが見送る中、扉が閉まり、ゆっくりと馬車が動き出す。
 窓の外で小さくなっていくバクスター家を眺めていると、ふと向かいに座ったシリウス様が口を開いた。
 
「先ほどは……許可なくあの場から連れ去って、すみませんでした」

「い、いえ……! そんな気にしないでください……!」

 先ほど、とはおそらくアルフレッドとの出来事を指しているのだろう。
 慌てて首を横に振ると、シリウス様はわずかに瞳を伏せた。

「あなたにとってはご家族との別れなのに、私が急かしてしまいましたから」

「こちらこそ、妙なところを見せてしまってすみません。正直、助かりました。義兄あには……いつもはあんな風ではないんですけど……」

 アルフレッドは、義兄になった日からずっと穏やかな笑みを浮かべていた。
 その微笑みに恐怖や圧迫感を抱く日もあったが、それもすべて家族への想いがあるからなのだろう。
 
 だけど、今日は様子が違った。
 客間でシリウス様が話している時も、私の腕を掴んだあの瞬間も……。いつもの笑みはどこにもなかった。
  その違和感だけが、胸の奥に引っかかったままだ。

「……」

 シリウス様は何かを思案するように顎に手を当て、足元へ視線を落としていた。
 流れる沈黙が妙に重く感じられて落ち着かない。
 そわそわとスカートを握りしめていると、ポケットの中に入れっぱなしだった布の感触に気がついた。
 ――シリウス様へ返そうと思っていた白いハンカチだ。
 
「あ、そうだ……。これ、返さないと……」

 このままではすっかり返しそびれてしまうところだった。
 私はポケットから白いハンカチを取り出すと、シリウスへそっと差し出す。

「洗ってお返しするのが遅くなってすみません。先日は、ありがとうございました」

「……いいえ」

 シリウス様は、ハンカチをどこか眩しそうな眼差しで見つめていた。
 信じられないくらい、優しい瞳をしている。

「こちらこそ。丁寧に扱ってくださってありがとう」

「……っ」

 どうしてだろうか。
 シリウス様の顔を真っ直ぐに見られない。

 (……きっと想像以上に、大切そうにハンカチを受け取られたからだ)

 私は顔が赤くなってしまっているであろうことを誤魔化そうと、慌てて別の話題を振ることにした。

「そ、そういえばシリウス様、さっきはすごかったですね……!」

「さっきとは?」

 勢いのまま口にした言葉に、シリウス様が小さく首を傾げる。

「うちの義両親おやの前でのことですよ……! 結婚の了承を得るためとはいえ、あんな風にすらすらと……セリフを言えるなんて!」

 本当は「甘いセリフを」と言いかけたが、恥ずかしさが勝ってしまって適当に言葉をにごす。

「あんまりにも真顔でおっしゃるものですから、どこまで本当で嘘なのか分からなかったですよ……!」

 私が言い終えるとシリウス様は目を伏せ、何かを考えるようにしばし沈黙した。
 そして、ぽつりと一言。

「……すべて嘘ではない、と言ったらあなたはどう思いますか?」

「ど、どうって……?」

 それはつまり、義両親の前で言い放ったシリウス様の言葉が、嘘では無いかもしれないということだろうか。
 私は脳内で、シリウス様のセリフを思い出す。

「え、ええ?」

『幸せにします』だの『私がいない日常が耐えられない』だの『片時も離れたくない』だのが、全部本当……?

「い、いやいやいや。そんなわけないじゃないですか……」

 (……だよね?)

 否定したものの不安になって、シリウス様へ視線を向ける。
 シリウス様は、何も言わずにただ私を見つめていた。

 (いや、ここで沈黙しないで……?)

「……さて、どうでしょうね」

 耐えきれずに私が膝へと視線を落とそうとした瞬間、低い声が落ちてきた。
 その声色には、冗談とも本気ともとれる曖昧さがにじんでいる。

 (困惑するから、そういうのはやめてほしい……)

 これから契約結婚生活が始まるというのに、夫になるはずの氷狼魔術師様には振り回されてばかりだ。

 (……これは、前途多難かもしれない)

 そんな私の心とは裏腹に、馬車だけは軽快に走り続け、真っ直ぐにシリウス様の屋敷へと向かっていた。

 
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