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第2章
22・マーサの気遣い
しおりを挟む仕事の日は時間が過ぎるのが早い。
朝起きてシリウス様と共に出勤し、日が暮れた頃になると屋敷へ帰る。
立場のあるシリウス様は忙しく、帰りが一緒になることは少なかった。当然、屋敷内で長く話す時間がお互いあるわけではない。
そんなこんなで、気が付けばもう週末。シリウス様と約束した外出の日がやってきていた。
◇◇◇◇◇◇
(うーん……。何を着たものかしらねぇ……)
朝食を食べおえた私は、自室ですっかり頭を抱えていた。
ベッドの上には、見慣れた自分のドレスが並んでいる。
どれも使い古されていて、お世辞にも綺麗とは言い難い。
こうなれば、「どれがいいか」ではなく「どれがマシか」で選ばざるを得ないのが実情だ。
(一番マシなのは、先週の挨拶の時も着た水色のものだけど……)
二週連続で同じドレスを着てシリウス様に会うのはいかがなものか。
(いや、先週と同じものを着ていたからって、気にしないわよね! ていうか、いちいち覚えてないはず!)
シリウス様が私を今日の外出へと誘ってくれたとき、確か「行きたい場所がある」と言っていたはずだ。
人前でシリウス様の隣に並ぶ以上、あまりにもみすぼらしい格好は避けたい。
私が致し方なく水色のドレスを手に取った、その時だった。
こんこん、と部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「奥様、失礼いたします」
室内に入ってきたのは、マーサだった。
シリウス様の屋敷で暮らすようになって一週間が経つ。
初めはどうにも落ち着かなかった「奥様」という呼ばれ方にも慣れつつあった。
「お怪我は良くなりました?」
私のそばまでやってきたマーサは、どこか心配そうに眉根をさげている。
この間カップの破片で手を切ってしまったことを気にしてくれているらしい。
この一週間なんだかんだと慌ただしくて、マーサとゆっくり怪我の話をするひまもなかったのだ。
(マーサには悪いことをしたわ。あれは私の不注意なのに)
「ええ、この間は迷惑かけてごめんなさい」
「いいえ。わたくしのほうこそ、存じ上げなくて申し訳ありません」
私が謝罪の言葉を口にすると、マーサは目を伏せてゆるく首を振った。
「……あのあと、旦那様から奥様の体質のことを教えていただきましたわ」
(……シリウス様にお手間をかけさせてしまったのか)
シリウス様へ申し訳ないと思うと同時、なんだかくすぐったいような不思議な心地だ。
「わたくし、今、治療の仕方を勉強しておりますの。あってはならないことですが、もし、また奥様が怪我をするようなことがあれば、わたくしが治療いたしますのでご安心くださいね!」
意気込みをあらわにするように、マーサは胸の前でぐっと拳を握りしめた。
明るいその表情がとても頼もしい。
「ありがとう。その気持ちだけで十分嬉しいわ」
誰かが私のためにと思ってくれる、それだけで心が温かくなる。
この屋敷の人は、なんて優しいのだろう。
「……それから、もしよければこちらをお使いください」
そう言ってマーサが軽く指先を振る。
すると、魔力によってわずかに空気が揺れ、次の瞬間には淡いピンクのドレスと靴がその場にふわりと浮いて現れた。
「わ、綺麗なドレス……」
「わたくしが若い頃に使っていたものですわ。流行り廃りも考えて、比較的普遍的なデザインを選んでもってきました」
ドレスと靴を抱きとめたマーサが、私が見えやすいようにとドレスを持ち直す。
「せっかくのデートじゃあありませんか。わたくしのわがままを聞いてくださいませ。奥様を飾らせていただきたいの」
シリウス様との外出がデートなのかはさておき、マーサの言葉に胸の奥がじんわりと熱を帯びていくのを感じる。
(……もしかして、気を使ってくれたのかしら)
私が持ってきたドレスがみな、着古したものばかりだったから。
彼女なりに私の気持ちを尊重して、言葉を選んでくれているのが伝わってくる。
マーサは片付けの際に私のドレスを一度見ている。
だから出かける支度をしている今、わざわざ持ってきてくれたのだろう。
「とても嬉しいわ。大切に使わせてもらうわね」
私はマーサの手からドレスを受け取った。
途端、マーサは嬉しそうに頬を緩め、何度も頷いた。
「ええ、ええ! このマーサにお任せ下さいな!」
テンションが跳ね上がったマーサとともに、二人鏡の前に並んで身支度を整えていく。
マーサに手伝ってもらいながらドレスに袖を通すと、驚くほどサイズがピッタリだった。
「マーサ……もしかして若い頃って私と体型近かったりする……?」
私の髪を鮮やかな手さばきで編み込んでいくマーサに恐る恐る尋ねると、マーサは「うふふ」と照れたようにはにかんだ。
「……結婚前はね。これでも、若い頃は王都一の美女って言われて、縁談がひっきりなしだったんですよ! でも結婚してからはすっかり幸せ太りしちゃって!」
(マーサ、結婚していたんだ……)
「うちの人、わたくしにとっても優しくて、甘やかしてくるものだからついつい……!」
ぽっと頬を染めて惚気けるマーサは幸せそうだった。
きっと相当に素敵な旦那さんなのだろう。
(なんか、羨ましいかも)
私もいつか、シリウス様とそんな風になれるのだろうか。
いまいち想像がつかない。
「奥様も早く幸せ太りしちゃいましょ!」
「そ、そんな日が来るのかしら……」
「もちろん来ますとも!」
胸を張って断言するマーサに、私は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
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