37 / 71
第3章
35・特別なお客人
しおりを挟む魔術技術交流会のレセプションの夜から、数日が経った。
私もシリウス様も仕事があるので、翌日以降にゆっくりと話せるわけもない。気づけば再び休日となっていた。
(……シリウス様も今日はお休みのはずだけど、今何をしているのかしら)
朝食を食べたあと自室で本を読んでいるのだが、ふと気を抜くとシリウス様のことを考えてしまう。
あの夜気づいてしまったシリウス様への想いは口に出せないまま、私の心の中に残り続けていた。
(……いけない。集中しないと)
小さくかぶりを振って、意識を本へと戻す。
今読んでいるのは、社交のマナーやルールが記された教本だ。
魔力や家柄はどうにもならないけれど、知識ならばまだどうにかなると思って読み始めたものだ。
(シリウス様は、「求めていない」って言ってくれたけれど)
それでも、何も知らないままでいるよりかは少しでも知っている方がいい。
(もっと自信をもって、シリウス様の隣に立てるようにならないと)
私がまた一つページをめくった、その時だった。
部屋の扉が軽くノックされ、開かれる。
「奥様、失礼いたします」
「オリバー?」
本を読むのを中断して顔をあげると、執事のオリバーが立っていた。
「旦那様がお呼びです。客間までお越しいただけますか?」
「え? ええ。でも、どうして?」
(今日は何か予定があるなんて、聞いていないけど……)
本をそっと閉じて机の上に置く。
椅子から立ち上がってオリバーのもとへ歩み寄った。
「本日お客様がいらっしゃっておりまして、どうしても奥様のお立ち会いが必要なんですよ」
「……立ち会い?」
聞き返したが、オリバーはそれ以上詳しくは教えてくれる様子を見せない。
ただ、意味ありげに目を細め、にこにこと楽しそうに微笑んでいる。
「奥様、行けばお分かりになられますよ。さ、参りましょう」
「わ、わかったわ」
いまいち状況が飲み込めないまま、私はオリバーに背中を押されるようにして自室をあとにした。
◇◇◇◇◇◇
客間の前へ辿り着くと、オリバーが軽くノックをしてから扉を開けた。
「失礼いたします。奥様をお連れいたしました」
「し、失礼します」
オリバーにうながされ、客間の中へ足を踏み入れる。
まず目に入ったのはシリウス様だった。いつもの堅苦しい外套を脱ぎ、落ち着いた服装でソファに腰掛けている。
部屋の隅には、マーサが控えているようだ。
そしてシリウス様の向かいには、見知らぬ年配の女性が腰を下ろしていた。
深い紫色のローブをまとい、胸元には魔術省の紋章が刻まれたブローチが飾られている。これは、街で働く優秀な魔術師にのみ支給される、いわば証のようなものだ。
一見すれば優しげな老婆だけれど、彼女の佇まいからはただものではないオーラが感じられた。
「セレフィア。こちらへどうぞ」
「はい」
シリウス様から、隣に座るように促される。
私は緊張しながらも、シリウス様の隣へ座った。
「初めまして。あなたがセレフィア様ね」
「はい、セレフィアと申します」
「あたくしは、魔術裁縫師のエリゼと申します。結婚式用のドレスを仕立てて欲しいと、魔術師長様よりご依頼いただきましてね」
「ま、魔術裁縫師……!?」
魔術裁縫師――それは、魔術によって服を仕立てる職人のことだ。魔術が織り込まれた衣服は特別な効果を持つといわれる。
そのため、魔術裁縫師が仕立てた衣服は価値が非常に高く、基本的には限られた王侯貴族しか依頼することができない。
(そんな人が、私のウェディングドレスを……!?)
「結婚式というのは一生に一度ですからね。金に糸目はつけません。彼女に似合うものをよろしくお願いします」
(いや、ある程度の糸目はつけてください!?)
隣からさらりと聞こえてきたとんでもない言葉に、思わずぎょっとしてシリウス様へ視線を向けてしまった。
先週のデートで贈られた大量のドレスしかり、婚約指輪しかり、一体この人は私にいくらつぎ込むつもりなのだろう。
契約結婚のはずなのに恐ろしすぎる……。
「あらあらまぁまぁ、若いっていいわねぇ」
エリゼ様が私たちを見て微笑ましそうに笑っているが、こちらはもはや乾いた笑いしか返せない。
「本日は採寸と……それから、デザインのご相談をさせていただきますわ。あなたの雰囲気に合わせて、一番美しく見えるものをさがしましょ。さぁ立って!」
「は、はい……!」
エリゼ様に手を叩きながらうながされ、私は反射的に立ち上がる。
「あらあら、想像以上に華奢だわぁ……。ウエストも細いし……」
エリゼ様は私の周りをぐるぐると回りながら呟くと、どこからともなくメジャーを取り出した。
どうやら魔術を使っているようで、メジャーがひとりでに伸びたり縮んだりして、私の身体を測っていく。
「え、えっと……」
されるがままに測られている私に、シリウス様は珍しくもふっと笑いをこぼしていた。
「セレフィア、そう緊張しなくてもすべて任せれば大丈夫ですよ。エリゼは王家御用達の職人です」
(王家、御用達……!?)
余計緊張する情報を付け足さないでもらいたい。
シリウス様は私の緊張をほぐしたいのだろうか。増やしたいのだろうか。
「さて、私はしばらく部屋に戻っていましょうかね。こういうのは、女性だけの方がはかどるでしょう。行きますよ、オリバー」
「はい、旦那様」
シリウス様はそう言うと、オリバーと共に客間を出ていった。
こうして、私のウェディングドレス作りが始まったのである。
69
あなたにおすすめの小説
【完結】戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
水都 ミナト
恋愛
最高峰の魔法の研究施設である魔塔。
そこでは、生活に不可欠な魔導具の生産や開発を行われている。
最愛の父と母を失い、継母に生家を乗っ取られ居場所を失ったシルファは、ついには戸籍ごと魔塔に売り飛ばされてしまった。
そんなシルファが配属されたのは、魔導具の『メンテナンス部』であった。
上層階ほど尊ばれ、難解な技術を必要とする部署が配置される魔塔において、メンテナンス部は最底辺の地下に位置している。
貴族の生まれながらも、魔法を発動することができないシルファは、唯一の取り柄である周囲の魔力を吸収して体内で中和する力を活かし、日々魔導具のメンテナンスに従事していた。
実家の後ろ盾を無くし、一人で粛々と生きていくと誓っていたシルファであったが、
上司に愛人になれと言い寄られて困り果てていたところ、突然魔塔の最高責任者ルーカスに呼びつけられる。
そこで知ったルーカスの秘密。
彼はとある事件で自分自身を守るために退行魔法で少年の姿になっていたのだ。
元の姿に戻るためには、シルファの力が必要だという。
戸惑うシルファに提案されたのは、互いの利のために結ぶ契約結婚であった。
シルファはルーカスに協力するため、そして自らの利のためにその提案に頷いた。
所詮はお飾りの妻。役目を果たすまでの仮の妻。
そう覚悟を決めようとしていたシルファに、ルーカスは「俺は、この先誰でもない、君だけを大切にすると誓う」と言う。
心が追いつかないまま始まったルーカスとの生活は温かく幸せに満ちていて、シルファは少しずつ失ったものを取り戻していく。
けれど、継母や上司の男の手が忍び寄り、シルファがようやく見つけた居場所が脅かされることになる。
シルファは自分の居場所を守り抜き、ルーカスの退行魔法を解除することができるのか――
※他サイトでも公開しています
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
水錵 咲
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる