【完結】氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~

雨宮羽那

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第5章

60・静かなる裁き(sideシリウス)

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 シリウスは屋敷のエントランスで静かに息を吐き出した。
 アルフレッドの調査についてはオリバーに任せた。結果が出るまでには時間がかかるだろう。
 ひとまず今の自分にできることは、できる限りセレフィアの近くにいることだけだ。
 
 魔術省へ戻ろうと、シリウスが踵を返したその時だった。
 玄関の扉が乱暴に叩かれた。

「魔術師長様……! いらっしゃいますか!? お助け下さい!」

 (この声は、バクスターの……)

 扉越しに聞こえてきた声に、シリウスは瞬時に眉をひそめる。
 開けたくはないが、このまま放置するわけにもいかない。
 シリウスは軽く指を動かすと、魔術で扉を開けた。

「バクスター男爵、それにご夫人まで……。一体なんの御用ですか」

 ゆっくりと開く扉の速度が耐えられなかったのか、バクスター夫妻は扉を押し開け涙声で訴える。

「突然の来訪、お許しくださいませ! ですが、大変なのです! 数日前にアルフレッドが行方をくらましまして!」

「それに、アルフレッドはうちの金まですべて持ち出したようなのです! 土地屋敷を売った、わしらの最後の頼みの綱だったというのに、あの馬鹿息子は……!」

「なんですって……?」
 
 バクスター夫妻の言葉に、シリウスはわずかに呼吸を止めた。
 胸に広がる思いは、驚きと言うよりも警戒の方が強かった。
 
 バクスターの所領へ返還命令が出されたことは、陛下から正式に貴族全体へ通達されている。
 その後、別の貴族が土地と屋敷を買い取ったことも、行政情報としてシリウスの耳にも入っていた。

 それよりもシリウスが引っかかったのは、アルフレッドが金をもったままバクスター家から行方をくらましたということだ。
 
「魔術師長様、どうか……! 少しばかりの援助を……!」

 夫人がシリウスの腕へすがりつく。
 その態度はシリウスにとって、吐き気がするほどに不快なものだった。
 
 (反吐へどが出る)

「援助……ですか」

 シリウスは夫人の腕をやんわり振りほどくと、瞳を細めて低く呟いた。
 冷気をまとったシリウスの声に、バクスター夫妻はそろって肩を震わせる。
 シリウスは二人の反応に構わず淡々と続けた。

「あなた方がセレフィアにしてきた仕打ちを、私はすべて知っていますよ」

「え……?」

 男爵も夫人も頬をひきつらせている。

「領地経営を怠り、セレフィアの給料を搾取、家事の押しつけ、縁談の妨害。それから……彼女を厄介者として扱い、軽んじ続けたことも」

「なんて人聞きの悪い! まさかセレフィアがそんなことを!?」

「いいえ、まさか。彼女はそんなことは言いません。私が勝手に調べただけですよ」

 夫人がどれだけ騒ごうとも、シリウスとしてはただ事実を告げているだけだ。
 ひと月前のあの夜、アルフレッドを酒場で見かけたあとに、シリウスはオリバーを使って情報を集めた。
 バクスター家でかつて働いていた使用人や、元領民から得た確かな事実である。

 夫人が喚けば喚くほどに、シリウスの心も視線も冷え込んでいく。

「今まで黙っていたのはセレフィアのためと……あなた方が変わる一縷いちるの可能性に期待してのことだ」
 
 淡々と告げるシリウスの声には、怒りよりも深い失望が滲んでいた。

「結果、変わらなかったみたいですがね」

 バクスター夫妻は言い訳が思い浮かばないのか、苦々しげに表情を歪めている。
 
「私の大事なセレフィアをないがしろにし続けたあなた方に、なぜ私が援助をしなければならないんです?」

「……っ!」

 二人の顔からどんどん血の気が失われていく。
 バクスター夫妻は言葉を発せないままに立ち尽くしていた。

「……ただ、あなた方を見捨てたとあれば、セレフィアが胸を痛めるでしょう。優しい子ですからね」

 シリウスは小さく息を吐き出す。
 バクスター家へ救いの手を差し出したいわけではない。
 バクスター家の今の有様は、自業自得だ。同情の余地もない。
 それでもシリウスが見捨てられなかったのは、こんな彼らでもセレフィアの義家族だからだ。

「援助はしましょう」
 
 シリウスの一言に、バクスター夫妻の顔がぱっと輝く。
 その喜びが長く続かないことを、彼らは理解していない。
 
「ただし、私の援助を受け取るならば、金輪際こんりんざいセレフィアに関わらないことを誓いなさい。二者択一です」

 シリウスとしては、彼らがセレフィアへ害をなさないのならばなんでもよかった。
 けれどこの人達には、ここまではっきりと言わないと伝わらないだろう。
 
「……援助を……お願いします」

 シリウスは黙ったまま、ひらりと手を動かして魔術で布袋を取り出した。
 中には、当面の生活資金になるだけの金額が入っている。
 それ以上のことについては、シリウスはもう関与するつもりはない。
 
 バクスター夫妻は布袋を受け取ると、何度も頭を下げながら逃げるように去っていった。

 扉が閉まると同時に、シリウスは深いため息をついた。

 (それにしても、どういうことだ? アルフレッド卿が、数日前から姿を消している?)

 バクスター家から金を持ち出した上、何故今になってセレフィアの前に現れたのか。

 ずっと胸に居座っていた焦りと嫌な予感が、確かな形を持ち始めていた。
 窓の外を見ると、空はすでに夕暮れの色に染まりつつある。

 (早くセレフィアを迎えに行かなくては)

 シリウスは魔術省へ向かうべく、屋敷をあとにした。

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