【完結】氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~

雨宮羽那

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第5章

61・手紙を残して

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 事務室の窓から、鮮やかな夕日が差し込んでくる。
 一人、また一人と同僚が帰っていく中、私は事務室でシリウス様を待っていた。

 (シリウス様、まだかしら……)
 
 静かな部屋の中には、時計の針が進む音だけが響く。
 アリスと昼食をとったあとも、夕方になっても、私の胸の奥はずっと重いままだった。

 『あの男は危険だ』

 私の頭には、シリウス様の声が何度も何度も繰り返し再生されていた。

 (お義兄様が危険って……どうして?)
 
 確かに昼間、アルフレッドに突然腕を掴まれた。まだ、うっすらと痛みが残っている。
 けれどアルフレッドは、私がバクスター家へ引き取られた時からの家族だ。
 
 決して温かな家ではなかったが、それでもアルフレッドは義両親よりは優しく接してくれた。
 底知れぬところはあったがいつも笑顔を浮かべていたし、なんだかんだと義両親と私の間によく立ってくれた。
 事務官として働く時にも、義両親の説得を手伝ってくれた。
 ……長年共に過ごしてきたせいだろうか。情がどうしても捨てきれない。

 私がため息をついた、その時だった。
 事務室の外から、普段は聞かないような押し殺した声と強い口調が聞こえてきた。

 (なにごと……?)

 手持ち無沙汰なせいもあってか気になってしまう。
 私はそろりと席を立ち、事務室の扉を開けて廊下の奥をうかがった。
 声は魔術省の入口……受付の方から聞こえてくるようだ。

 (こんな時間に来訪者なんて珍しい)
 
 すでに終業時刻をすぎている。
 来客受付だって、とっくに終わっている時間だ。

「どうして許可していただけないんですか!」

「どうして、と申されましても……。魔術師長から『アルフレッド・バクスター卿』を通すなとご命令されていますので……。そもそも、受付時間も終了です」

「セレフィアを呼んでくればいいでしょう!」

 (お義兄様!?)
 
 受付の職員は帰り支度の途中だったようで、対応に困り果てている。

 『あの男は危険だ』
 
 シリウス様の忠告が再び私の頭をよぎった。
 しかし、義理とはいえ身内が私の名前を出して騒いでいる状況など、見て見ぬふりをすることも難しい。
 少し迷った末、私は受付の方へ歩み寄った。

「お義兄様……受付の方が困っています。やめてください」

 後ろから静かに声をかけると、アルフレッドは勢いよく振り返った。

「セレフィア……! よかった、まだ帰っていなかったんだな!」

 向けられた赤い瞳には、焦りと切迫したものが入り交じっているように見えた。
 アルフレッドの圧に押されるように、私は一歩だけ後ずさる。
 
「今日は約束があって……。お義兄様はどうしてまたこちらへ……?」

 自分でも気付かぬうちに、わずかに警戒を含んだ視線をアルフレッドへ向けていた。
 こんな短期間に何度も私を尋ねてくるなんて、さすがに不自然だ。

「セレフィア、落ち着いて聞いてくれ」

「……はい?」

 対してアルフレッドは深刻そうに眉を寄せ、私の両肩へそっと手を添えた。
 その仕草は優しげに見えるのに、どこか強引さが混じっていた。
 
「両親が倒れたんだ」

「……え?」

 (あの人たちが、倒れた?)

 言葉の意味を理解して、どくりと心臓が嫌な風に跳ねた。
 動揺を押さえつけながら、どうにか口を開く。

「ええと、昨日も今日の昼間もそんなこと一言も……」

「突然だったんだ。きっと、心労がたたったんだと思う。お前が居なくなってから、うちはずっと大変だったから」

「そんな……」

「母さんも父さんも、お前に会いたがってる。ほんの少しでいい。顔を見せてやってほしい」

 アルフレッドの言葉に、胸がぎゅっと締め付けられる。
 義両親には、いろいろと思うところはあった。
 バクスター家へ引き取られてからというもの、ずっと厄介者扱いされてきたし、彼らの金銭感覚も受け入れ難い。
 それでも……どんなに冷たくされてきたとしても、倒れたと聞かされては見捨てることなんて出来ない。

 (でも、シリウス様との約束が……)

 『決して1人にはならないように』
 『あの男は危険だ』
 
 シリウス様の声が、まるで警鐘を鳴らすかのようにぐるぐると脳内を巡る。
 心臓はどくとくと早鐘を打っていた。

 義両親の様子は気になる。けれど、私一人で行ってはシリウス様に心配をかけることになってしまう。

「……シリウス様と一緒に向かってはいけませんか?」

「魔術師長?」
 
 見つけ出した妥協案を尋ねると、途端アルフレッドは露骨に顔を歪めた。

「魔術師長はどこにいるんだ? 今すぐ来れるのか?」

「い、いえ……わかりません」

 シリウス様は忙しい方だ。
 約束した以上、必ず私を迎えに来てくれるだろうが、それがいつかは答えられない。

「こっちは、今向かわなければ明日死んでしまうかもしれない。それくらいあの人たちは体調が悪いんだ」

 (私は……どうしたらいいの?)

 義両親が、明日には死んでしまうかもしれない?
 その言葉は、私の胸に重くのしかかった。
 
 実の父を亡くした日の記憶が脳裏をよぎる。
 流行病で亡くなった父。別れはあまりにも突然だった。
 
 もし本当に、彼らが明日にも死んでしまうかもしれないような状態ならば、今いかないときっと私は後悔するだろう。
 それが、今まで自分を厄介者として扱ってきたような相手だろうとだ。
 行き場を失った私を、バクスター家に置いてもらったという恩はあるのだから。
 
「……少しだけ、待っていてください」

 一言アルフレッドに告げ、私は事務室へ戻った。
 机の引き出しから、紙を一枚取り出す。

 シリウス様との約束を破ること。危険だと言われているのにアルフレッドへついて行くこと。
 心はまだ不安でいっぱいだった。
 
 震える指先でぎゅっとペンを握りしめ、私はシリウス様への手紙を書き始めた。
 
『シリウス様へ
 
 義兄から、義両親が倒れたと聞きました。
 あの人は危険だと、シリウス様が忠告してくださったこともわかっています。
 それでも私は、義両親が心配です。
 約束を破ってごめんなさい。
 すぐに戻ります。
 
 セレフィア』

 (大丈夫。すぐに戻るわ。お義兄様だって、ほんの少しでいいと言っていたもの)

 書き終えた手紙を机に置き、私は左手の指輪をそっと握りしめた。
 シリウス様からもらった、婚約指輪。
 ひんやりとした指輪の感触に、ほんの少し勇気をもらえるような気がした。

 (……シリウス様、ごめんなさい。行ってきます)

 シリウス様ならきっと、手紙を見つけてくれるだろう。
 怒られるかもしれないけれど、理由を聞けば理解はしてくれるはず。

 事務室を出ると、アルフレッドが貼り付けたような笑みを浮かべて立っていた。

「……行きましょう、お義兄様」

「ああ、もちろん。道中、お前がいなくなったあと俺たちに何があったか、ゆっくり話してもいいかな。今回こそは、邪魔も入らないだろうし……ね?」

 アルフレッドは話しながら笑みを深める。
 笑っているはずなのに、どこか冷たい影がさしているような気がした。
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