63 / 71
第5章
61・手紙を残して
しおりを挟む事務室の窓から、鮮やかな夕日が差し込んでくる。
一人、また一人と同僚が帰っていく中、私は事務室でシリウス様を待っていた。
(シリウス様、まだかしら……)
静かな部屋の中には、時計の針が進む音だけが響く。
アリスと昼食をとったあとも、夕方になっても、私の胸の奥はずっと重いままだった。
『あの男は危険だ』
私の頭には、シリウス様の声が何度も何度も繰り返し再生されていた。
(お義兄様が危険って……どうして?)
確かに昼間、アルフレッドに突然腕を掴まれた。まだ、うっすらと痛みが残っている。
けれどアルフレッドは、私がバクスター家へ引き取られた時からの家族だ。
決して温かな家ではなかったが、それでもアルフレッドは義両親よりは優しく接してくれた。
底知れぬところはあったがいつも笑顔を浮かべていたし、なんだかんだと義両親と私の間によく立ってくれた。
事務官として働く時にも、義両親の説得を手伝ってくれた。
……長年共に過ごしてきたせいだろうか。情がどうしても捨てきれない。
私がため息をついた、その時だった。
事務室の外から、普段は聞かないような押し殺した声と強い口調が聞こえてきた。
(なにごと……?)
手持ち無沙汰なせいもあってか気になってしまう。
私はそろりと席を立ち、事務室の扉を開けて廊下の奥をうかがった。
声は魔術省の入口……受付の方から聞こえてくるようだ。
(こんな時間に来訪者なんて珍しい)
すでに終業時刻をすぎている。
来客受付だって、とっくに終わっている時間だ。
「どうして許可していただけないんですか!」
「どうして、と申されましても……。魔術師長から『アルフレッド・バクスター卿』を通すなとご命令されていますので……。そもそも、受付時間も終了です」
「セレフィアを呼んでくればいいでしょう!」
(お義兄様!?)
受付の職員は帰り支度の途中だったようで、対応に困り果てている。
『あの男は危険だ』
シリウス様の忠告が再び私の頭をよぎった。
しかし、義理とはいえ身内が私の名前を出して騒いでいる状況など、見て見ぬふりをすることも難しい。
少し迷った末、私は受付の方へ歩み寄った。
「お義兄様……受付の方が困っています。やめてください」
後ろから静かに声をかけると、アルフレッドは勢いよく振り返った。
「セレフィア……! よかった、まだ帰っていなかったんだな!」
向けられた赤い瞳には、焦りと切迫したものが入り交じっているように見えた。
アルフレッドの圧に押されるように、私は一歩だけ後ずさる。
「今日は約束があって……。お義兄様はどうしてまたこちらへ……?」
自分でも気付かぬうちに、わずかに警戒を含んだ視線をアルフレッドへ向けていた。
こんな短期間に何度も私を尋ねてくるなんて、さすがに不自然だ。
「セレフィア、落ち着いて聞いてくれ」
「……はい?」
対してアルフレッドは深刻そうに眉を寄せ、私の両肩へそっと手を添えた。
その仕草は優しげに見えるのに、どこか強引さが混じっていた。
「両親が倒れたんだ」
「……え?」
(あの人たちが、倒れた?)
言葉の意味を理解して、どくりと心臓が嫌な風に跳ねた。
動揺を押さえつけながら、どうにか口を開く。
「ええと、昨日も今日の昼間もそんなこと一言も……」
「突然だったんだ。きっと、心労がたたったんだと思う。お前が居なくなってから、うちはずっと大変だったから」
「そんな……」
「母さんも父さんも、お前に会いたがってる。ほんの少しでいい。顔を見せてやってほしい」
アルフレッドの言葉に、胸がぎゅっと締め付けられる。
義両親には、いろいろと思うところはあった。
バクスター家へ引き取られてからというもの、ずっと厄介者扱いされてきたし、彼らの金銭感覚も受け入れ難い。
それでも……どんなに冷たくされてきたとしても、倒れたと聞かされては見捨てることなんて出来ない。
(でも、シリウス様との約束が……)
『決して1人にはならないように』
『あの男は危険だ』
シリウス様の声が、まるで警鐘を鳴らすかのようにぐるぐると脳内を巡る。
心臓はどくとくと早鐘を打っていた。
義両親の様子は気になる。けれど、私一人で行ってはシリウス様に心配をかけることになってしまう。
「……シリウス様と一緒に向かってはいけませんか?」
「魔術師長?」
見つけ出した妥協案を尋ねると、途端アルフレッドは露骨に顔を歪めた。
「魔術師長はどこにいるんだ? 今すぐ来れるのか?」
「い、いえ……わかりません」
シリウス様は忙しい方だ。
約束した以上、必ず私を迎えに来てくれるだろうが、それがいつかは答えられない。
「こっちは、今向かわなければ明日死んでしまうかもしれない。それくらいあの人たちは体調が悪いんだ」
(私は……どうしたらいいの?)
義両親が、明日には死んでしまうかもしれない?
その言葉は、私の胸に重くのしかかった。
実の父を亡くした日の記憶が脳裏をよぎる。
流行病で亡くなった父。別れはあまりにも突然だった。
もし本当に、彼らが明日にも死んでしまうかもしれないような状態ならば、今いかないときっと私は後悔するだろう。
それが、今まで自分を厄介者として扱ってきたような相手だろうとだ。
行き場を失った私を、バクスター家に置いてもらったという恩はあるのだから。
「……少しだけ、待っていてください」
一言アルフレッドに告げ、私は事務室へ戻った。
机の引き出しから、紙を一枚取り出す。
シリウス様との約束を破ること。危険だと言われているのにアルフレッドへついて行くこと。
心はまだ不安でいっぱいだった。
震える指先でぎゅっとペンを握りしめ、私はシリウス様への手紙を書き始めた。
『シリウス様へ
義兄から、義両親が倒れたと聞きました。
あの人は危険だと、シリウス様が忠告してくださったこともわかっています。
それでも私は、義両親が心配です。
約束を破ってごめんなさい。
すぐに戻ります。
セレフィア』
(大丈夫。すぐに戻るわ。お義兄様だって、ほんの少しでいいと言っていたもの)
書き終えた手紙を机に置き、私は左手の指輪をそっと握りしめた。
シリウス様からもらった、婚約指輪。
ひんやりとした指輪の感触に、ほんの少し勇気をもらえるような気がした。
(……シリウス様、ごめんなさい。行ってきます)
シリウス様ならきっと、手紙を見つけてくれるだろう。
怒られるかもしれないけれど、理由を聞けば理解はしてくれるはず。
事務室を出ると、アルフレッドが貼り付けたような笑みを浮かべて立っていた。
「……行きましょう、お義兄様」
「ああ、もちろん。道中、お前がいなくなったあと俺たちに何があったか、ゆっくり話してもいいかな。今回こそは、邪魔も入らないだろうし……ね?」
アルフレッドは話しながら笑みを深める。
笑っているはずなのに、どこか冷たい影がさしているような気がした。
42
あなたにおすすめの小説
【完結】戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました
水都 ミナト
恋愛
最高峰の魔法の研究施設である魔塔。
そこでは、生活に不可欠な魔導具の生産や開発を行われている。
最愛の父と母を失い、継母に生家を乗っ取られ居場所を失ったシルファは、ついには戸籍ごと魔塔に売り飛ばされてしまった。
そんなシルファが配属されたのは、魔導具の『メンテナンス部』であった。
上層階ほど尊ばれ、難解な技術を必要とする部署が配置される魔塔において、メンテナンス部は最底辺の地下に位置している。
貴族の生まれながらも、魔法を発動することができないシルファは、唯一の取り柄である周囲の魔力を吸収して体内で中和する力を活かし、日々魔導具のメンテナンスに従事していた。
実家の後ろ盾を無くし、一人で粛々と生きていくと誓っていたシルファであったが、
上司に愛人になれと言い寄られて困り果てていたところ、突然魔塔の最高責任者ルーカスに呼びつけられる。
そこで知ったルーカスの秘密。
彼はとある事件で自分自身を守るために退行魔法で少年の姿になっていたのだ。
元の姿に戻るためには、シルファの力が必要だという。
戸惑うシルファに提案されたのは、互いの利のために結ぶ契約結婚であった。
シルファはルーカスに協力するため、そして自らの利のためにその提案に頷いた。
所詮はお飾りの妻。役目を果たすまでの仮の妻。
そう覚悟を決めようとしていたシルファに、ルーカスは「俺は、この先誰でもない、君だけを大切にすると誓う」と言う。
心が追いつかないまま始まったルーカスとの生活は温かく幸せに満ちていて、シルファは少しずつ失ったものを取り戻していく。
けれど、継母や上司の男の手が忍び寄り、シルファがようやく見つけた居場所が脅かされることになる。
シルファは自分の居場所を守り抜き、ルーカスの退行魔法を解除することができるのか――
※他サイトでも公開しています
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!
白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。
辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。
夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆
異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です)
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?
六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」
前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。
ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを!
その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。
「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」
「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」
(…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?)
自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。
あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか!
絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。
それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。
「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」
氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。
冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。
「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」
その日から私の運命は激変!
「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」
皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!?
その頃、王宮では――。
「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」
「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」
などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。
悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
水錵 咲
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる