【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那

文字の大きさ
26 / 66
第2章

21・宰相の妻はもう一度求婚される

しおりを挟む

「ここは……」

 リシャルト様が連れてきてくれたのは、貴族街の中央にそびえ立つ時計塔だった。
 赤茶のレンガで建てられたそれは、荘厳な雰囲気をかもし出している。

「この時計塔、実は自由に登れるんですよ。貴族たちはあまり興味無いみたいですけどね。一般市民たちはそもそも貴族街には基本的に来ないので、実質貸切なんです」

 いたずらっぽく笑うと、リシャルト様は時計塔の入口に手をかけた。確かに鍵などはかかっていないようで、扉がきぃと音を立てて開く。

「なので、内密の相談事などがある際はとても重宝していましてね……」

「へぇ……」

 まるで世間話のようにさらりと告げられた内容に、私は顔をひきつらせた。
 わーお。それって絶対お腹の底真っ黒い系の相談事だな? ここで良くも悪くも裏で暗躍するための算段を誰かとしているんだな?
 さすがだ。

 リシャルト様の後に続いて中に入ると、螺旋階段がぐるぐると上へ向けて伸びていた。
 下からではまるで終わりが見えない。

「すごい階段ですね……」
 
「キキョウ、足元には気をつけてくださいね」

 リシャルト様は時たま私の様子を伺いながら、階段をゆっくり登っていく。
 落ちないように気をつけないと……。少し怖い。
 壁に付けられている手すりだけが頼りだ。

 どうにか階段を登りきると、そこは見晴らしの良い展望台のようになっていた。

「わあ! すごい!」

 私は思わず展望台の手すりまで駆け寄った。

 この王都が一望できるなんて、すごい!
 眼下に広がるのは、さっきまで歩いてきた貴族街の街並み。それから、少し離れると平民の暮らす城下の街並みがぐるりと広がっている。私たちが歩いてきた反対方向には、慣れ親しんだ教会本部と王城が見えた。
 
 ここまで登ってきた疲れなんて、すっかり忘れてしまうほど圧巻の景色だ……!
 沈みゆく夕日と相まって、とても美しい。

「リシャルト様! 連れてきてくださってありがとうございます!」

「気に入ってくださったようで、何よりです」

 私の隣にやってきたリシャルト様を振り仰ぐと、とても嬉しそうな顔をしていた。
 
 ――ああ、私。この人のことが多分好きだ。

 微笑むリシャルト様を見て、ふと思う。

「キキョウ。あなたに求婚したあの日、僕は焦っていたんです」

 リシャルト様は、時計塔からの景色を見下ろしながら静かに言った。

「焦る? どうしてですか?」

 とてもそんな風には見えなかった。あの日のリシャルト様も今と同じように、アルバート様に比べて落ち着いていた気がするが……。ああ、いつも騒がしいアルバート様では、比較対象が悪かった……。

「あの日、王城でアルバート殿下とエマ様にすれ違いましてね。いつもなら王城で愛を育まれているはずの二人が、何故か珍しくも教会へ向かっていたものですから……。何かある予感がして後をつけたんです」

 リシャルト様の、いつもなら王城で愛を育んでいる、という言葉にゾッとする。
 まぁ元だからいいにしても、婚約者がいる身でありながら王城で堂々と浮気をし、挙句それを国の宰相に把握されているって一国の王太子としてどうなんだろう。
 婚約者だとか言う以前の問題で、人として受け入れられない。

「そうしたら、あなたが婚約破棄されていたものですから、今しかないと焦ってしまって……。だから、プロポーズがその場の勢いのような形になってしまったことをずっと気にしていたんですよ」

 そこまで言うと、リシャルト様は私の方へ向き直った。
 リシャルト様の青い瞳が真っ直ぐに向けられ、私の心臓がどくりと跳ねる。

「キキョウ」

 リシャルト様のまなざしがあまりにも真剣で。
 名前を呼ばれるだけで、私はついびくりとしてしまった。

「あの日のプロポーズを、やり直しても良いですか……?」
 
「……は、はい」

 それ以外、なんて言葉を返せるだろう。
 リシャルト様は、すっと私の足元に跪いた。
 絵本の中のお姫様と騎士にでもなったような気分だ。

「僕は、ずっとあなたの事を大切に想ってきました。あなたの自由のためなら何でもします。だから、僕の妻になってください」

 リシャルト様が、そっと私に向けて手を差し出した。
 あの日、教会で手を差し出された時。あの時は、ラノベのような展開へのワクワクと、自由への憧れと、リシャルト様にそそのかされるような形で手を取った。

 だが、今回は少し違う。
 リシャルト様のことをもっと知りたい。リシャルト様が私を大切に思ってくれるなら、私もその気持ちを返したい。
 だから、私は自分の意思でリシャルト様の手を取る。

「……はい」

 差し出されたリシャルト様の手に、私は自分のものを重ねた。

 リシャルト様は何を考えているのか掴みにくい。腹の底なんて読めたものじゃない。だが、私のことを大切に思ってくれているのは分かる。
 私に向けられる好意はきっと嘘じゃないから。
 
 だから、リシャルト様に恥じない妻になりたい。

「ありがとうございます。キキョウ」

 リシャルト様は私の手を少し持ち上げると、手の甲に軽くキスを落とした。

「……なっ!」

「これからもずっと、大切にしますね」

 このままでは、心臓がもたない気がする。
 暮れゆく西の空を見ながら、私は頬が熱くなるのを感じていた。
 
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました

春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。 名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。 姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。 ――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。 相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。 40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。 (……なぜ私が?) けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

家族から冷遇されていた過去を持つ家政ギルドの令嬢は、旦那様に人のぬくもりを教えたい~自分に自信のない旦那様は、とても素敵な男性でした~

チカフジ ユキ
恋愛
叔父から使用人のように扱われ、冷遇されていた子爵令嬢シルヴィアは、十五歳の頃家政ギルドのギルド長オリヴィアに助けられる。 そして家政ギルドで様々な事を教えてもらい、二年半で大きく成長した。 ある日、オリヴィアから破格の料金が提示してある依頼書を渡される。 なにやら裏がありそうな値段設定だったが、半年後の成人を迎えるまでにできるだけお金をためたかったシルヴィアは、その依頼を受けることに。 やってきた屋敷は気持ちが憂鬱になるような雰囲気の、古い建物。 シルヴィアが扉をノックすると、出てきたのは長い前髪で目が隠れた、横にも縦にも大きい貴族男性。 彼は肩や背を丸め全身で自分に自信が無いと語っている、引きこもり男性だった。 その姿をみて、自信がなくいつ叱られるかビクビクしていた過去を思い出したシルヴィアは、自分自身と重ねてしまった。 家政ギルドのギルド員として、余計なことは詮索しない、そう思っても気になってしまう。 そんなある日、ある人物から叱責され、酷く傷ついていた雇い主の旦那様に、シルヴィアは言った。 わたしはあなたの側にいます、と。 このお話はお互いの強さや弱さを知りながら、ちょっとずつ立ち直っていく旦那様と、シルヴィアの恋の話。 *** *** ※この話には第五章に少しだけ「ざまぁ」展開が入りますが、味付け程度です。 ※設定などいろいろとご都合主義です。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!

香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。 ある日、父親から 「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」 と告げられる。 伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。 その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、 伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。 親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。 ライアンは、冷酷と噂されている。 さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。 決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!? そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!

屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。 そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。 そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。 ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。 突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。 リクハルド様に似ても似つかない子供。 そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。

悪役令嬢、追放先の貧乏診療所をおばあちゃんの知恵で立て直したら大聖女にジョブチェン?! 〜『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件〜

華梨ふらわー
恋愛
第二王子との婚約を破棄されてしまった主人公・グレイス。しかし婚約破棄された瞬間、自分が乙女ゲーム『どきどきプリンセスッ!2』の世界に悪役令嬢として転生したことに気付く。婚約破棄に怒り狂った父親に絶縁され、貧乏診療所の医師との結婚させられることに。 日本では主婦のヒエラルキーにおいて上位に位置する『医者の嫁』。意外に悪くない追放先……と思いきや、貧乏すぎて患者より先に診療所が倒れそう。現代医学の知識でチートするのが王道だが、前世も現世でも医療知識は皆無。仕方ないので前世、大好きだったおばあちゃんが教えてくれた知恵で診療所を立て直す!次第に周囲から尊敬され、悪役令嬢から大聖女として崇められるように。 しかし婚約者の医者はなぜか結婚を頑なに拒む。診療所は立て直せそうですが、『医者の嫁』ハッピーセレブライフ計画は全く進捗しないんですが…。 続編『悪役令嬢、モフモフ温泉をおばあちゃんの知恵で立て直したら王妃にジョブチェン?! 〜やっぱり『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件~』を6月15日から連載スタートしました。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/500576978/161276574 完結しているのですが、【キースのメモ】を追記しております。 おばあちゃんの知恵やレシピをまとめたものになります。 合わせてお楽しみいただければと思います。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

処理中です...