34 / 66
第3章
27・宰相の妻は客人に会う②
しおりを挟む「リシャルト様、失礼致します」
「し、失礼します」
ハーバーさんは客間の扉をノックすると、静かに部屋に入った。
私もハーバーさんのあとについて客間に入る。
部屋の中央のソファには、リシャルト様とアルバート様よりも落ち着いたボルドーの髪色の男性――エルウィン王子殿下が向かい合って座っていた。
「おや、キキョウ。もう午後のレッスンは終わったのですか?」
リシャルト様は私の姿を認めると、にこりと笑う。
「は、はい」
「おお、もしかして噂の宰相閣下の奥方様の登場かい……って、聖女様? こんなところでどうしたの?」
エルウィン様は私を見て驚いたように目を見開いた。
どうやら私がリシャルト様の屋敷にいるとは思っていなかったらしい。猫のような金色の瞳を丸くしてびっくりしている。
「どうしたの、とおっしゃられましても……」
私は困ってしまってリシャルト様の方に視線をやった。
リシャルト様は部屋の扉の前に突っ立ったままの私に手招きをしてきた。私は呼ばれた通りにリシャルト様の方へ近づく。
「エルウィン殿下、彼女が僕の妻です」
「エルウィン様、こんにちは。キキョウと申します。こうやってお話するのは初めてになりますね。」
私はエルウィン王子にお辞儀をした。
「……なるほどね。なかなか面白いことになってるね宰相閣下」
エルウィン様は興味深そうな様子でふっと口元を上げている。
そうしてにっと人の良さそうな笑みを浮かべた。
「こんにちは、聖女様。あなたのお名前を初めて聞いたよ」
そりゃそうでしょうね。私の名前は屋敷の人しか知らないもの。なんなら、私の名前を呼ぶのはリシャルト様しかいない。
エルウィン様の言葉に、私は曖昧に笑みを浮かべるしかなかった。
セレスシェーナ王国第二王子、エルウィン・ヴィスヘルム。名前に国名を冠することが出来るのは国王陛下と第一王位継承権者のみなので、エルウィン様はセレスシェーナを名乗ることはできない。
腹違いとはいえ、兄弟というだけあってエルウィン様とアルバート様の顔立ちは似ている。
だが、まとう雰囲気はまったく異なっていた。
エルウィン様の姿をお見かけしたことはあるが、直接お話したのは今日が初めてだ。
「噂の新妻が聖女様だなんて、どうして教えてくれなかったんだい? 俺たち親友だろう、水臭いなぁ」
「言う必要性を感じなかったもので」
「冷たいなぁ」
エルウィン様はやれやれと肩をすくめた。
「まぁ、聖女様も座りなよ」
あまりにも自然に、エルウィン様は私に座るように促す。自然すぎて、一瞬ここは王城かと錯覚してしまいそうだった。
「僕の方へどうぞ」
リシャルト様が隣に座るように手で示してきたので、大人しくそちらへ腰掛ける。
「へぇ、なるほどね?」
リシャルト様の様子を見て、エルウィン様は楽しそうに笑っていた。
「それにしても……。聖女様には一度会って謝りたかったんだよね」
「謝る……?」
アルバート様にはいろいろ悪口を言われたりしたが、エルウィン様に何かされた覚えは無いが……。
私は首を傾げる。
エルウィン様ははぁとため息をついた。
「いやぁ、ほんと……。うちのバカな兄上と父上が迷惑かけてばかりで申し訳ない」
「い、いやいや……。エルウィン様が謝るようなことじゃないですよ……」
エルウィン様もそれなりに苦労してそうだ……。
「兄上が聖女様と婚約破棄して、それなりの騒動を起こして今もう王城も教会もてんてこ舞いで……。もう、各方面に迷惑かけすぎてて頭が痛い……」
エルウィン様は文字通り頭を抱えて机に両肘をついた。
あ、可哀想……。
「聖女様を勝手に解任したものだから、聖女代理の件やらで色んなところがばたばたしててさぁ……。兄上が勝手に解任した当の聖女様は行方不明だし……。まさか、最近結婚したと噂の宰相閣下の妻になっていたとは思わなかったけど」
どうやら私は行方不明扱いになっていたらしい。あれ、アルバート様やエマ様、ニコラは私がリシャルト様に求婚されたことを知ってるはずだけどな……?
「なんで私、行方不明になっているんです?」
私はそっとリシャルト様に尋ねた。
「エマ様が聖女代理になったごたごたで、王城はそこまで手が回っていないんですよ。あと、単純に聖女様と婚姻の書類に書いたキキョウという僕の妻になった女性が同一人物だと認識されていないんです」
ああ、なるほど……。今まで私は名無しの権兵衛だったからなぁ……。
「リシャルト……、あえて黙っていたんじゃないかい?」
「さぁ。どうでしょう」
エルウィン様の言葉に、リシャルト様はふっと笑った。
あ、これはあえて自分が結婚した相手が聖女であることを黙っていたんだな。
「まぁ、聖女様が安全に暮らしているようで何よりだ」
エルウィン様は、私を見てほっとしているようだった。
この王子様、いい人だな……。アルバート様とは大違い。
34
あなたにおすすめの小説
大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました
Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。
そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。
「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」
そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。
荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。
「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」
行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に
※他サイトにも投稿しています
よろしくお願いします
婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました
春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。
名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。
姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。
――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。
相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。
40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。
(……なぜ私が?)
けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!
屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。
そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。
そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。
ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。
突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。
リクハルド様に似ても似つかない子供。
そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。
悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~
咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」
卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。
しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。
「これで好きな料理が作れる!」
ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。
冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!?
レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。
「君の料理なしでは生きられない」
「一生そばにいてくれ」
と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……?
一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです!
美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!
香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。
ある日、父親から
「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」
と告げられる。
伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。
その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、
伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。
親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。
ライアンは、冷酷と噂されている。
さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。
決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!?
そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?
傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~
日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】
https://ncode.syosetu.com/n1741iq/
https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199
【小説家になろうで先行公開中】
https://ncode.syosetu.com/n0091ip/
働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。
地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる