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第2章
とある騎士団長の独白③
しおりを挟む「神子様、本日はお疲れ様でした。ゆっくりとお休みください」
「……うん。ありがと」
神子様を部屋まで送り届けて、就寝前のご挨拶をする。
だが、神子様の声が暗い。
声だけでなく、表情も。
――いつもなら生き生きとした瞳で、芯のある美しい声で返事を返してくれるのに。
街で反神殿派に遭遇してからというもの、神子様はずっとこの調子だった。
――だが、神子様の世界のことを考えれば、仕方ないことなのかもしれない。
彼女の世界について詳しくは知らないが、きっと武器での争いごとが少ない平和な世界で生きてきたのだろう。
最初にお会いした時、俺の剣にも過剰に反応なされていた。鍛錬場でのことや、今日のことからして、争いごとに慣れていないに違いない。
――神子様のことは、必ず俺が守らないと。
神子様を見ていると、無性に庇護欲が掻き立てられる。
神子様の心も体も、守るのは俺でありたい。
しゅんとしてしまっている神子様に何かして差し上げたいのに、どうしていいかわからない自分が歯がゆい。
「ジェラルド……ごめんね」
静かに閉ざされた扉の前で。
神子様は小さな声で、謝罪を口にした。
消え入ってしまいそうなほどか細い声だった。
そのまま俺に背を向けて、神子様は部屋のノブに手をかける。
開いた扉の向こうには大きな窓からのぞく月が見えて、神子様の姿をぼんやりと照らしていた。
その姿がひどく儚げで、瞬きの間に消えてしまいそうで。
俺は、衝動的に神子様へ向かって手を伸ばしていた。
謝るべきなのは彼女じゃない。
謝らなければならないのは俺だ。
俺が街に誘ったせいで、神子様を危険に晒してしまったというのに。
「神子さ……」
伸ばした手は、神子様には届かず。
部屋の扉は、俺の目の前でぱたりと閉じられた。
「はぁ……。神子様……」
俺はため息をつきながら、閉じられてしまった扉に静かに手をついた。
まったくどうしてこう、肝心な時に限って上手くいかない。
周囲の人間は皆、俺のことを『なんでも出来る人間』だと思っている節があるが、そんなことは無い。
俺は、好意を抱く女性へ慰めの言葉一つかけられなかった不器用な人間だ。
「おや、ジェラルド。神子様はお休みになられたのですか?」
唐突に声をかけられて、俺は落とした顔をはね上げた。
ニコラス様だ。
気づくのが遅れるなんて、騎士としてあるまじきこと。気を引き締めなければ。
これでは、神子様をまた危険に晒してしまうかもしれない。
「……ええ、今お部屋にお戻りになられました」
「そうですか」
ニコラス様が穏やかな表情で頷く。
「神子様は街散策を楽しんでおられましたか?」
「ええ。初めてのものに興味を示されて、たいへん楽しそうでした」
俺は神子様の昼間の姿を思い出した。それはもう、可愛らしかった。
見るものすべてが新鮮なのか、きょろきょろと街を見回したり。
この世界の服を買って差し上げたときは、たった一枚だと言うのにとてもお喜びになって下さったり。
屋台の菓子を召し上がられた時のお顔は、俺の一生の宝物になりそうなレベルで可愛らしかった……。
「それは大変結構です。神子様がこの世界を少しでも好きになってくだされば、私としても嬉しい」
「ただ……」
俺の付け足した言葉の続きを察したのか、ニコラス様は言わなくてもいいとでも言うように手のひらをこちらに向けて静止した。
「反神殿派の事ですね? 聞いていますよ。神子様に害がなくてよかったです」
「しかし、俺がついていながら神子様に刃が向けられてしまいました。申し訳ありません」
「いいえ、あなたの部下から、神子様に向けられた刃をすぐに退けたのはあなただと聞き及んでおりますよ。さすがです」
「もったいなきお言葉」
ニコラス様は本当に聡いお方だ。
この人だから、この国の神官を任せることが出来る。
敬意をもってそう返すと、ニコラス様は困ったような顔をした。
「……ジェラルド。私に対して畏まらなくても良いのですよ?」
「……ですが」
「本来あなたの方が格上なのですから」
俺が返そうとした言葉をニコラス様は遮った。
何も言わせないように。
ニコラス様が一歩歩き出す。
すれ違いざま、ニコラス様は俺にしか聞こえない声で小さく囁いた。
「……ジェラルド、一つ報告です。ルーチェ様の力を奪っている相手の件ですが、どうにも王族がきな臭い。まだ確証はありませんが、気をつけてくださいね」
「……っ!」
ニコラス様の言葉に、俺は身体を強ばらせた。
ルーチェ様のお力を奪おうとしているのが、王族かもしれない?
王家は、ルーチェ様のお力に助けられてきた人間の筆頭じゃないか。
恩を仇で返すような真似を、王族の誰がしているというのか。
「ジェラルド。まだそうだと決まったわけではありません。そう怖い顔をしていては、神子様に怖がられますよ」
ニコラス様がやんわりとたしなめるように、俺の肩を軽く叩く。
そんなに強ばった顔をしていただろうか。
俺は眉間を少し押さえた。
「……今日は疲れたでしょう。よく休みなさい。それではまた明日」
ニコラス様は穏やかに言うと、ゆったりとした動作で俺の横を通り過ぎていく。
俺はただ、ニコラス様の後ろ姿を見送った。
静かに夜が更けていく。
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