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第3章
36・リース家
しおりを挟む「ところで、ずっと聞きたいと思っていたのよね」
「?」
エルミナさんの言葉に、私ははっと我に返る。
気づけば、エルミナさんがじっと私の方を見ていた。
「二人して呼んでいるけど、『神子様』ってなあに?」
不思議そうにエルミナさんが首をかしげる様子を見て、そういえばエルミナさんは私が『神子様』だと呼ばれていることを知らないのだと気がついた。
「神殿に服を届けるように言われたから、アオイちゃんも神殿に住んでいるのかなーとは思っていたけど……。ただの可愛い子じゃなさそうね」
ギクリ。
私は笑顔を張りつけたまま、ぴしりと固まってしまった。
特に口止めをされていなかったように思うけれど、エルミナさんに事情を話してもいいのだろうか。
なんと言えばいいのかわからずジェラルドに視線を向けると、ジェラルドは私に軽く笑みを返して一歩前へ進み出た。
私の隣に並ぶ。
「神子様は、神子様ですよ。ルーチェ神に喚ばれた、とても素晴らしいお方です」
「じ、ジェラルドっ!」
さらりとジェラルドが告げるものだから、こちらはひやりとしてしまう。
だいたい、エルミナさんが神様のことを信じてくれる人なのかわからないと言うのに。
「大丈夫ですよ」
そんな私の心中を汲み取ったのか、ジェラルドは、私を見て、にこりと微笑んだ。
「あらあら、そうなの。それはすごいわね」
世間話での相槌のように、エルミナさんがうなずく。
…………。
「…………え」
それだけ?
いや、何も言われることなく受け入れてもらえたのはありがたいんだけども。
あまりにも、あっさりとしたエルミナさんの様子に、こちらは拍子抜けしてしまう。
「信じてくれるんですか……?」
反神殿派とのことがあったばかりで、ピリピリしすぎていたのかもしれない。
びくびくしながら尋ねた私に、エルミナさんはからりと笑った。
「何言ってるの、アオイちゃん。みんながみんな、反神殿派のような考え方ではないのよ」
「まぁ、姉さんは特に信心深いですからね」
そこにエミールくんが口を挟む。
エルミナさんは不満げに頬を膨らませた。
「あら、エミールもでしょ?」
「ボクは……!」
「リース伯爵家の姉弟は特に信心深いって、貴族の間でも有名だもの」
「姉さん!」
エミールくんが顔を赤くして、エルミナさんに抗議している。
ほんと、この姉弟は仲がいい……。
美麗な姉弟だからか、姉弟喧嘩でさえも絵になる。
だが、そんなことよりも、また聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「…………伯爵?」
それは、あの、エルミナさんもエミールくんも。身分がある人間ということ……?
うかがうようにエルミナさんを見上げると、エルミナさんはあっさりと頷いた。
「ええ、伯爵。私もエミールも生まれが伯爵家よ。なに、まさかエミール……それさえも言っていなかったの? 一緒に住んでいるのに?」
「言う必要を感じなかったもので」
確かにそれはそうだ。
私自身、エミールくんの身分を気にしたことなんてなかった。
そもそもエミールくんは、身分を傘に着て選ぶったり、利用するような性格ではない気がする。彼は、憧れているであろうジェラルドとよく似て、一本筋が通った人だ。
「まぁ、私たちが貴族でも気にしないで接してくれると嬉しいわ」
エルミナさんは私に向き直ると、茶目っ気たっぷりに笑った。
「そ、それはもちろんですけど……」
伯爵令嬢とは、こんなにもフレンドリーなものなのだろうか。……絶対違うと思う。
ただ、こちらとしては身分を気にしないでいいと言ってくれるのはとてもありがたい。
「もう姉さん、いい加減にしてください。そろそろ店に帰ったらいかがですか」
そう言って、エミールくんがエルミナさんの背を押し、食堂の外へ向かわせる。
無理矢理出口へ向かわされているエルミナさんは、不満げに頬を膨らませた。
「ええ? 嫌よ。まだアオイちゃんと話し足りないわ」
「また来ればいいでしょう」
「嫌よ」
そんな言い合いをしている二人が部屋を出ていく直前、ジェラルドが「ああ」と声をかけた。
「エルミナ嬢。一つだけいいですか」
「なあに?」
ジェラルドの声に、エルミナさんが足を止めてこちらを振り返る。
「神子様の服を見繕っていただいたので、あなたには話しましたが……。神子様のことはあまり口外しないでいただきたい。彼女に対する危険を増やしたくないのです」
「わかっているわ。あなたも変われば変わるものね。今の方が、前よりいい顔をしている」
――?
やっぱりこの二人の関係性はよく分からない。
昔からの知り合いのような感じはするが……。
「それじゃ、またね」
首を捻る私に、エルミナさんがにこりと微笑んだ。
話が終わったことを察知したエミールくんが間髪入れずにエルミナさんの腕を掴む。
「ほら、行きますよ、姉さん」
「ああんもう、ちょっとは姉に優しくしてちょうだい」
「え、エルミナさん、服ありがとうございましたー!」
二人は再び言い合いをしながら、今度こそ部屋を出ていった。
まるで、嵐のような時間だった……。
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