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第1章
08・乙女ちっくなお父様
しおりを挟む「ただいま……」
「ソフィ、おかえり!」
夕方なって屋敷に戻ると、父が真っ先に私を出迎えてくれた。
騎士団長である父は大体帰宅が遅いのに、こんな早い時間に帰っているなんて珍しいこともあるものだと思う。
「どうだった? ウィリアム殿下は!」
熊のような大男である父が、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら尋ねてくる。なんなら鼻歌でも歌いそうな勢いだ。
先日私が浮気&婚約破棄されたことを受けて、悪魔も泣いて逃げるくらい怒り狂っていた父だが、今日はやたらと機嫌が良さそうだった。
――お父様、どうしてこんなに機嫌がいいの?
……厳密に言うならば、父の機嫌が良くなったのは、私が女王陛下から王太子殿下の第一執務補佐官になるように命じられた前日の夜からだ。そこからずっと、不気味なほどに機嫌が良い日が続いている。
「どうだった、って聞かれても……」
どうもこうもない。
――なんなのよあの王子様は……!
私は父に気づかれないようにギリギリと拳を握りしめた。
あのあと結局、殿下は執務室を出て行ったきり戻って来なかった。
代わりにエリオットが軽く執務室内を案内してくれ、私は自分に与えられた机を片付けて本日の業務は終了だ。
殿下の言動に対する困惑と、行き場のない苛立ち。それが、今の正直な私の気持ちだった。
まあ、殿下の執務補佐官になってまだ一日目だ。
上司の考えや行動が理解できないのは仕方がないだろう。そのうち理解できるようになる、と信じたい。
せっかく憧れの女王陛下から、王太子殿下の執務補佐官をするよう命じられたのだ。
新しい上司である殿下と良好な関係を築けるかはいささか不安ではあるが、成長するいい機会だ。一生懸命頑張りたい。
どうにか心を落ち着かせるように息を吐き出して、私は握っていた拳の力を緩める。
――そういえばなんとなくだけど、エリオットのテンションは今のお父様に通じるものがあるわ。
エリオットは初対面にも関わらず、やたら好意的に対応してくれた。
ウィリアム殿下の感情は不明だが、彼の侍従が私を歓迎してくれているムーブなのがせめてもの救いだ。
ウィリアム殿下は、新しい執務補佐官であるはずの私に対してなんの興味もないのだろう。
拒絶はされていないと思うが、歓迎もされていない。まさに「無」。
――殿下に認めてもらいたいところだけど、今のところ不安しかないわ……。
「殿下は超イケメンだろう? 女王陛下に似ていい男だろう?」
そんな私の心情などつゆ知らず、父は夢見る乙女のように両手を胸の前で組み合わせてうっとりとしていた。
いい年をしたガタイの良い男が乙女ちっくな仕草をしているのは、アンバランスにも程がある。
これでも世間的に父は、「屈強で頼れる騎士団長」として騎士団員たちの憧れの存在らしい。そんな団長に憧れる騎士団員たちが今の父の姿を見たら、きっとショックで卒倒するだろう。
「なに言っているのよ、お父様。私は執務補佐官として殿下のおそばに行くんだから、そういうのは関係ないでしょう?」
間の抜けたような父の問いに、私は思わず脱力してしまった。
確かに、殿下の見た目はイケメンと形容するに相応しい方だった。
さらさらとした金糸のような髪も、澄んだ青空のような瞳も、まるで昔絵本で読んだおとぎ話に登場する王子様そのままだ(事実彼は「王子様」なのだけれど)。
これがもし社交の場で、私が一般的な貴族の娘ならば、頬を染めて黄色い声をあげていただろう。
「でもお前ももう18だろう? くそったれなエディンの次男坊との婚約もめでたく解消されたのだから、新しい相手を探すのもいいんじゃないか⁉︎」
かつては、シュミット様からの求婚を受けて「わしの古い知り合いの息子だし、大丈夫だろう」とシュミット様を信頼していた父。
先日の一件を受けて、すっかりシュミット・エディンのアンチになってしまったらしい。父の言葉の端々から、シュミット様への恨みが感じられる。
かく言う私はというと、シュミット様との一件により、恋愛沙汰そのものがトラウマになってしまっていた。
「しばらく色恋沙汰には関わりたくないわ! お父様には悪いけど、私は仕事に生きるの! 仕事が好きなの!」
私はすがってくる父の腕を振り払いながら叫ぶように言った。このまま父の相手をしていても埒が明かない。一旦自室へ向おうと私は歩き始める。
――私はおとなしい「妖精姫」なんかじゃない。私はソフィリア・ガーランド。私を見てくれない人なら、恋人も婚約者もいらないわ!
妖精のような見た目をした、大人しい深窓の伯爵令嬢を求めるのなら他所へ行ってほしい。
私は強く、たくましく地に足をつけて生きたいのだ。社会に出て国のために働くことが楽しいのだ。
恋愛沙汰なんて面倒なこと、しばらく関わりたくない。私に可憐な「妖精姫」であることを求めて働くことを取り上げようとする男性ならば永遠に必要ない。
「仕事人間なのは誰に似たんだ⁉︎ わしか⁉︎ わしのせいなのか⁉︎ せっかくお前は母さんに似て美しく育ったのに、もったいない!」
「そうよ! お父様に似たの! 悪かったわねー!」
父のヒステリックな嘆きにそう返して、私は逃げるように階段を駆け上がった。
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