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第3章
22・最近殿下が変。私も変
しおりを挟む鍛錬場でウィリアム様と遭遇した日からしばらくがたった。
私は執務室の自分の机で、与えられた仕事をしながらもぷるぷると震えていた。
――いやなにごと!?
というのも、あの鍛錬場で言葉を交わした次の日から、ウィリアム様がやたらと私をじっと見てくるようになったのである。
――なんなの!? 私になにか用事でもあるわけ!?
今までならウィリアム様は自分の仕事が終わったらさっさと執務室を出ていっていた。
今日だって、ウィリアム様の仕事はとっくに終わっているはずだ。昼過ぎにウィリアム様が、処理を終えた書類の束をエリオットへ押し付けているところを見た。
それなのに、ウィリアム様は執務室を出ていかず、執務机へ頬杖をついて私の方を見つめている。
「殿下、そんな穴が空くほどソフィリア様を見つめていたら困らせてしまいますよ」
見かねたのか、私の向かいに座るエリオットがウィリアム様の様子に苦笑しながら助け舟を出してくれた。
しかし、朗らかに「ねぇ?」と応答を求められても困ってしまう。王太子を目の前に、はっきりと「困っている」と伝えることも出来ずに、私は曖昧に笑うしかなかった。
「……それはすまない」
エリオットの言葉を受けて、ウィリアム様は少し反省した様子だった。
――この王子様、基本的に悪気はないのよね……。
そんな風にしゅんと謝られると、無碍にもできない。
だからこそ対応に困るのだ。
◇◇◇◇◇◇
「はぁ……」
本日の業務が終わり、薄暗くなりつつある城の廊下を歩きながら、私はため息をついていた。
最近の私の悩みの種は、もっぱらウィリアム様のことだ。
あんなふうに毎日のように見つめられたら、どうやってもウィリアム様のことを意識してしまう。
ただでさえウィリアム様は顔の造形が整っているのだ。
それに加えて、あの人は仕事が好きな私の中身を認めてくれた。
多少ぼんやりとして物事に興味が薄いところはあるものの、仕事は早いし剣を扱っている姿には目を見張るものがあった。
そんな人から真っ直ぐに見つめられて、嫌に感じるわけが無い。
――私、もしかして……、ウィリアム様のことを意識しているの?
はたと気づいて立ち止まる。
自分の頬が熱をもっていることは、誤魔化しようがなかった。
――相手は王子様よ? 何考えてるの。
私は自分を嘲るように苦笑する。全くもって馬鹿なことだ。
ウィリアム様とは仕事で多くの時間を共にすごし、多少親しくなった。とはいえ相手は王太子殿下だ。
以前は公爵令嬢のブランカ様がウィリアム様の婚約者であったように、王太子殿下のお相手としてふさわしいのは基本公爵家以上。もしくは他国の王女だ。それが慣例である。
いかな王家に深い繋がりがあるガーランド伯爵家といえど、王太子の相手としては身分不足だろう。
そう考えると、胸がずくんと重くなるような心地がした。
まるで、重たい鉛が突然降ってきたかのよう。
こんな感情、元婚約者であるシュミット様にも当然抱いたことはなかった。
――ああやっぱり私、ウィリアム様のことが好きなんだ。
ずっと見て見ぬふりをしてきたけれど、もう認めざるを得ない。
――……恋愛沙汰なんてしばらくごめんだって思っていたのにな。
初めて自分から好意を寄せた相手が、まさかこんなに大変な相手だとは思わなかった。
身分不相応で報われる可能性の低い恋をするなんて、自分がつらくなる予感しかしない。
――私、本当に何を考えているんだろう。そもそもウィリアム様がなんで私を見つめてくるのかも分からないのに。
このまま一人で考えていると、どんどんと深みにはまっていってしまいそうだ。
――さっさと帰って、今日はもう寝よう。
私は考えを振り切るように強く頭を振る。
関係者用通用口へ向かおうと、私が再び足を踏み出したその時。
「もう、しつこいですわ! あなたがこんな方だとは思わなかった!」
甲高い女性の叫び声が、廊下の向こうから聞こえてきた。
――?
響く女性の声に、私は聞き覚えがある気がする。
この声は、確かブランカ様?
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