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「……その、先日言っていたことだが。君は本気で、俺との婚約を破棄したいと思っているのか?」
俺の問いに、エリシェラがぱちぱちと瞬きを繰り返す。
ほんの一瞬に過ぎないはずの沈黙が、いやに長く思えた。
やがて、エリシェラは覚悟を決めたように背筋を伸ばし、見慣れた穏やかな微笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんですわ」
胸の奥が、一瞬で冷えたような気がした。
冗談ではないのだと、その声音だけで理解してしまったのだ。
エリシェラのたった一言に、思いのほか自分が堪えていることに、余計戸惑う。
「わたくしは物語に華を添える背景……言うなればその辺の雑草……」
「……雑草?」
「はい。主人公ちゃんと殿下がイチャイチャキャッキャしているところの壁になりたいのです」
「壁……?」
「今はまだゲーム開始一年前。主人公ちゃんはわたくしたちの前に現れてはおりません。ですが、現れたとしても、おふたりを邪魔するつもりなんて爪の欠片ほどもございません。シナリオ通りの悪役令嬢なんて、もってのほかですわ」
エリシェラの声は、確かに俺の耳に届いている。けれど、言葉の意味が一つも頭に入ってこない。
(……まぁ、面白いからこのままでもいいか)
もうエリシェラの発言の意味を考えるのを放棄してもいいだろうか。
彼女の奇天烈な発言を聞いているうちに、俺の胸の冷え込みはいつのまにやら消え去っていた。
(……少なくとも、『俺のことが嫌いだから婚約を破棄したい』と言っているわけではなさそうだ)
「殿下は最推しではございますが、推しの幸せのためならば、潔くさっさと身を引きます。そうしてあわよくば草葉の陰からキャッキャしてるおふたりを見守りたい……」
エリシェラは胸の前で両手を組み合わせ、うっとりと目を細めている。
まるで幸福な未来を夢見る少女のようだが、語る内容は理解不能だ。
「そう、わたくしは悪役令嬢などではなく……雑草役令嬢になりたいのです……!」
「……なんだって?」
「もしくは木の役Bでも可ですわ! 木の役Aの隣で、そっと風に揺れておりますわ!」
木の役……B?
ということはAもいるのだろうか。
(本当になんなんだ、この子は……)
胸の奥がぞくりと震えた。
背筋をなぞるような形容しがたいほどの熱が、ゆっくりと這い上がってくる。
(エリシェラはこんなに……面白い女だったか?)
俺は思わず身震いし、そしてごくりと唾を飲み込んだ。
――俺は興奮していたのだ。
目の前にいる、意味の分からないおかしな女に。
「……決めた」
短く言葉にすると、思考がより明瞭になった気がした。
エリシェラはきょとんと目を瞬かせている。
「君とは絶対に婚約破棄しない。手放さないことを誓う」
「え!? そ、それは困りますわ! 主人公ちゃんと殿下の恋模様を遠いところから眺めるいう、わたくしの今世の楽しみが……!」
「よく分からない子のことなんて知らないよ。俺が隣で見ていたいのは君だから」
俺の言葉にか、エリシェラの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
その表情の変化に、思わず呼吸を止めてしまった。
どうしようもなく……彼女から目が離せない。
(……エリシェラがつまらない女だなんて、どこが?)
数日前の自分に教えてやりたい気分だ。
俺の婚約者が奇天烈で愉快で、予測不能で――そして、とても愛らしいのだと。
エリシェラが泉に落ちてからというもの、俺の人生はとんでもなく面白くなってしまったのだと。
俺とエリシェラの攻防戦は、まだ始まったばかり。
俺の問いに、エリシェラがぱちぱちと瞬きを繰り返す。
ほんの一瞬に過ぎないはずの沈黙が、いやに長く思えた。
やがて、エリシェラは覚悟を決めたように背筋を伸ばし、見慣れた穏やかな微笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんですわ」
胸の奥が、一瞬で冷えたような気がした。
冗談ではないのだと、その声音だけで理解してしまったのだ。
エリシェラのたった一言に、思いのほか自分が堪えていることに、余計戸惑う。
「わたくしは物語に華を添える背景……言うなればその辺の雑草……」
「……雑草?」
「はい。主人公ちゃんと殿下がイチャイチャキャッキャしているところの壁になりたいのです」
「壁……?」
「今はまだゲーム開始一年前。主人公ちゃんはわたくしたちの前に現れてはおりません。ですが、現れたとしても、おふたりを邪魔するつもりなんて爪の欠片ほどもございません。シナリオ通りの悪役令嬢なんて、もってのほかですわ」
エリシェラの声は、確かに俺の耳に届いている。けれど、言葉の意味が一つも頭に入ってこない。
(……まぁ、面白いからこのままでもいいか)
もうエリシェラの発言の意味を考えるのを放棄してもいいだろうか。
彼女の奇天烈な発言を聞いているうちに、俺の胸の冷え込みはいつのまにやら消え去っていた。
(……少なくとも、『俺のことが嫌いだから婚約を破棄したい』と言っているわけではなさそうだ)
「殿下は最推しではございますが、推しの幸せのためならば、潔くさっさと身を引きます。そうしてあわよくば草葉の陰からキャッキャしてるおふたりを見守りたい……」
エリシェラは胸の前で両手を組み合わせ、うっとりと目を細めている。
まるで幸福な未来を夢見る少女のようだが、語る内容は理解不能だ。
「そう、わたくしは悪役令嬢などではなく……雑草役令嬢になりたいのです……!」
「……なんだって?」
「もしくは木の役Bでも可ですわ! 木の役Aの隣で、そっと風に揺れておりますわ!」
木の役……B?
ということはAもいるのだろうか。
(本当になんなんだ、この子は……)
胸の奥がぞくりと震えた。
背筋をなぞるような形容しがたいほどの熱が、ゆっくりと這い上がってくる。
(エリシェラはこんなに……面白い女だったか?)
俺は思わず身震いし、そしてごくりと唾を飲み込んだ。
――俺は興奮していたのだ。
目の前にいる、意味の分からないおかしな女に。
「……決めた」
短く言葉にすると、思考がより明瞭になった気がした。
エリシェラはきょとんと目を瞬かせている。
「君とは絶対に婚約破棄しない。手放さないことを誓う」
「え!? そ、それは困りますわ! 主人公ちゃんと殿下の恋模様を遠いところから眺めるいう、わたくしの今世の楽しみが……!」
「よく分からない子のことなんて知らないよ。俺が隣で見ていたいのは君だから」
俺の言葉にか、エリシェラの顔が一瞬で真っ赤に染まる。
その表情の変化に、思わず呼吸を止めてしまった。
どうしようもなく……彼女から目が離せない。
(……エリシェラがつまらない女だなんて、どこが?)
数日前の自分に教えてやりたい気分だ。
俺の婚約者が奇天烈で愉快で、予測不能で――そして、とても愛らしいのだと。
エリシェラが泉に落ちてからというもの、俺の人生はとんでもなく面白くなってしまったのだと。
俺とエリシェラの攻防戦は、まだ始まったばかり。
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