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しおりを挟む「……それで、エリシェラ。何をしていたんだ……?」
「あら、もしかして殿下もご興味がおありですの?」
尋ねると、エリシェラはぱっと顔を上げた。
俺が「何に?」と問い返すよりも早く、エリシェラは中庭の奥の方を指し示した。
「殿下、こちらですわ!」
仕方なく彼女に案内されるままについて行くと、そこには小さな畑のようなものが広がっていた。
土はふかふかに耕され、既にいくつか苗が植えられているようだ。支柱までしっかりと立てられてある。
学院の中庭に、こんな場所があっただろうか。
……いや、先週までは確実になかった。
「……これは?」
「わたくしの……菜園ですわ! もちろん、先生方には許可を取っております!」
誇らしげに胸を張っているエリシェラに、こちらはめまいがする心地だった。
果たして今までのエリシェラは、こんなにまで行動力のある、予測不能な令嬢だっただろうか。
「……一つ、確認していいかな」
「はい!」
「これは授業かなにかの一環かな?」
「いいえ!」
元気よく否定しないで欲しい。
エリシェラの回答に脱力してしまうのを感じながら、俺は額を押さえた。
当のエリシェラ本人はというと、なぜだか神妙な顔つきをして、胸の前で手のひらを握りしめていた。
「わたくしはこの先の未来、殿下に捨てられる身。主人公ちゃんに害をなしたとされ、公爵家からも……国からも追い出される可能性がございます」
(……またそれか)
エリシェラが泉に落ちてからというもの、彼女はよく分からない言葉ばかりを口にする。
推しだの、主人公ちゃんだの、俺がエリシェラを捨てるだの。
「そうなった際にも一人で生き抜けるよう、自給自足ができるようになりたい――その一心で屋敷の花壇すべてを菜園に変貌させようといたしました結果、お父様に『頼むから大人しくしていてくれ』と泣きつかれてしまいました」
(……リンドグレン公爵も大変だな)
エリシェラはしゅんと肩を落としているが、残念ながら俺としては公爵の方への同情を禁じ得ない。
「そのため、今度は学院の先生方に『領民の心を知るために作物の勉強がしたい』と訴えかけましたところ、こちらは『貴族の鑑だ。中庭の空いているスペースを使って良い』とご納得していただけましたわ!」
(……おそらく教師陣は、エリシェラがおかしくなっていることに気づいていないから菜園に許可を出したんだな)
学年一の成績をもつ公爵家の令嬢である彼女が「領民の心を知りたいから作物を手ずから育ててみたい」などと申し出れば、教師陣はいたく感動したに違いない。
……彼女の言動が、数日前とはまるっきり別人レベルにまで変わってしまっていることを知らなければ。
菜園の話は、とりあえず一応の理解はできた。
だが、肝心の「婚約破棄」うんぬんについてはまだ聞けていない。
「エリシェラ」
俺が名を呼ぶと、満足げに菜園を眺めていたエリシェラがこちらを振り返った。
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