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しおりを挟む週が明けた昼休みの時間帯。
俺は、学院内でエリシェラの姿を探していた。
というのも、見舞いに行った際にエリシェラから『婚約破棄してほしい』と言われたことが、ずっと心に引っかかっていたのだ。
あの後、結局客間へ戻ってきた公爵から『後生だから娘の発言は忘れて欲しい』と再度頼み込まれ、エリシェラ本人とは話ができていないままうやむやになってしまった。
先週のエリシェラの言葉を信じるなら、今日から彼女は学院に復帰しているはずだろう。
年頃の近い貴族の子女が行き交う廊下を足早にぬけながら、俺は自嘲気味に息を吐いた。
(……つまらない女、だったはずなのにな)
そう思っていたはずなのに、今は胸の奥が落ち着かない。
俺はなぜ、エリシェラに振り回されているのだろう。
そしてなぜ、それを面白く思い始めているのだろうか。
(それにしても……エリシェラはどこにいる……?)
同じ学年ではあるが、俺とエリシェラはクラスが違った。
このだだっ広い学院内で、目的の人物一人の姿を見つけるのはかなり難しい。
校舎中を一通り探し終わり中庭へ足を向けたところで、ようやくエリシェラの姿を見つけた。
花壇の近くで、見慣れた金の髪が揺れている。
「エリ――」
俺はエリシェラに、声をかけようと一歩踏みだして……ふと、足が止まった。
エリシェラの隣に誰かがいる。
(……誰だ、あれは)
エリシェラの隣にいるのは男だった。
学院の制服を着ているということは、生徒であることは間違いないだろう。
男子生徒は、抱えていたいくつかの袋をエリシェラに渡している。
いつもなら、気にもとめないはずの出来事。
それなのに、今日はなぜだか胸の奥がひどくざわついた。
それもこれも、エリシェラが男子生徒へ向けて見たことがないほどの満面の笑みを浮かべていたからだ。
エリシェラの笑顔が、自分以外に向けられていることが気に入らない。
(なんなんだ。この間から調子が狂う)
エリシェラからあんな笑顔を向けられたことなど、俺は一度たりともないのに。
いつだってエリシェラは、取り澄ました穏やかな微笑みを浮かべているだけで――。
(なんだってこんなにいらつくんだ)
「エリシェラ」
気づけば、俺は二人の間に割って入っていた。
エリシェラの肩を自分の方へと強く引き寄せ、男子生徒へにこりと笑みを向ける。
いつも以上に目が笑っていないことは、自分でもわかっていた。
「君……俺の婚約者に何か用かな?」
「殿下!? あ、あの、これは……!」
男子生徒はびくりと肩を跳ね上げると、慌てた様子で手に持っていた残りの袋を掲げて見せた。
「ひ、肥料です! リンドグレン嬢が重そうに抱えていらっしゃったので……! ただ運ぶのを手伝っていただけでして!」
「肥料……?」
確かに男子生徒の言葉通り、袋にはでかでかと大きな文字で『栄養満タン! 美味しい野菜のための肥料!』と明記されていた。
……どうみても、花壇に咲き誇る花用ではなく野菜用だ。
(なぜ野菜用? ここは学院の中庭だぞ)
周囲に花壇はあるものの、当然ながら野菜などひとつも植わっていない。
美しく咲き誇る花々がそこにあるだけだ。
「そ、それでは失礼いたします!」
俺が困惑している間に、肥料袋を隅に置いた男子生徒はそそくさと中庭から去っていった。
「あら、運んでくださったお礼を伝えそびれたわ……」
エリシェラは呑気にそんなことを呟いている。
だがそれよりも、だ。
我が婚約者は、貴族の学び舎たるこの学院で一体何をしているというのか。
俺は眉をひそめながら、エリシェラへと視線を投げた。
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