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しおりを挟む呆気にとられる俺をよそに、エリシェラはさらに続ける。
「わたくしはこの先の未来、殿下に捨てられる運命なのですわ。先日、泉を覗き込んだ時にはっきりと思い出し――じゃなくて、理解いたしましたの」
(……俺が、エリシェラを捨てる?)
ありえない。
そんな未来を想像したことすらなかった。
(俺の隣にいるのは、エリシェラに決まっているだろ?)
反射的にそう考えてしまうくらい、エリシェラが自分の隣にいる未来が当然だと思っていた自分に気づいた。
(……くそ。なんだ、調子が狂うな)
そもそも俺たちの婚約は国や家のために決められたものだ。
俺やエリシェラの感情だけでふいにできるような簡単なものじゃない。
そんなことは、エリシェラだってわかっているはずだろう。
なぜなら彼女と俺は、長年暗黙の了解として恋人のように振る舞ってきたのだから。
「急にそんなことを言い出すなんて……。やはり、まだ体調が優れないのかな?」
自分の感情への戸惑いを隠しながら、俺はエリシェラの顔を覗き込んだ。
その一拍後、
「ひいい! ちっか! 無理無理無理無理神々しすぎて無理!!」
エリシェラは俺から逃れるかのように、ソファの背もたれにぴたり張り付き、顔を真っ赤にしながら左右に勢いよく振った。
「そんなに俺のことが嫌いだったのか、エリシェラ」
「ちっ、違いますわ! 断固として!!」
俺の声にかぶせるようにして、エリシェラが強く声を上げた。
「殿下は今までプレイしてきた乙女ゲームの攻略対象中、最推しの最推し! 前の人生でのわたくしの生きる糧! そしてこれからも永久にわたくしの――」
推し。
またその単語だ。
それだけではなく、さらに意味の分からない単語が複数出てきたが……。
俺が口を開こうとした直前、部屋の隅に控えていた使用人たちがひそひそとざわめきはじめていたことにようやく気づいた。
「お、お嬢様……! 婚約破棄だなんて……!」
「殿下にそんなことをおっしゃるなんて……! お怒りを買いでもしたら……最悪、公爵家取り潰し……っ!?」
「ど、どうしましょ、どうしましょ……! だ、旦那様を呼んで! 今すぐ!」
使用人の一人が慌てたように走り去っていく。
(まずいな)
「エリシェラ、一旦落ち着いて――」
これ以上騒ぎが大きくなるのは色々と面倒くさいことになりそうだ。
どうにかエリシェラを落ち着かせようと、俺が声をかけたその時。
「殿下ぁぁぁぁ!!」
廊下の向こうから地響きのような足音と声が響き、ばあんと勢いよく扉が開かれた。
顔をはねあげれば、騒ぎを聞きつけたらしいリンドグレン公爵――エリシェラの父が真っ青な顔をして客間へ飛び込んできているではないか。
公爵は勢いそのままに俺の目の前までやってくると、床に頭を擦り付けんばかりに深々と頭を下げた。
「も、申し訳ございません、殿下! 娘はまだ熱があるようでして! それはもう大層な高熱で! 幻覚を見ているようでして! どうかお気になさらずに!」
「お父様!? わたくしは幻覚など――」
「黙りなさい!」
ぴしゃりと一蹴すると、公爵はエリシェラの腕を掴んで引き立たせた。
「殿下、本日はこれにて……! 申し訳ございません!」
「お父様ったら! わたくしはまだ殿下にお話したいことが……!」
エリシェラはまだなにか叫んでいるようだった。だが、そのまま公爵に引きずられるようにして客間から連れ出されていった。
(……一体なんだったんだ)
残された俺は、深く息を吐き出すしかない。
エリシェラが泉に落ちてからというもの、調子が狂って仕方がないのだ。
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