【完結】泉に落ちた婚約者が雑草役令嬢になりたいと言い出した件

雨宮羽那

文字の大きさ
2 / 6

2

しおりを挟む

 結局その後、エリシェラが発熱していたようでデートはお開きとなった。
 ……あの奇妙な叫び声の理由は分からないままだが。
 
 そうして数日が経ち、俺は見舞いと称してエリシェラの屋敷へ出向こうとしていたのである。

「殿下も甲斐甲斐しいことですね。わざわざ自ら出向かれるなんて」

「仕方がないだろう? 最愛の婚約者殿が倒れられたのだから」

 揺れる馬車の中、隣に座る侍従へ適当に返す。
 受け答えをしながらも、俺の頭にはエリシェラの奇妙な叫びがいまだ残っていた。
 それに、真っ直ぐに俺を見つめてきた強い視線も。
 
 (……最愛、ね。自分で言っておきながらおかしな気分だ)

 いつもは気にならないはずの、関係を装う言葉が今日はなぜだか引っかかった。
 俺は果たしてエリシェラをどう思っているのか。

 あの時泉でエリシェラは、真っ直ぐに俺を見て「人生の推し」と言った。

 (……推し、とはなんだったんだ?)

 見舞い、なんて表向きの理由だ。
 本音を言えば、エリシェラの変貌のわけが気になって仕方なかったのである。

 
 ◇◇◇◇◇◇

 
 リンドグレン公爵の屋敷へたどり着くと、すぐに客間へと通された。
 しばらく待っていると、扉がわずかに開く音がした。

 (エリシェラ?)

 視線を向けるものの、そこに人の姿はない。

「…………」

 だが、扉をよく見ると、ほんの少しだけ開いていることに気が付いた。
 その隙間をさらに観察すると、青い瞳がこちらを覗いているではないか。

 (なぜ扉の隙間からこちらの様子を伺っているのかな……?)

 隙間から覗いているのは、どう考えてもエリシェラだ。
 淑やかで、女神のようだと評されてきた今までの彼女からは想像できないが。

「……エリシェラ。そこで何をしているのかな?」

「ひい!」

 ソファに座ったまま扉の向こうへ声をかけると、なんだか間抜けな悲鳴が上がった。

「ほら、お嬢様! 殿下がお待ちですよ! さっさとお入りくださいな!」
「何があったかは存じませんが、ルーカス殿下なら大丈夫ですって~」
 
 ……次いで、侍女たちの応援するような声も。

「も、申し訳ございません、殿下。前世の推しの来訪にすっかり気が動転してしまいまして……」
 
 ようやく扉が完全に開き、客間に姿を現したエリシェラは、肩にブランケットを巻き付けていた。
 先程の醜態を気にしているのか、取り繕うような笑みをうかべ、俺の前に腰を下ろす。

「体調はもう平気?」

「ええ、ご心配おかけしましたわ。来週からは学院にも顔を出せるかと思います」

 静かにそう答える彼女はいつものエリシェラのように思えた。
 ……しかし、わざとらしいくらいに明後日の方を向き、俺の顔を見ようともしないのはなぜなのだろう。

「あの殿下が……わざわざお見舞いに来て下さるなんて……」

 エリシェラは胸の前でぎゅっと手を握りしめ、ぽつりと呟いた。
 
「はぁ……。我が推しはなんて尊いのかしら。これは主人公ちゃんの登場が待たれますわね……」

 (とうと……なんだって? さらにわけがわからない単語が出てきたが、なんだ?)

 エリシェラはそこではっとしたように口元を押さえた。
 自分が口走った内容に気づいたらしい。
 
「で……殿下」

 エリシェラがふと、震える声で俺を呼んだ。
 視線はまだ合わない。

「真剣なお話がございますの。聞いていただけますでしょうか」

「なにかな」

 エリシェラはたっぷりと息を吸い込むと、覚悟を決めたように俺の方へ視線を向けた。
 今日初めて、エリシェラと視線が交わる。
 
 一瞬、息が止まった。
 エリシェラの視線が自分に向けられたことに、胸の奥がわずかに緩む。

 ほんの少し安堵したのも束の間、彼女は次の瞬間、とんでもないことを口走った。

「わたくしとの婚約を破棄してくださいませ……!」

「…………はぁ?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

9時から5時まで悪役令嬢

西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」 婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。 ならば私は願い通りに動くのをやめよう。 学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで 昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。 さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。 どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。 卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ? なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか? 嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。 今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。 冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。 ☆別サイトにも掲載しています。 ※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。 これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

「そうだ、結婚しよう!」悪役令嬢は断罪を回避した。

ミズメ
恋愛
ブラック企業で過労死(?)して目覚めると、そこはかつて熱中した乙女ゲームの世界だった。 しかも、自分は断罪エンドまっしぐらの悪役令嬢ロズニーヌ。そしてゲームもややこしい。 こんな謎運命、回避するしかない! 「そうだ、結婚しよう」 断罪回避のために動き出す悪役令嬢ロズニーヌと兄の友人である幼なじみの筋肉騎士のあれやこれや

初恋の人を思い出して辛いから、俺の前で声を出すなと言われました

柚木ゆず
恋愛
「俺の前で声を出すな!!」  マトート子爵令嬢シャルリーの婚約者であるレロッズ伯爵令息エタンには、隣国に嫁いでしまった初恋の人がいました。  シャルリーの声はその女性とそっくりで、聞いていると恋人になれなかったその人のことを思い出してしまう――。そんな理由でエタンは立場を利用してマトート家に圧力をかけ、自分の前はもちろんのこと不自然にならないよう人前で声を出すことさえも禁じてしまったのです。  自分の都合で好き放題するエタン、そんな彼はまだ知りません。  その傍若無人な振る舞いと自己中心的な性格が、あまりにも大きな災難をもたらしてしまうことを。  ※11月18日、本編完結。時期は未定ではありますが、シャルリーのその後などの番外編の投稿を予定しております。  ※体調の影響により一時的に、最新作以外の感想欄を閉じさせていただいております。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

わたしがお屋敷を去った結果

柚木ゆず
恋愛
 両親、妹、婚約者、使用人。ロドレル子爵令嬢カプシーヌは周囲の人々から理不尽に疎まれ酷い扱いを受け続けており、これ以上はこの場所で生きていけないと感じ人知れずお屋敷を去りました。  ――カプシーヌさえいなくなれば、何もかもうまく行く――。  ――カプシーヌがいなくなったおかげで、嬉しいことが起きるようになった――。  関係者たちは大喜びしていましたが、誰もまだ知りません。今まで幸せな日常を過ごせていたのはカプシーヌのおかげで、そんな彼女が居なくなったことで自分達の人生は間もなく180度変わってしまうことを。  17日本編完結。4月1日より、それぞれのその後を描く番外編の投稿をさせていただきます。

従姉が私の元婚約者と結婚するそうですが、その日に私も結婚します。既に招待状の返事も届いているのですが、どうなっているのでしょう?

珠宮さくら
恋愛
シーグリッド・オングストレームは人生の一大イベントを目前にして、その準備におわれて忙しくしていた。 そんな時に従姉から、結婚式の招待状が届いたのだが疲れきったシーグリッドは、それを一度に理解するのが難しかった。 そんな中で、元婚約者が従姉と結婚することになったことを知って、シーグリッドだけが従姉のことを心から心配していた。 一方の従姉は、年下のシーグリッドが先に結婚するのに焦っていたようで……。

処理中です...