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しおりを挟む結局その後、エリシェラが発熱していたようでデートはお開きとなった。
……あの奇妙な叫び声の理由は分からないままだが。
そうして数日が経ち、俺は見舞いと称してエリシェラの屋敷へ出向こうとしていたのである。
「殿下も甲斐甲斐しいことですね。わざわざ自ら出向かれるなんて」
「仕方がないだろう? 最愛の婚約者殿が倒れられたのだから」
揺れる馬車の中、隣に座る侍従へ適当に返す。
受け答えをしながらも、俺の頭にはエリシェラの奇妙な叫びがいまだ残っていた。
それに、真っ直ぐに俺を見つめてきた強い視線も。
(……最愛、ね。自分で言っておきながらおかしな気分だ)
いつもは気にならないはずの、関係を装う言葉が今日はなぜだか引っかかった。
俺は果たしてエリシェラをどう思っているのか。
あの時泉でエリシェラは、真っ直ぐに俺を見て「人生の推し」と言った。
(……推し、とはなんだったんだ?)
見舞い、なんて表向きの理由だ。
本音を言えば、エリシェラの変貌のわけが気になって仕方なかったのである。
◇◇◇◇◇◇
リンドグレン公爵の屋敷へたどり着くと、すぐに客間へと通された。
しばらく待っていると、扉がわずかに開く音がした。
(エリシェラ?)
視線を向けるものの、そこに人の姿はない。
「…………」
だが、扉をよく見ると、ほんの少しだけ開いていることに気が付いた。
その隙間をさらに観察すると、青い瞳がこちらを覗いているではないか。
(なぜ扉の隙間からこちらの様子を伺っているのかな……?)
隙間から覗いているのは、どう考えてもエリシェラだ。
淑やかで、女神のようだと評されてきた今までの彼女からは想像できないが。
「……エリシェラ。そこで何をしているのかな?」
「ひい!」
ソファに座ったまま扉の向こうへ声をかけると、なんだか間抜けな悲鳴が上がった。
「ほら、お嬢様! 殿下がお待ちですよ! さっさとお入りくださいな!」
「何があったかは存じませんが、ルーカス殿下なら大丈夫ですって~」
……次いで、侍女たちの応援するような声も。
「も、申し訳ございません、殿下。前世の推しの来訪にすっかり気が動転してしまいまして……」
ようやく扉が完全に開き、客間に姿を現したエリシェラは、肩にブランケットを巻き付けていた。
先程の醜態を気にしているのか、取り繕うような笑みをうかべ、俺の前に腰を下ろす。
「体調はもう平気?」
「ええ、ご心配おかけしましたわ。来週からは学院にも顔を出せるかと思います」
静かにそう答える彼女はいつものエリシェラのように思えた。
……しかし、わざとらしいくらいに明後日の方を向き、俺の顔を見ようともしないのはなぜなのだろう。
「あの殿下が……わざわざお見舞いに来て下さるなんて……」
エリシェラは胸の前でぎゅっと手を握りしめ、ぽつりと呟いた。
「はぁ……。我が推しはなんて尊いのかしら。これは主人公ちゃんの登場が待たれますわね……」
(とうと……なんだって? さらにわけがわからない単語が出てきたが、なんだ?)
エリシェラはそこではっとしたように口元を押さえた。
自分が口走った内容に気づいたらしい。
「で……殿下」
エリシェラがふと、震える声で俺を呼んだ。
視線はまだ合わない。
「真剣なお話がございますの。聞いていただけますでしょうか」
「なにかな」
エリシェラはたっぷりと息を吸い込むと、覚悟を決めたように俺の方へ視線を向けた。
今日初めて、エリシェラと視線が交わる。
一瞬、息が止まった。
エリシェラの視線が自分に向けられたことに、胸の奥がわずかに緩む。
ほんの少し安堵したのも束の間、彼女は次の瞬間、とんでもないことを口走った。
「わたくしとの婚約を破棄してくださいませ……!」
「…………はぁ?」
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