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二章
23、お風呂【1】
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結局、ぼくは父さんにぎゅううっと抱きしめられて、さらにほっぺたもすりすりされた。
んもーっ。いややって言うてるのに。
もしかして父さんは、ぼくが大人になってもすりすりするんやろか。
考えただけで、ぞっとする。
せやのに、父さんに抱っこされた欧之丞は、ほっぺたすりすりをされても嫌がりもせずに、嬉しそうに微笑んでる。
目を細める様子は、まるで猫や。
欧之丞は生まれる前は猫やったんやろか。
「二人ともお風呂に入っていらっしゃい」
母さんに促されて、ぼくらは手ぬぐいや着替えの浴衣を持ってお風呂に向かった。
夏やからお湯はぬるめや。
服を脱いだ欧之丞の背中の傷は、皮膚がひきつれたり盛り上がってる部分があって、見ているだけで痛々しい。
せやのに「へへー。絲おばさんと蒼一郎おじさんに抱っこしてもらった」なんて嬉しそうに微笑むもんやから。
ぼくは、胸が詰まってしもた。
欧之丞にはまだ教えてへんけど。父さんが、母さんに話しとったことがある。
それは夜中で……というてもぼくにとっての夜中やから、多分十時とかやろか。
急に厠に行きたなって。
怖いなー、どうしよっかなと思いながら廊下に出たら、父さんらの部屋から明かりも洩れとった。
よかった。二人とも起きてるやん。
安心しながら廊下を歩いてたら、父さんの低い声が聞こえたんや。
――厦門行きの貨客船が嵐に見舞われたらしいわ。乗客が一人、海に投げ出されたらしいで。
――ろひら丸や、ろせった丸ですか?
――いや、そないな船名やなかったな。まぁ、座礁や沈没したわけやないから、新聞の一面にでかでかと載る訳やないやろけど。近々、行方不明者の名前が発表されるやろ。
そうですか、と短い言葉で納得した母さんの声は沈んどった。
せやから、ぼくは気がついたんや。
それがただの事故やないことを。
行方不明者の名前は、欧之丞の母親やっていうことを。
けど、きっと最後の最後まで母親は、欧之丞のことなんか思い出しもせぇへんのやろな。
あの人の視線には、荒れた海の向こうの新天地だけが映っとったんかもしれへん。
永遠にたどりつけへん場所やのに。
欧之丞の存在を無視し続けた父親は、もうこの街を出とう。その父親は新しい家族と幸せに暮らせると思って、家督を欧之丞に譲ったやろけど。
多分、それを見逃すほど父さんは甘くない。
ぼくは五歳やから、ちょっと大人びて背伸びをしてる子どもって見られとうけど。無駄に頭がええわけやない。
組員らの立ち話の断片から、結論を導き出せるんや。
残念ながら、欧之丞の父親の愛人っていう人は、うちの組のかっこいい奴に言い寄られて、浮気したってこと。
そういう難しいのはよう分からへんけど。
ようするに欧之丞の父親は、好きな女の人に捨てられたってことやろ? なんか、子どもだけ置いて相手の女の人が出て行ったとか、誰かが話しとった気がする。
自分が息子の欧之丞に対してしでかしたことが、そのまま返ってくるんやから。欧之丞の父親はどんな気持ちなんやろ。
絶望しとんのやろか。相手の女の人を憎んどんやろか。
難しくてややこしくて、面倒くさいなぁ。
ぼくは人なんか好きにならへん。母さん譲りのきれいな顔をしとうし、頭もええし。きっともてるやろけど。
とびっきり大好きな人が出てこぉへん限り、どんなにきれいな女の人でも多分好きにはならへん。
父さんは母さんのこと大好きやから。それくらい大事にしたいと思う相手しか、ぼくはいらへんのや。
欧之丞はどうやろう? 自分の母親がひどかったから、女性のことを嫌うかもしれへんな。
「こたにい。どうしたんだ?」
「ん? なんでもないで」
ぼくはにっこりと微笑んで、掛け湯をした。
んもーっ。いややって言うてるのに。
もしかして父さんは、ぼくが大人になってもすりすりするんやろか。
考えただけで、ぞっとする。
せやのに、父さんに抱っこされた欧之丞は、ほっぺたすりすりをされても嫌がりもせずに、嬉しそうに微笑んでる。
目を細める様子は、まるで猫や。
欧之丞は生まれる前は猫やったんやろか。
「二人ともお風呂に入っていらっしゃい」
母さんに促されて、ぼくらは手ぬぐいや着替えの浴衣を持ってお風呂に向かった。
夏やからお湯はぬるめや。
服を脱いだ欧之丞の背中の傷は、皮膚がひきつれたり盛り上がってる部分があって、見ているだけで痛々しい。
せやのに「へへー。絲おばさんと蒼一郎おじさんに抱っこしてもらった」なんて嬉しそうに微笑むもんやから。
ぼくは、胸が詰まってしもた。
欧之丞にはまだ教えてへんけど。父さんが、母さんに話しとったことがある。
それは夜中で……というてもぼくにとっての夜中やから、多分十時とかやろか。
急に厠に行きたなって。
怖いなー、どうしよっかなと思いながら廊下に出たら、父さんらの部屋から明かりも洩れとった。
よかった。二人とも起きてるやん。
安心しながら廊下を歩いてたら、父さんの低い声が聞こえたんや。
――厦門行きの貨客船が嵐に見舞われたらしいわ。乗客が一人、海に投げ出されたらしいで。
――ろひら丸や、ろせった丸ですか?
――いや、そないな船名やなかったな。まぁ、座礁や沈没したわけやないから、新聞の一面にでかでかと載る訳やないやろけど。近々、行方不明者の名前が発表されるやろ。
そうですか、と短い言葉で納得した母さんの声は沈んどった。
せやから、ぼくは気がついたんや。
それがただの事故やないことを。
行方不明者の名前は、欧之丞の母親やっていうことを。
けど、きっと最後の最後まで母親は、欧之丞のことなんか思い出しもせぇへんのやろな。
あの人の視線には、荒れた海の向こうの新天地だけが映っとったんかもしれへん。
永遠にたどりつけへん場所やのに。
欧之丞の存在を無視し続けた父親は、もうこの街を出とう。その父親は新しい家族と幸せに暮らせると思って、家督を欧之丞に譲ったやろけど。
多分、それを見逃すほど父さんは甘くない。
ぼくは五歳やから、ちょっと大人びて背伸びをしてる子どもって見られとうけど。無駄に頭がええわけやない。
組員らの立ち話の断片から、結論を導き出せるんや。
残念ながら、欧之丞の父親の愛人っていう人は、うちの組のかっこいい奴に言い寄られて、浮気したってこと。
そういう難しいのはよう分からへんけど。
ようするに欧之丞の父親は、好きな女の人に捨てられたってことやろ? なんか、子どもだけ置いて相手の女の人が出て行ったとか、誰かが話しとった気がする。
自分が息子の欧之丞に対してしでかしたことが、そのまま返ってくるんやから。欧之丞の父親はどんな気持ちなんやろ。
絶望しとんのやろか。相手の女の人を憎んどんやろか。
難しくてややこしくて、面倒くさいなぁ。
ぼくは人なんか好きにならへん。母さん譲りのきれいな顔をしとうし、頭もええし。きっともてるやろけど。
とびっきり大好きな人が出てこぉへん限り、どんなにきれいな女の人でも多分好きにはならへん。
父さんは母さんのこと大好きやから。それくらい大事にしたいと思う相手しか、ぼくはいらへんのや。
欧之丞はどうやろう? 自分の母親がひどかったから、女性のことを嫌うかもしれへんな。
「こたにい。どうしたんだ?」
「ん? なんでもないで」
ぼくはにっこりと微笑んで、掛け湯をした。
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