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五章

14、遥かなるシンハ

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「俺、待ってる。約束の地で幸せになって、おばさんに会える時を待ってるから」
「ああ、楽しみにしているぞ」

 手を振る女主人を目にやきつけて、シャールーズは走った。
 つまずき倒れながらも山を駆け降り、港を目指す。
 涙で視界が滲んだけれど、決してふり返らなかった。

 もし後ろを見たら、また女主人を助けようと戻ってしまうから。
 それは彼女の望みではないから。

 自分は幸せにならなくちゃいけないんだ。

 港に着いたとき、ラウルがシャールーズに飛びついてきた。
 大勢の人にもみくちゃにされて、何度も転びながら、まっすぐに向かってきたのだ。
 
一人で心細かったのだろう。
 口を引き結んでいたラウルは、シャールーズにしがみついて、号泣した。
 涙と噴煙と、転んだ時に付着した土で、顔がどろどろだ。

「いい子だったな」
「ぼ、ぼく。泣かなかった」
「うん。泣いてなかったな。俺が来たから、泣いちゃったんだろ」
「ずっと我慢してた」
「うん。えらいぞ」

 天の女主人も褒めてくれるぞ、と言いそうになって、シャールーズはその言葉を飲みこんだ。

 今、彼女の名を出すことはできない。
 開いたばかりの傷口が……ラウルと自分の深い傷が、もっと激しく痛むから。
 シャールーズは、腕の中のぬくもりをぎゅっと抱きしめた。

 島外に避難するために、港には住民が殺到している。皆、疲労の色が濃い。

「キラドって奴はいるか?」

 人混みをかき分けながら、シャールーズは商人を捜した。
 背中にラウルをおぶって、聞いてまわる。

 ようやく見つかった男は、商船にシャールーズとラウルを乗せてくれた。木造の大きな帆船。これまで見たことのある魚を捕る、二人ほどしか乗れない小さな帆掛け舟とは大違いだ。
 交易船なのだと、キラドは教えてくれた。

 甲板には、着の身着のままで逃げてきた島民が、座りこんでいた。

「避難なさった方を、隣の島まで送ることになったんですよ。この程度の力しか貸すことができんのが、心苦しいのですが」

 キラドという商人は、子どもでしかないシャールーズとラウルにも丁寧に接してくれた。

「確かサラーマ王家にお届けするといいんですね。宝石は四種類……いや、三種類だったかな。確認しましょう。あっ」

 火山灰のまじった強風に吹かれ、キラドが手にしていた証文が海に落ちた。
 海面に浮かんでいた紙は、しだいに水を吸って沈んでいく。

 それがラウルと離れるきっかけだった。
 証文を失ったことで、シャールーズだけが王家に届けられることがなかった。
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