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六章
13、二つの名前
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「ミーリャを見つけました」
ラウルが向かったのは、広場だった。
石の束は、女神像が中央に立つ広場に突き刺さっている。
右手に舵、左手に豊穣の角を持つ石像だ。
「女神フォルトゥーナですね」
カシアは神を奉じない国。なのに、女神像がある。そして無人の防衛拠点。
アフタルは走りながらも、思考に耽った。
足下の道はぬかるみ、靴やスカートの裾を汚すけれど、彼女の集中を妨げることはなかった。
かつてここにいた兵士は、どこへ消えたのか。女神フォルトゥーナへの信仰が認められない国。
どこへ行けば、その信仰は許される?
「シャールーズ。カイという人は、何か言ってませんでしたか? そうですね、女神に関して」
「女神、か。そうだ。女神の命には、逆らえないみてぇなことを言ってたな」
「馬車……とも言っていましたね」
「ああ」
繋がった。
アフタルは確信した。
「分かりました。このオスティアの兵士がどこへ連れ去られたのか。馬車が……どこへ向かったのか」
「そうなのですか?」
ラウルの問いに、アフタルはうなずいた。
「わたくし達に……好機が、巡って来そうです」
さすがに走りながら喋るのは難しく、言葉も途切れ途切れになる。
「だが、俺は認めんぞ。あの宗教は……巫女は、アフタルを手酷く扱った。王家に牙を剥く存在なんじゃないのか。野放しにしておいていいのか」
「民衆から信仰を奪うと、さらなる暴動が起きます。その怒りは、王家に向かうでしょう」
「まぁ、それもそうか……多神教だからといって、別の神を信じろっていうわけにはいかねぇよな」
シャールーズは口ごもった。
わずかな時を過ごしただけでも、彼には分かったのだろう。今の王家は、すでに民の信頼を失っていることを。
広場に着くと、ミーリャと熊のような大男が向かい合っていた。彼がカイだろう。
近寄ってみると、ミーリャがカイを支えている状態だ。
カイは、闘技場で見た剣闘士と同じく屈強な体をしていた。だが今は、肩を落としてうなだれている。
「ミーリャ」
声をかけると、ミーリャが顔を上げた。カイは憔悴し、頼りなさそうに眉を下げている。
「……馬車が来ないんだ。まだ来ないんだ。俺は行かなくてはならないのに……このまま放っておくなんて、できやしないのに」
「馬鹿っ! カイは乗らなくていいのよ」
「俺しかもういないんだ。皆が待っている。こうしている間にも、仲間は一人また一人と倒れていくのに」
溢れるように紡がれる言葉は、カシア語だ。かろじてアフタルは聞き取ることができた。
「俺が、仲間を助けにいかないと」
アフタルは二人の前に進み出た。カシア人の礼儀作法は、確か女性から挨拶をするはずだ。アフタルは優雅に頭を下げる。
「初めまして、カイ。わたくしはサラーマ王家の第三王女、アフタルと申します」
「王女さま? あんたが?」
他国の王女を前にしても、カイにひるんだ様子はない。
やはり、そうだ。
「もっと早くに気づくべきでしたね。ミーリャ」
「なにをですか?」
なぜあたしに? と言いたげに、ミーリャが眉をひそめる。
「わたくしは、あなたをどちらの名前で呼べばよいのでしょうか」
ラウルが向かったのは、広場だった。
石の束は、女神像が中央に立つ広場に突き刺さっている。
右手に舵、左手に豊穣の角を持つ石像だ。
「女神フォルトゥーナですね」
カシアは神を奉じない国。なのに、女神像がある。そして無人の防衛拠点。
アフタルは走りながらも、思考に耽った。
足下の道はぬかるみ、靴やスカートの裾を汚すけれど、彼女の集中を妨げることはなかった。
かつてここにいた兵士は、どこへ消えたのか。女神フォルトゥーナへの信仰が認められない国。
どこへ行けば、その信仰は許される?
「シャールーズ。カイという人は、何か言ってませんでしたか? そうですね、女神に関して」
「女神、か。そうだ。女神の命には、逆らえないみてぇなことを言ってたな」
「馬車……とも言っていましたね」
「ああ」
繋がった。
アフタルは確信した。
「分かりました。このオスティアの兵士がどこへ連れ去られたのか。馬車が……どこへ向かったのか」
「そうなのですか?」
ラウルの問いに、アフタルはうなずいた。
「わたくし達に……好機が、巡って来そうです」
さすがに走りながら喋るのは難しく、言葉も途切れ途切れになる。
「だが、俺は認めんぞ。あの宗教は……巫女は、アフタルを手酷く扱った。王家に牙を剥く存在なんじゃないのか。野放しにしておいていいのか」
「民衆から信仰を奪うと、さらなる暴動が起きます。その怒りは、王家に向かうでしょう」
「まぁ、それもそうか……多神教だからといって、別の神を信じろっていうわけにはいかねぇよな」
シャールーズは口ごもった。
わずかな時を過ごしただけでも、彼には分かったのだろう。今の王家は、すでに民の信頼を失っていることを。
広場に着くと、ミーリャと熊のような大男が向かい合っていた。彼がカイだろう。
近寄ってみると、ミーリャがカイを支えている状態だ。
カイは、闘技場で見た剣闘士と同じく屈強な体をしていた。だが今は、肩を落としてうなだれている。
「ミーリャ」
声をかけると、ミーリャが顔を上げた。カイは憔悴し、頼りなさそうに眉を下げている。
「……馬車が来ないんだ。まだ来ないんだ。俺は行かなくてはならないのに……このまま放っておくなんて、できやしないのに」
「馬鹿っ! カイは乗らなくていいのよ」
「俺しかもういないんだ。皆が待っている。こうしている間にも、仲間は一人また一人と倒れていくのに」
溢れるように紡がれる言葉は、カシア語だ。かろじてアフタルは聞き取ることができた。
「俺が、仲間を助けにいかないと」
アフタルは二人の前に進み出た。カシア人の礼儀作法は、確か女性から挨拶をするはずだ。アフタルは優雅に頭を下げる。
「初めまして、カイ。わたくしはサラーマ王家の第三王女、アフタルと申します」
「王女さま? あんたが?」
他国の王女を前にしても、カイにひるんだ様子はない。
やはり、そうだ。
「もっと早くに気づくべきでしたね。ミーリャ」
「なにをですか?」
なぜあたしに? と言いたげに、ミーリャが眉をひそめる。
「わたくしは、あなたをどちらの名前で呼べばよいのでしょうか」
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