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七章

6、傷の手当てをしましょう

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 ミーリャの声が聞こえた気がする。
 薄暗い部屋で、アフタルはぼーっとした頭で考えた。
 さっきまではいろいろと思考を深めることができたのに、今は頭にもやがかかったみたいにぼんやりしている。

(そうそう、シャールーズの傷の手当てをするんでした)

 まずは傷を確認しないと。彼の服のボタンに手をかけ一つずつ外していく。

 油断すると、眠くなるのは難点だ。頑張らないと。
 アフタルの頭上で、息を呑む音が聞こえた。

 目の前に現れる引き締まった体、たくましい胸と腕、なめらかな琥珀の肌。
 納得したアフタルは「後ろを向いてください」と促した。

「なんで俺、上半身をひんむかれてんだ?」
「服の上から、傷の確認なんてできるはずがありません」

 まったく口答えばかりする。
 月明りに照らされたシャールーズの背中を見て、アフタルは瞠目どうもくした。

 確かに傷はふさがっている。けれど傷痕が多すぎるのだ。
 矢が刺さった箇所といい、馬車の割れたガラスからアフタルを守ってくれた時の傷といい。
 見ているだけでも悲しくなってくる。

「消毒薬がありません」

 黙っていると涙がこみ上げてきそうで、アフタルは慌ててサイドテーブルに手を伸ばした。
 消毒薬の入った瓶や包帯は、以前は確かにここに置いてあったのに。

「困ります。包帯もないんです」
「今更、消毒しても意味ないと思うぜ」

 肩越しに、シャールーズの声が聞こえる。その低い声が聞こえることが、とても嬉しくて。
 アフタルは、彼の背中に顔を寄せた。

「美しいあなたの肌に、傷が残りませんように」

 そう願いを口にしながら、そっと傷痕にくちづける。

 シャールーズが体を硬くしたのが、伝わってきた。
 痛かったのだろうか、それはいけない。今度は羽毛に触れるように、彼の背中をそっと指先で触れる。

「……アフタルさん。これは新手の拷問ですかね」
「手当ですよ? シャールーズはわたくしをいつも守ってくれるでしょう? わたくしは精霊のように、加護を与えることはできませんから。せめて気持ちだけでも、と」
「気持ちはありがたいんですけど。アフタルさんの気持ちに応じると、たぶん何人にも殴られてボコボコにされるんですがね、俺は」

 どうして今日に限って丁寧語なのだろう。アフタルは首を傾げながら、身を乗りだした。
 後ろを向いたままのシャールーズの顔を覗きこむ。

「シャールーズに怖いものがあるんですか? 意外です」
「……そりゃ、あるよ」

 よかった。言葉遣いが元に戻って。アフタルは、にっこりと微笑んだ。
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