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七章

18、脅迫ですけど

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 アフタルは、おろおろと視線をさまよわせている。
 鏡がないので、自分の鎖骨をうまく見ることはできないようだが。
 それでも、肌に残る痛みから赤い痕が残っていることを察している。

「困ります……こんなの」
「侍女に着替えさせてもらっているのか?」
「いえ、そうではありませんけど」
「じゃあ、風呂に入った時に侍女に体を洗ってもらっているのか?」
「自分で洗っています。子どもじゃないんですから」
 
 口を尖らせて反論するが、やはり鎖骨の辺りが気になるようだ。
 デコルテの開いたドレスは、当分着ることはできないだろう。
 まぁ、夜会なんぞ開ける状態でもないから、これは問題なしとしよう。

「じゃあ、別にいいじゃねぇか」
「……でも、入浴後の香油はつけてもらっています」

「自分でつけりゃいいだろ」
「一度、香油をこぼしてしまって。部屋がとんでもない匂いになってしまったんです。それ以来、任せてもらえません」
「あらまー」

 からかう口調で言うと、恨みがましい瞳で睨まれた。
 でも、今さら痣を消すことなんかできやしない。
 
「よし、分かった。俺にもつけていいぜ。それで、おあいこだろ?」
「おあいこって、全然平等じゃないです。わたくしがつけるんでしょう?」
「それじゃあ、他の奴に頼もうか? ミーリャとか?」

 提案すると、アフタルは明らかに動揺した。胸元は開いたままで、襟のボタンを留めようともしない。

「俺は、アフタル以外は嫌だぜ」
「わたくしもです」
「なら、交渉成立だな」

 シャールーズはにやっと笑った。自分の襟元を広げ、鎖骨の辺りを指さす。

「すぐに放すなよ。あと、力が弱いと痕がつかない。ちゃんと痕を残すまで、何度でもさせるからな」
「脅迫ですよ、こんなの」
「脅迫ですけど、なにか?」

 いつまでもこうして二人で軽口をたたいていたい。
 けれど時間は有限だ。だからこそ、こんなバカなやりとりが愛おしくてしょうがない。

 愛している、アフタル。お前だけが俺のすべてだ。

 戸惑いながらも、アフタルが唇を寄せてくる。
 ぴりっとした痛みが走った。初めての感覚だ。
 今日もジャスミンの香りがする。
 甘くて懐かしくて、涙が出そうになる。

 アフタルは色んなことを教えてくれた。香りも味も、酒を飲むと人は変わることも。
 そして恋をすると、こんなにも切ないということも。
 彼女と出会わなければ、何一つ知らなかったことだ。

 だから勘違いしそうになる。アフタルと一緒ならば、自分も人になれるのではないか……と。

「……これで、いいですか?」

 アフタルが上目遣いに見上げてくる。

 それくらいで解放するわけないだろ。
 シャールーズは、アフタルと唇を重ねた。
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