平成犬形男子と昭和猫形喪女の狭間で起きた恋愛バトル

香穂

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1 想定外の発言

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「今夜、隣にいた人と付き合おうかな」


 時刻は20時55分。
 場所は我らが職場、その事務所内。
 繁忙期の真っ只中で、残業続きの毎日。自宅にいるよりも会社にいるほうが長い。そんな日々の中で、それでも絶えることなく湧いてくる仕事を、その晩も着々とこなしていた。
 向かいのデスクでは、後輩が同じようにもくもくと事務作業をしている。
 ーーーはずだった。


「彼女がほしい」


 はじまりはその一言だったように思う。
 正直、手元の作業が忙しくて、彼のくだらない世間話は右から左へ耳を抜けていた。
 だからどこから、いや、いつからそんな話になっていたのか、定かではない。


「どうしたの、急に」
「みんな浮かれてるじゃないですか。なのに俺は寂しく職場で残業なんかして、どうかしてると思いませんか?」


 時代はまさに終わりを迎えようとしている。
 そう。
 今夜は平成最後の日。
 明日はなんと新時代、令和がやってくるのだ。
 平成男子はそれが寂しいと嘆く。


「俺らの時代が終わるんですよ。SNS見ました? みんなもう仕事なんかやめて、パーティーしてますよ。新しい時代を恋人と迎えるって」


 残念ながら私はSNSに詳しくない。かろうじて友達のインスタグラムくらいは見るが、そもそもパーティーをするような華やかな友達がいないので、いま見る必要もない。
 なにより我らが昭和はとうの昔に終わっているので、平成男子の寂しさは理解できない。
 

「彼女がほしい」
「…付き合ってる子、いたよね?」
「実はふられました」


 なるほど。
 道理でここ数日、将来が不安だの、かわいい女の子とデートがしたいだのと、訳がわからないことを口走っているなと思ってはいた。


「まわりはみんな幸せそうなのに、なんで俺だけ」
「…悪いけど、ふられたってことは、ふられるだけの要因があったってことだよね?」
「たしかに誕生日をすっぽかしたことは、悪かったなって。でも忘れてたわけじゃないんですよ。ただ打ち合わせが長引いて、後処理がちょっと遅くなって、待ち合わせにもほんのちょっと、一時間くらい遅れただけで」
「その、ごめんなさいのためのプレゼント選びも、ものすっごく面倒だって愚痴愚痴言ってたよね?」
「だってお詫びのネックレス、三万もしたんですよ」
「このまえの休み、同期の女の子たちと飲んでたよね?」
「同期はもはや性別なんてあってないもんです。女だと認識してません」
「みんなで旅行も行ってたよね?」
「同期みんなです。なんでそんなことで怒るんですかね? 特別扱いしてくれないって、彼女って時点で特別扱いなのに、なんであんなに怒るのか、さっぱりわかんねー」


 二十一時時にはパソコンの電源を落として、事務所の電気を消さなくてはいけない。残り十分。無駄口を叩いている暇はないのに、後輩は気づかないうちにヒートアップしていたらしい。だってさ、とまだ言いつのる。


「べつに同期なんて、なんとも思ってないのに。同じ部屋で酒飲んで雑魚寝したからって、なんなんですか? 自分だって会社の同僚と飲むくらいしてたくせに。なんで急に、終わりにしたいなんて」


 あと七分。
 ひとまず今日終わらせなければならない作業はこなした。あとは退勤処理をして、資料を元の場所に戻すだけだ。
 今夜も今夜とて晩御飯のタイミングを逃したが、さすがに今から帰宅して手料理という気分にはなれない。食欲も湧かない。コンビニでも寄るか、キッチンにストックしている糖質ゼロのクッキーで済ませるか、悩むところだ。
 通勤バックにスマホを入れ、帰宅に向けて気持ちを切り替える。


佐倉さくらくん」
「今夜、隣にいた人と付き合おうかな」


 反応に躊躇した。
 彼が何を言っているのか理解はしたが、意味がわからなかった。


「俺、年上好きなんですよね」


 初耳だ。
 ちなみに私と彼は、干支が同じ。
 つまり12歳も年齢が離れている。
 新卒で入社した彼を、私は同じ干支ということで、何とも言えない感慨深さで迎えた。もう二年も前のことだ。
 向かいのデスクに座る彼を見る。
 彼もこちらを見ている。
 今この瞬間まで視線を合わさずに会話をしていたものだから、一体いつからこちらを見ていたのか不明だが、その視線が意味するものも図りかねる。


 何故なら、


「佐倉くん、今夜は同期のみんなでオールするって言ってたよね? 隣にいるのは、同期の誰かじゃないの?」


 彼は驚いた顔をした。


「やべ、忘れてた」


 まるで映画のワンシーンのように、事務所内の照明の電源がいっせいに落ち、強制終業時刻を私たちに知らせた。



 彼の真意が掴めないのはいつものことだか、
 この日から私の混迷の日々が始まったのは確かな事実だ。
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