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4 アラフォーの世界
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高鳴る鼓動のわけを、知らずにいられたらよかったのに。
肌荒れが、やけに気になる。
仕事着なんて悩むほどのものじゃない。
基本装備がスーツなので、カットソーはそれにあわせて白か黒かグレーの、シンプルなもの。パンプスは万能アイテムの黒の革。通勤バックはブランド物だか、毎日同じものを使っている。
それなのに最近、カットソーのデザインが気になる。
洗濯のたびにアイロンをするのが面倒で、シワになりにくい素材を選んでいる。まだ生地が弱るほど着込んでもいない。事実、二ヶ月前まではまったく気にしていなかった。
なのに、年下の後輩たちが着る、いわゆるかわいらしいスタイリングが、なぜか目につくようになった。
派手すぎず、でも胸元で結ぶリボンタイが揺れると上品。そのタイを、いわゆる蝶々結びましたにしなければ、私のようなアラフォーでも着こなせるだろう。
いや待て。その前に髪型だ。
変えるつもりはないが、伸びてきているし、なによりお年頃。白いものがちらほら見えてきているから、ヘアカラーをしなければ。
「今日の午後、まだ予約取れますか? はい。じゃあその時間で、カラーとカットをお願いします」
本当なら今日の休日は自宅の掃除をするつもりだった。
でももう無理だ。居ても立ってもいられない。
綺麗になりたいわけじゃない。
綺麗じゃなくて、せめて抜けのない自分でいたい。
カットソーのシワとか、延び放題の髪型とか、手抜きの化粧とか。
ずさんな自分を見られたくない。
若さも、かわいげも、ないのだから、せめて。
期待しているわけじゃない。
でもせめて、もしもの時、万が一の時に、恥ずかしい思いをしないように。
休日の晴れ間は絶好の洗濯日和。
それを無視して玄関のドアを閉める。馴染みの美容室は地元にあるが、服を買うなら電車で市街地まで行かなくてはならない。
今日は平日。シフト制の働き方はこういう時に有難みを感じる。ホームに入ってきた電車に乗ると、人影はまばらで、すぐに座ることができた。
窓の向こうに流れる景色をぼんやり眺める。
普段、液晶画面ばかり相手にしているので、遠くを眺めるこの時間はとても貴重だ。だからあえて顔を上げることにしている。
つらつらと過る、最近の変化。
まさかアラフォーと呼ばれる年齢に突入してから、こんな事態に陥るとは、人生はまさしく小説より奇なり、だ。
でも私は幸運だったのかもしれない。
だって私は、今まで、本当に何も知らなかった。
恋の魔法で、相手の駄目な部分が可愛く見えてしまうことも。
恋したことで、少しでも綺麗でいたいと努力することも。
些細な一言で、気持ちが浮き沈みすることも。
恋愛の成就の確率はいかほどか。
恋をして、想いが通じる人ばかりじゃない。
それでも恋をする世界中すべての人が、尊敬に値する。
でもきっと、私のこの気持ちは疑似恋愛のようなものでしかない。
佐倉くんは、あの夜、傍にいる女なら相手は誰でもよかったのだ。
あの夜からもう二ヶ月。
きっと他の女の子ーーーもっと若くて、可愛い女の子にも、同じように声をかけている。
その女の子はきっと、私みたいな恋愛下手じゃない。独りでいるよりはと、彼の誘いに応じて付き合うだろう。
あの子に新しい恋人ができるまで。
その間だけの、疑似恋愛。
寂しい。
恋愛の代償は大きい。
私はこれからの残りの余生を、この淡い気持ちとともに生きていくのかと思うと、眩暈がした。
勇気を出して、佐倉くんに、あの夜の発言の真意を聞いてみる?
でも聞いて、想いが通じたとして、私はそれを受け入れていいものか?
36歳という年齢の意味を、まだ二十代の彼は知らない。
見た目がどれほど若かろうと、体力は落ちている。
傷の治りだって遅い。
夜は十二時まで起きていられない。
休日の朝は寝溜めをしたくても、朝方には体が痛くなってきて目が覚める。
肌のシミやシワ。
白髪の数。
なにより私はそろそろ妊娠が難しい頃合いだ。
相手が長く付き合っている恋人ならまだしも、これから新しい恋愛をしようとしている二十代の彼は、まだ結婚を真剣には考えてないだろう。
そんな彼が結婚を考える頃、アラフォーの私は彼のこどもを産んで、家族を作ってあげることができない。
医療は進んでいる。
でも高齢出産にも限界がある。
不妊治療の知識はないに等しいが、それでも耳に入る情報では、とても大変なものだという。金銭的にも、肉体的にも。
こんな私でも、産婦人科で検診を受けたことくらいはある。
診察台が上下し、強制的に足を開いた時は、本当に不快だった。指名した相手は女医で、これは検査だとわかっていても、子宮や膣を調べられるのは、なかなかの苦行だった。不妊治療は、おそらくあれ以上の苦行だ。
男性側がどんなことをするのかは、まったく未知の世界。
どちらにせよ、そんな無茶をするほど、彼が私に興味があるかというと、そうではない。
私は、彼のことを本気で想うなら、このまま何事もなかったかのように、独りで生きていくべきなのだ。
たとえ病気になって、家族以外誰もお見舞いに来てくれなくても。
会社が倒産して、好きな仕事ができなくなっても。
どんなに寂しくても。
独りが嫌なら、もっと早くに行動すべきだった。
声を大にして、若者に伝えたい。
健康であれば、
仕事や趣味が充実していれば、
家族や友人が傍にいれば、
寂しさは誤魔化せるけど。
それらを失った時に感じる寂しさは、恐怖でしかない。
「新しいカノジョができましたー」
恐怖でしかない。
肌荒れが、やけに気になる。
仕事着なんて悩むほどのものじゃない。
基本装備がスーツなので、カットソーはそれにあわせて白か黒かグレーの、シンプルなもの。パンプスは万能アイテムの黒の革。通勤バックはブランド物だか、毎日同じものを使っている。
それなのに最近、カットソーのデザインが気になる。
洗濯のたびにアイロンをするのが面倒で、シワになりにくい素材を選んでいる。まだ生地が弱るほど着込んでもいない。事実、二ヶ月前まではまったく気にしていなかった。
なのに、年下の後輩たちが着る、いわゆるかわいらしいスタイリングが、なぜか目につくようになった。
派手すぎず、でも胸元で結ぶリボンタイが揺れると上品。そのタイを、いわゆる蝶々結びましたにしなければ、私のようなアラフォーでも着こなせるだろう。
いや待て。その前に髪型だ。
変えるつもりはないが、伸びてきているし、なによりお年頃。白いものがちらほら見えてきているから、ヘアカラーをしなければ。
「今日の午後、まだ予約取れますか? はい。じゃあその時間で、カラーとカットをお願いします」
本当なら今日の休日は自宅の掃除をするつもりだった。
でももう無理だ。居ても立ってもいられない。
綺麗になりたいわけじゃない。
綺麗じゃなくて、せめて抜けのない自分でいたい。
カットソーのシワとか、延び放題の髪型とか、手抜きの化粧とか。
ずさんな自分を見られたくない。
若さも、かわいげも、ないのだから、せめて。
期待しているわけじゃない。
でもせめて、もしもの時、万が一の時に、恥ずかしい思いをしないように。
休日の晴れ間は絶好の洗濯日和。
それを無視して玄関のドアを閉める。馴染みの美容室は地元にあるが、服を買うなら電車で市街地まで行かなくてはならない。
今日は平日。シフト制の働き方はこういう時に有難みを感じる。ホームに入ってきた電車に乗ると、人影はまばらで、すぐに座ることができた。
窓の向こうに流れる景色をぼんやり眺める。
普段、液晶画面ばかり相手にしているので、遠くを眺めるこの時間はとても貴重だ。だからあえて顔を上げることにしている。
つらつらと過る、最近の変化。
まさかアラフォーと呼ばれる年齢に突入してから、こんな事態に陥るとは、人生はまさしく小説より奇なり、だ。
でも私は幸運だったのかもしれない。
だって私は、今まで、本当に何も知らなかった。
恋の魔法で、相手の駄目な部分が可愛く見えてしまうことも。
恋したことで、少しでも綺麗でいたいと努力することも。
些細な一言で、気持ちが浮き沈みすることも。
恋愛の成就の確率はいかほどか。
恋をして、想いが通じる人ばかりじゃない。
それでも恋をする世界中すべての人が、尊敬に値する。
でもきっと、私のこの気持ちは疑似恋愛のようなものでしかない。
佐倉くんは、あの夜、傍にいる女なら相手は誰でもよかったのだ。
あの夜からもう二ヶ月。
きっと他の女の子ーーーもっと若くて、可愛い女の子にも、同じように声をかけている。
その女の子はきっと、私みたいな恋愛下手じゃない。独りでいるよりはと、彼の誘いに応じて付き合うだろう。
あの子に新しい恋人ができるまで。
その間だけの、疑似恋愛。
寂しい。
恋愛の代償は大きい。
私はこれからの残りの余生を、この淡い気持ちとともに生きていくのかと思うと、眩暈がした。
勇気を出して、佐倉くんに、あの夜の発言の真意を聞いてみる?
でも聞いて、想いが通じたとして、私はそれを受け入れていいものか?
36歳という年齢の意味を、まだ二十代の彼は知らない。
見た目がどれほど若かろうと、体力は落ちている。
傷の治りだって遅い。
夜は十二時まで起きていられない。
休日の朝は寝溜めをしたくても、朝方には体が痛くなってきて目が覚める。
肌のシミやシワ。
白髪の数。
なにより私はそろそろ妊娠が難しい頃合いだ。
相手が長く付き合っている恋人ならまだしも、これから新しい恋愛をしようとしている二十代の彼は、まだ結婚を真剣には考えてないだろう。
そんな彼が結婚を考える頃、アラフォーの私は彼のこどもを産んで、家族を作ってあげることができない。
医療は進んでいる。
でも高齢出産にも限界がある。
不妊治療の知識はないに等しいが、それでも耳に入る情報では、とても大変なものだという。金銭的にも、肉体的にも。
こんな私でも、産婦人科で検診を受けたことくらいはある。
診察台が上下し、強制的に足を開いた時は、本当に不快だった。指名した相手は女医で、これは検査だとわかっていても、子宮や膣を調べられるのは、なかなかの苦行だった。不妊治療は、おそらくあれ以上の苦行だ。
男性側がどんなことをするのかは、まったく未知の世界。
どちらにせよ、そんな無茶をするほど、彼が私に興味があるかというと、そうではない。
私は、彼のことを本気で想うなら、このまま何事もなかったかのように、独りで生きていくべきなのだ。
たとえ病気になって、家族以外誰もお見舞いに来てくれなくても。
会社が倒産して、好きな仕事ができなくなっても。
どんなに寂しくても。
独りが嫌なら、もっと早くに行動すべきだった。
声を大にして、若者に伝えたい。
健康であれば、
仕事や趣味が充実していれば、
家族や友人が傍にいれば、
寂しさは誤魔化せるけど。
それらを失った時に感じる寂しさは、恐怖でしかない。
「新しいカノジョができましたー」
恐怖でしかない。
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