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三章 シュエット・ミリーレデルの非日常

29 美貌の男②

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「それで……あの……エリオット先輩が、私になんのご用でしょうか?」

 昨夜のローブの男がエリオットなのはわかった。だからといって、なんだというのだろう。

(まさか、今更謝罪というわけでもないでしょう)

 学校を卒業して、数年がたっている。

 在学中の意味深な視線の意味を聞くには、もう遅すぎる気がした。

 もう、時効だろう。本心は、気になるけれど。

「ここに、モリフクロウがいるだろう? それから、左腕に見覚えのないブレスレットも。それについて、説明させてほしい」

 まるで話し慣れていない人のように、エリオットは早口でそう言った。視線は相変わらず、逸らされたまま。

(人見知りする人なのかしら?)

 シュエットはわからないだろう。

 恋を自覚した翌朝に、パジャマ姿の想い人と遭遇した時の青年の微妙な心境なんて。

 意識してそらしていないと細い首や柔らかな胸元に視線がいきそうで、それでわざとらしいまでに顔を背けているなんて、わかりっこないのだ。

 シュエットは悩んだ。

 モリフクロウの件もブレスレットの件も、エリオットが説明してくれるという。

 不思議に思っていた二つが同時に解決するなら、と彼女はエリオットを快く部屋に招き入れようとして──はたと気がついた。

 ゆうべ、帰宅した時の部屋の惨状。

 まるで物盗りが入ったのではないかというようなありさまだったのだ。

 キッチンのシンクには、朝使った皿とカップが洗ってもらうのを今か今かと首を長くしていたし、リビングは、脱ぎ散らかした服が散乱し、そこかしこに読み途中の本が積み上げられている。

 寝室も同じような状況で、シュエットはそれらを見て見ぬふりをしながら、否、見て見ぬふりをするためにベランダに出ていたと言っても過言ではない。

 シュエットはチラリ、と自室を振り返った。

 きっと人様にお見せできるようなありさまではないだろうな、と思いながら。

「……あれ?」

 予想に反して、部屋はきれいなものだった。

 リビングにあった服は見当たらないし、積み上げていた本も本棚に収まっている。

 そういえばダイニングテーブルが使いやすかったなと思い出してそちらも見てみれば、やっぱりきれいに片付いていた。キッチンも、しかり。

「んんん?」

 どういうことだかちっともわからなくて、シュエットは首をかしげた。

「部屋が片付いているのが不思議なのか? 必要ならば、それも説明するが」

「部屋が片付いているのも、モリフクロウやブレスレットが関係しているの?」

「どうだろう」

 なんともいえない顔をして、エリオットは答えた。

 とはいえ、部屋が片付いているのならば、シュエットに懸念するものはない。

「まぁ、いいわ。とりあえず、入ってください」

 シュエットに「ありがとう」と頭を下げて、エリオットはになる彼女の部屋へ足を踏み入れた。
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