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三章 シュエット・ミリーレデルの非日常

33 疑惑の赤点と禁書に記された魔術①

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「わかる……僕だって、気になる」

「わかりますか!」

 テーブルに手をついたシュエットが、身を乗り出して転移魔術についての考察を熱く語る。

 そんな彼女に負けず劣らずの知識で話についてくるエリオットに、彼女は不思議に思った。

 だって、おかしい。

 彼は、赤点大魔王のエリオットのはずだ。

 だというのに、特別カリキュラムで卒業したシュエットの話についてきている。

(でも……遠慮なく議論し合えるのは、楽しい)

 学園を卒業してフクロウ百貨店の店主になってからは、こういう場から遠のいていた。

 久しぶりの感覚に、つい嬉しくなって声が弾む。

 ふと気付けば、慈愛に満ちた見守るようなあたたかい視線で見られていて、シュエットはハッとなった。

「ごめんなさい、つい……卒業してからは魔術とはかけ離れた生活をしていたから、楽しくなってしまって」

 恥ずかしそうにシュンとしながら椅子へ座り直すシュエットに、エリオットが「いや」とあるかなしかの笑みを浮かべた。

 ささやかな微笑みは、高貴そうな見た目も相まって、とても上品に見える。

 思いがけず大人の男の色気のようなものにあてられて、シュエットは頰を赤らめた。

 こういう時はどうするのが適切かなんて、恋愛事に疎いシュエットには未知の世界だ。

 恋愛小説や友人たちからの話を参考にしようにも、カーッと血が上った頭ではろくなことを思いつかない。

 だからつい、

「でも、意外だったわ。赤点大魔王なんて言われている人が、こんなに詳しいだなんて」

 失礼なことをポロリと言ってしまった。

 言ってしまってから口を閉じたって、もう遅い。

 シュエットは申し訳なさそうに眉を下げて、「ごめんなさい」と呟いた。

「いや、僕が赤点ギリギリだったのは本当のことだから。あなたが気にするようなことではないよ。それに、遠慮しないで話してくれた方が僕も気が楽だ。だって僕らはこれからしばらく、共同生活を強いられるからね。僕は人付き合いに慣れていないから、何かあったら遠慮なく言ってほしい」

 共同生活。

 それを聞いた瞬間、シュエットの目から煌めきがスッと消えた。

「キョウドウセイカツ……?」

「ああ。このブレスレットが外れるのは、嫁選びの書が課すすべての試練をクリアした時なんだ。つまり、それまで僕とあなたは、五メートル以上離れることが出来ない。つまり、共同生活をする他ないというわけだ」

 転移魔術の話に夢中で、それが自分とエリオットの身に起こっていることなのだと、シュエットは忘れ去っていた。

 五メートル以上離れられないということは、つまり、そういうことなのだろう。

(エリオット先輩と、共同生活……?)

「僕と一緒に暮らすなんて、不本意だと思う。でも、同僚から、嫁選びの書を持ってくるまでは魔導書院へ戻ってくるなと言われていて……大変申し訳ないのだが、僕の自宅は魔導書院内にあるから、ここに居候させてもらえると助かる」

(しかも、ここで……? 私の、家で⁉︎)

 エリオットの申し出に、シュエットは絶句した。

 頭の中は「無理」の二文字で埋め尽くされている。
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