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八章 シュエット・ミリーレデルの失恋

101 煌びやかな世界①

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 ヴォラティル魔導書院の新たな門出を祝う舞踏会は、魔導書院院長である公爵の館で行われる。

 公爵の館は、代々王弟殿下が受け継ぐものらしい。

 国王の離宮を改修したものなのだと、エリオットは説明してくれた。

「わぁ……」

 思わず、シュエットは声を漏らした。
 見上げた天井の、高いこと。その天井から吊り下がるシャンデリアの明るさといったら。磨き抜かれた床は、シャンデリアの明かりに照らされて、キラキラと輝いている。

 思わず感嘆の息を吐くほどに、舞踏会の会場は煌びやかだった。

 ──カツン。

 会場の中へ一歩踏み出す。

 シャンデリアの明かりで、身につけた宝石たちが星のように輝きを増す。

 大きく開け放たれた窓から、春らしい花の香りをまとった夜風が吹き込み、時折いたずらするようにドレスの裾を揺らしていった。

 ポカンと唇を開いたまま見入るシュエットに、隣でエスコートしていたエリオットがクスリと笑む。

 途端にシュエットは頰をパッと赤らめて、恥ずかしげに俯いた。

(今夜のエリオットは、まるでエリオットじゃないみたい)

 自信満々で、余裕のある大人の男。

 シュエットのことを、一分の隙もなく完璧にエスコートしてくれる。

 馬車を降りて会場へ入る間までのわずかな時間であっても、エリオットはシュエットを一人で歩かせないし、常に隣で気遣ってくれていた。

 それが当然のマナーなのだとしても、シュエットはエリオットに、とても大切にされているような気がしてならない。

(だって、目が)

 彼の視線は常にシュエットへ注がれていて、「好きだ」とか「愛しい」と訴えてくるのだ。それはもう、シュエットが顔を背けたくなるくらい熱心に。

(恥ずかしいけど……でも、嬉しい)

 思わずにはいられない。

(やっぱり私は、エリオットが好き)

 触れたところから、エリオットの気持ちが伝わってくるような気がする。

 こんなに大切にしてくれる人を、シュエットは知らない。

「さぁ行こうか、シュエット」

 今宵の彼は、いつも以上に美貌に磨きがかかっている。

 シュエットをエスコートするという使命があるせいか、いつもの自信なさげな様子は見受けられなかった。その余裕からか、大人の色香のようなものさえ漂っている。

(まぶしい)

 慣れたと思っていたはずの美貌に、再びときめくことになるとは。

(やっぱり、ずるい)

 慣れたところで次々に新しい一面を見せてくる。

 だから、シュエットは目が離せない。次はどんな顔を見せてくれるだろうとワクワクしてしまうからだ。

 そんな人の隣に立って、見劣りしているのがよくわかる。

 会場に入ってから、付きまとうような視線をひしひしと感じていた。

『あの綺麗な男の人の隣に立っている女は誰?』

 おそらく、そんなことをささやかれているのだろう。

 それにしては、少々生暖かいような気もするけれど。
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