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七章

84 エマの墓

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 呼びに来たロキースと一緒に、エディは花畑へ踏み込んだ。

 はやる気持ちを抑えて、ゆっくりと足を前に出す。

 しばらく歩いたその先に、白銀色の魔獣──魔狼が伏せて待っていた。

 ──カサリ。

 花を踏む音に、魔狼の耳がピョコピョコと動く。

 伏せていた体をゆっくり上げて、魔狼はじっと二人を見つめた。

『よく来たな、ヴィリニュスの娘。うぬの名は、ヴィリカス。娘、お前が来るのを、ずっと、待っていた』

 魔狼の言葉は、当然だがエディには分からない。

 何か訴えている様子なのは分かるが、それだけである。

 助けを求めるようにロキースを仰ぐと、安心してと言うように穏やかな笑みを向けてくれた。

「あの狼は、ヴィリカスという名前らしい。エディが来てくれるのを待っていたと言っている」

「待っていた?」

 狼は、目の前にある小さな山を見つめた。

 それから物言いたげに、エディを見てくる。

『そうだ。己は待っていた。娘よ、そこを見ろ。それは、エマ……お前の祖母の墓だ』

 狼が、また何かを訴えた。

 どんな言葉を聞いたのか、ロキースが息を飲む。

 蜂蜜色の目が、悲しそうに伏せられる。

 エディはそれを見て、妙に納得した。

(あぁ、もしかして、この山は……)

「ロキース、狼は何て言っているの?」

「その山は……エディのお祖母様の墓だと、言っている」

「そう……」

 エディはポツリとそれだけ言うと、ゆっくりと山に──エマのもとへ歩み寄った。

「おばあちゃんは、ここに眠っているのね?」

『そうだ』

 花に囲まれた、素敵なお墓。

 狼が毎日手向たむけてくれているのだろうか。墓の周りには点々と、白い百合の花が置かれている。

 百合の花に倣うように、エディは近くに咲いていた白い花を一輪摘んで、墓に手向けた。

 ロキースもそれに倣うように、白い花を摘んで、墓に手向ける。

 生前の祖母は花が大好きだったから、きっと喜んでいることだろう。

「お花がいっぱいで、綺麗ね、おばあちゃん」

 それは、嬉しい。

 嬉しいけれど。でも。

「おばあちゃん……」

 もっと、お話ししたかった。

 もっと、一緒にいたかった。

 もっともっと、やりたいことがあったのに。

 恩返し、したかったのに。

 厳しいけれど、優しい人だった。

 両親の代わりにたくさんの愛情を注いでくれた、大切な人。

 ずっとずっと帰りを待っていた。

 いつか帰ってくるのだと、信じていた。いや、思い込もうとしていた。

(本当は、気付いていた。おばあちゃんはもう、帰ってこないって)

 エディは墓のそばに座り込んで、涙した。
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