86 / 94
七章
86 エマの最期
しおりを挟む
「だって、私があげられるものなんて、私自身しかないのよ。でも、そうね……どうしても嫌だというのなら、これだけでも、お願い」
そう言って、胸元から取り出したのは、一本の鍵だった。
懐かしい気配がするその鍵が何なのか、ヴィリカスにはすぐに分かった。
『ヴィリニュスの鍵、か』
「そうよ。トルトルニアを守る鍵であり、恐ろしい笛の一部でもある。私では、この鍵を壊すことが出来ない。これを壊すことができるのは、──の血を色濃く受け継ぐ者だけ。私の孫ならば、もしかしたら……でも、もう、無理ね。今の私じゃあ、ミハウのところまで持っていけないもの。だから、お願い、ヴィリカス。何のお礼も出来ないから、せめて私を食べてちょうだい。その見返りに、孫がこの鍵を取りに来るまで、預かっていて欲しいの」
エマが鍵を差し出してくる。
けれど、もう彼女は握ることさえも出来なくなったのか、手から鍵がポロリと落ちた。
突き返そうと咥えて持って行ってやると、エマは「ありがとう」と泣いて笑った。
「でももう、持てないわ」
縋るように、エマがヴィリカスの目を見つめる。
いつも凛としていた目は、少しずつ光を失いつつあった。
『ふん。お前のような婆さんを食べても、腹の足しにもならん。だが、そうだな。同じ血が流れる仲間として、貴女の最後の願いを聞き入れてやる』
「ありがとう、ヴィリカス」
エマの前で、ヴィリカスはゴクンと鍵を飲み込んだ。
『これで良いか?』
「ええ、ありがとう。それから……一つだけ、注意して欲しいの。マルゴーリスという人が来ても、決して鍵を渡してはいけない。渡して良いのは、ミハウという少年と、エディタという少女だけよ」
『承知した』
ヴィリカスが深々と頷くと、エマは安堵の表情を浮かべた。
それから彼女は、眠るように瞼を下ろしていく。
エマの唇から、最期の息が漏れ出る。
彼女の手から、矢と弓が零れ落ちた。
それが、エマの最期だった。
『鍵をどうにかしなければ。その想いだけで、意地だけで、彼女は命をつなぎ止めていたのだろう。最期に彼女が、己を頼ってくれたことを、己は誇りに思う』
そう言って、ヴィリカスは話を締め括った。
それきり彼は何も喋らない。もう終わりだというように、彼は一本の鍵を吐き出した。
鼻面で鍵を押し出し、エディを見る。
ロキースに背を押され、エディは立ち上がった。
ゆっくりと歩み寄り、鍵を手に取る。
鍵がエディの手の内に収まるのを見届けて、ヴィリカスはどこか悲しげだった。
(もしかして、ヴィリカスさんは……)
エマに、恋をしていたのだろうか。
彼女の最期の願いを叶えて、彼女との繋がりがなくなってしまったような、そんな気持ちなのかもしれない。
ヴィリカスは何も言わない。
もうエディのことなんてどうでも良いみたいに、背を向ける。
エディは、エマとヴィリカスの関係がどんなものなのか知らない。
だけど少なくとも、言えることが一つある。
「おばあちゃんは、愛情深い人です。きっといつまでも、あなたを想っている」
無責任な言葉だ。
だけど、どうしても言いたかった。
魔狼の尻尾が一振りされる。
大きくブンと振られた尾は、礼を言っているように見えた。
そう言って、胸元から取り出したのは、一本の鍵だった。
懐かしい気配がするその鍵が何なのか、ヴィリカスにはすぐに分かった。
『ヴィリニュスの鍵、か』
「そうよ。トルトルニアを守る鍵であり、恐ろしい笛の一部でもある。私では、この鍵を壊すことが出来ない。これを壊すことができるのは、──の血を色濃く受け継ぐ者だけ。私の孫ならば、もしかしたら……でも、もう、無理ね。今の私じゃあ、ミハウのところまで持っていけないもの。だから、お願い、ヴィリカス。何のお礼も出来ないから、せめて私を食べてちょうだい。その見返りに、孫がこの鍵を取りに来るまで、預かっていて欲しいの」
エマが鍵を差し出してくる。
けれど、もう彼女は握ることさえも出来なくなったのか、手から鍵がポロリと落ちた。
突き返そうと咥えて持って行ってやると、エマは「ありがとう」と泣いて笑った。
「でももう、持てないわ」
縋るように、エマがヴィリカスの目を見つめる。
いつも凛としていた目は、少しずつ光を失いつつあった。
『ふん。お前のような婆さんを食べても、腹の足しにもならん。だが、そうだな。同じ血が流れる仲間として、貴女の最後の願いを聞き入れてやる』
「ありがとう、ヴィリカス」
エマの前で、ヴィリカスはゴクンと鍵を飲み込んだ。
『これで良いか?』
「ええ、ありがとう。それから……一つだけ、注意して欲しいの。マルゴーリスという人が来ても、決して鍵を渡してはいけない。渡して良いのは、ミハウという少年と、エディタという少女だけよ」
『承知した』
ヴィリカスが深々と頷くと、エマは安堵の表情を浮かべた。
それから彼女は、眠るように瞼を下ろしていく。
エマの唇から、最期の息が漏れ出る。
彼女の手から、矢と弓が零れ落ちた。
それが、エマの最期だった。
『鍵をどうにかしなければ。その想いだけで、意地だけで、彼女は命をつなぎ止めていたのだろう。最期に彼女が、己を頼ってくれたことを、己は誇りに思う』
そう言って、ヴィリカスは話を締め括った。
それきり彼は何も喋らない。もう終わりだというように、彼は一本の鍵を吐き出した。
鼻面で鍵を押し出し、エディを見る。
ロキースに背を押され、エディは立ち上がった。
ゆっくりと歩み寄り、鍵を手に取る。
鍵がエディの手の内に収まるのを見届けて、ヴィリカスはどこか悲しげだった。
(もしかして、ヴィリカスさんは……)
エマに、恋をしていたのだろうか。
彼女の最期の願いを叶えて、彼女との繋がりがなくなってしまったような、そんな気持ちなのかもしれない。
ヴィリカスは何も言わない。
もうエディのことなんてどうでも良いみたいに、背を向ける。
エディは、エマとヴィリカスの関係がどんなものなのか知らない。
だけど少なくとも、言えることが一つある。
「おばあちゃんは、愛情深い人です。きっといつまでも、あなたを想っている」
無責任な言葉だ。
だけど、どうしても言いたかった。
魔狼の尻尾が一振りされる。
大きくブンと振られた尾は、礼を言っているように見えた。
0
あなたにおすすめの小説
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます
五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。
ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。
ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。
竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。
*魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。
*お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。
*本編は完結しています。
番外編は不定期になります。
次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。
真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。
狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。
私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。
なんとか生きてる。
でも、この世界で、私は最低辺の弱者。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる