104 / 398
おっさん、迷宮に挑む⑨
しおりを挟む「――もう気付かれた!
くそっ、段取り通りにいくぞ!」
「「「了解!」」」
草原に身を伏せて作戦を練る俺達だったが、詳細な打ち合わせをする間もなく魔狼フェンリルがその巨体を起こす。
術式も使わないというのに多人数の隠密行動は敵対意志があると見做されたか。
仕方ない、ぶっつけ本番になるが――ここは仕掛けるのみ!
先手を打って出たのはフィーナの法術だ。
「いと高き偉大なる主に願い奉ります。
敬虔なる使徒に静寂の恩寵を――主神の奏で手【サイレンサー】」
祈りを捧げる事により神の寵愛を具現化する祝祷――法術。
フィーが願ったのは空間そのものに作用する、音を自在に操る法術である。
教会等の建物内で、どこからか神聖な調べが流れているのはパイプオルガンの名手が不眠不休で演奏している訳じゃない。
全てはこの恩寵の賜物だ。
神に願い出て天上の調べを少しだけお恵み頂くのである。
あるいは説法の際に民草の野次やざわめきを静まらせ、隅々まで声を届かせる。
しかし――戦闘に出る法術遣いは物騒な考え方をする。
音を自在に操るということ――それはつまり魔術の施行に必要なコマンドワード等を封ずることが出来るだろう、と。
これがいかに重要な要因かは術者にしか分からない。
対魔術戦は先読みと手札の交換のし合いだ。
相手がこう来たらこう返すと、常にルールを構築し押し付け合う。
フィーが仕掛けるのはルールそのものの、盤面の崩壊である。
空間自体に作用するその奇跡は個の抵抗力など微塵も介さず世界に反映される。
要は避けようのない致命的なデバフだ。
だが、弱点もある。
強大無比なこの法術――
効果範囲は自身の触れている箇所から20平方メートルしか作用しない。
いや、主神の奏で手だけではない。
法術の多くが基本接触に近い距離でないと発動しないものが多い。
その不利を補うのがボルテッカ商店で購入した【銀冠スィルベンズ】の効果だ。
フィーの額に輝くこの銀冠の効果は術式対象距離の拡大。
余計に疲労するというデメリットはあるものの、視界にあるもの全てを対象に取れるというのは計り知れないアドバンテージだ。
現に俺達の行動に対し遠吠え【ハウリング】系の攻撃を仕掛けようとした魔狼が困惑した様に喉を鳴らす。フィーの視界にいる限り奴は一切の音を立てられない。
しかし敵もさるもの。
すぐさま思考を切り替えるや身をブルブル震わせる。
次の瞬間、フェンリルを中心に巨大な氷の嵐が精製され始めた。
奴独自の固有能力である【天候操作】だ。
術式ではなくまた詠唱をしている訳でもないのでこの静寂下でも発動する特技。
猛烈な突風を伴う氷の嵐は体温を瞬く間に奪うだけでなく人間の肌などズタズタに切り裂き命をも奪うだろう。
「吹雪【ブリザード】を超える氷嵐【アイスストーム】がくる!
俺の背後に退避しろ!」
険しい顔のまま奴を視界に捉え続けるフィーと術式を紡ぎながらリアが頷く。
そしてフェンリルから放たれる氷嵐。
先日のアークメイジの放った吹雪の比ではない。
もはや雪崩にも近いその絶望的圧力に対し俺は静かに樫名刀の柄に手を添える。
タイミングが全てだ。
しくじれば俺はまだしも背後の二人の命はない。
極度の集中のさなか――時間がゆっくりと流れる様な知覚能力の拡大。
――ここだ!
「魔現刃――【裂空】!」
魂魄の気合いと共に抜き放つ疾風の斬撃。
それは真っ向から氷嵐にぶち当たるや紙を裂く様に綺麗に断ち割っていく。
まるで俺達を避ける様に二手に分かれた氷嵐は、雪の結晶と氷の彫刻を大地に刻みながら立ち消える。
ふう~どうにかうまくいったか。
心臓がバクバクいってるのを強引に呼吸で抑え込む。
俺の樫名刀に眠る退魔の力――
その力を自在に操れる事を自覚したのは今朝である。
慌ただしい朝の準備中に刀に語り掛ける様にして抜き放った結果、開眼した。
任意的に発動させる実戦お試しが階層主クラスの固有能力とは我ながら無茶ぶりが過ぎるが――どうにか賭けには勝ったようだ。
今までの魔現刃に退魔の効果を上乗せする。
従来の戦いにこれを組み込めばまた新しい戦法を生み出せるだろう。
感慨深い想いに酔い掛けそうになるが、今はまだ戦闘中だ。
まず魔狼を斃す事に集中しなくては。
俺はずっと待機していたリアに指示を飛ばす。
「――リア!」
「ん。示し狂い乱れよ元素――
万能たるマナよ、我が敵を包む障壁となれ――」
無詠唱を捨て韻を含んだリアの魔術が発動する。
歯茎を見せ嘲る様に眼を細めるフェンリル。
傲慢にも取れる奴の態度。
それはある意味当然の成り行きだ。
奴の体毛はしなやかでありながら名剣のごとき鋭さを持ち、並半端な攻撃を弾く強靭な装甲だけでなく炎などの弱点から身を護る鎧にもなる。
人間程度の術式などいかようにも耐えれると思ったのだろう。
だが、幾度も言うがそれは驕りだ。
奴自身は知らない――自らの弱点を思い知るがいい。
「キャワン!?」
もし音が聞こえていたらそう甲高く叫んだであろう奴の悲鳴を幻聴する。
何が起こったか分からないとでも言いたげに、駄犬のごとく周囲を転げまわる。
その巨躯は無数の泡に包まれていた。
リアの生み出した――界面活性剤系酵素によって。
魔狼の体毛が強靭なのは体表から生み出された脂が長い年月を掛けて蓄積し膠の様に固まった結果生まれた産物だ。
だがリアが魔導学院で学んだ化学錬成系術式はその脂を速やかに分解――
逆に有害な成分へと変容させる酵素を生み出す。
まさに化学の生み出した猛毒。
神経毒などに耐性がある奴も初見の毒には対応できなかったようだ。
それでも命を奪うまではいかない。
フェンリルは憎々しげに立ち上がると俺達に目掛け復讐の突進をしてくる。
だからこそ気付かない。
奴の鼻を誤魔化す為、俺の【こんなこともあろうかと】で刺激物を撒き続け――
ずっと匂いごと隠された伏兵の存在に。
暗殺者のように突如死角から飛び込んできたシアの存在に、奴は最後まで気付かなかっただろう。
狼といえど犬と構造は一緒、つまり死角も同様なのだ。
奴の死角――それは長い鼻。
目が側面についていることと、鼻が邪魔になることで顔の正面下が死角になる。
だからこそ地面に伏せ、腕の力だけで這い寄り近付いていたシアの存在に気付かなかった。
そして何より自慢の体毛が酵素のせいでぐにゃぐにゃに軟化していた事にも。
あとは簡単だ。
俺達の中でも最高の攻撃力を持つシアの狙い澄ました一撃が顎から突き刺さる。
「魔法剣――」
すかさず放たれる雷撃系の魔法剣。
魔狼の体内で発動されたその効果により、奴の体液は瞬時に沸騰――絶命する。
しかし油断はせずフェンリルが動かない事を確認。
野生動物は心臓が止まっても数秒は生きている事がざらにある。
こいつもその例外かもしれない。
警戒したまま10秒が経過し――やがて風化していく魔狼の巨体。
どうやら本当に絶命していたらしい。
顔を見合わせ安堵する俺達。
終わってみれば何ともあっけない幕切れだった。
1
あなたにおすすめの小説
妖精の森の、日常のおはなし。
華衣
ファンタジー
気づいたら、知らない森の中に居た僕。火事に巻き込まれて死んだはずだけど、これってもしかして転生した?
でも、なにかがおかしい。まわりの物が全部大きすぎるのだ! 草も、石も、花も、僕の体より大きい。巨人の国に来てしまったのかと思ったけど、よく見たら、僕の方が縮んでいるらしい。
あれ、身体が軽い。ん!?背中から羽が生えてる!?
「僕、妖精になってるー!?」
これは、妖精になった僕の、ただの日常の物語である。
・毎日18時投稿、たまに休みます。
・お気に入り&♡ありがとうございます!
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
転生したらただの女の子、かと思ったら最強の魔物使いだったらしいです〜しゃべるうさぎと始める異世界魔物使いファンタジー〜
上村 俊貴
ファンタジー
【あらすじ】
普通に事務職で働いていた成人男性の如月真也(きさらぎしんや)は、ある朝目覚めたら異世界だった上に女になっていた。一緒に牢屋に閉じ込められていた謎のしゃべるうさぎと協力して脱出した真也改めマヤは、冒険者となって異世界を暮らしていくこととなる。帰る方法もわからないし特別帰りたいわけでもないマヤは、しゃべるうさぎ改めマッシュのさらわれた家族を救出すること当面の目標に、冒険を始めるのだった。
(しばらく本人も周りも気が付きませんが、実は最強の魔物使い(本人の戦闘力自体はほぼゼロ)だったことに気がついて、魔物たちと一緒に色々無双していきます)
【キャラクター】
マヤ
・主人公(元は如月真也という名前の男)
・銀髪翠眼の少女
・魔物使い
マッシュ
・しゃべるうさぎ
・もふもふ
・高位の魔物らしい
オリガ
・ダークエルフ
・黒髪金眼で褐色肌
・魔力と魔法がすごい
【作者から】
毎日投稿を目指してがんばります。
わかりやすく面白くを心がけるのでぼーっと読みたい人にはおすすめかも?
それでは気が向いた時にでもお付き合いください〜。
神の手違い転生。悪と理不尽と運命を無双します!
yoshikazu
ファンタジー
橘 涼太。高校1年生。突然の交通事故で命を落としてしまう。
しかしそれは神のミスによるものだった。
神は橘 涼太の魂を神界に呼び謝罪する。その時、神は橘 涼太を気に入ってしまう。
そして橘 涼太に提案をする。
『魔法と剣の世界に転生してみないか?』と。
橘 涼太は快く承諾して記憶を消されて転生先へと旅立ちミハエルとなる。
しかし神は転生先のステータスの平均設定を勘違いして気付いた時には100倍の設定になっていた。
さらにミハエルは〈光の加護〉を受けておりステータスが合わせて1000倍になりスキルも数と質がパワーアップしていたのだ。
これは神の手違いでミハエルがとてつもないステータスとスキルを提げて世の中の悪と理不尽と運命に立ち向かう物語である。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
スキル『倍加』でイージーモードな異世界生活
怠惰怠man
ファンタジー
異世界転移した花田梅。
スキル「倍加」により自分のステータスを倍にしていき、超スピードで最強に成り上がる。
何者にも縛られず、自由気ままに好きなことをして生きていくイージーモードな異世界生活。
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる