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おっさん、欲望に浸る
しおりを挟む「駄目だ……
もう我慢が出来ん!」
草木も眠る丑三つ時――
悶々とした衝動に駆られた俺は寝床から跳ね起きた。
昨日、第三階層主であるトレントを相手に快勝した俺達は、第四階層への魔法陣をアクティベートした後に帰還した(ちなみに雪原エリアだった。寒そうだ)。
予定よりも早い攻略状況を踏まえ、明日(もう今日か)は休みにした。
連日のダンジョンアタックは心身に負担を掛けるし、開拓村の事もある。
定例の開店日だし精霊都市で見繕い仕入れた品々を早く村人に提供したい。
村に戻り、何でも屋の商売をしながらのんびり過ごす予定だ。
なのでレイナが定番になりつつある宴を開いてくれたのだが……
俺は参加もそこそこにお暇を頂く事にした。
さすがに連日探索と宴会に参戦出来るほど若くない。
気持ちと見た目は若者風だが、身体はおっさん(中年は哀しい)である。
後は若い衆に任せて早々と寝床に着いたのだが――
これが眠れない。
身体は疲れ果て一刻も早い休養を求めてるのに頭の芯が冴え渡り寝付けない。
理由は判明している。
多少くたびれたとしても俺も男だ。
最近はあいつらが身近にいたせいでご無沙汰だった。
あいつらには悪いが、ここは心身を整える為に一度赴くべきかもしれない。
俺は別室で休んでいるあいつらに気付かれないよう気配を殺し――
夜の街へと駆け出すのだった。
「……いらっしゃい」
深夜の薄汚れた街角の店。
暖簾をくぐり入店した俺は愛想の欠片もない窓口の爺さんに声を掛けられた。
黙って料金を差し出すと無言のままバンド付きのキーを渡される。
これは自分専用のロッカーに通じる大事なものだ。
無くせば結構な料金を取られるので慎重にバンドの強弱を確かめる。
ここで余計な会話は不要。
大の男がここに来た以上、やる事は一つなのである。
だからこそ俺達に言葉はいらない。
場を提供する者。
充分に堪能する者。
最低限それだけの信頼があればいい。
俺は期待に逸る胸を押さえつつ中に入っていく。
そんな俺を迎えたのは無数のロッカー達である。
ここで衣類を脱ぎ捨て、本当の自分を曝け出すのだ。
窓口で渡されたキー番号に対応してる専用のロッカーを見つけると、俺は手早く衣類を脱ぎ捨て放り込む。そして備え付けのタオルを片手に奥へ進む。
そこは深夜だというのに裸体の男達が群れを為していた。
朦々と煙る室内は笑い合い騒めき合う活気に溢れている。
だが――嫌悪はない。
むしろ同志を見つけたような安堵感すらある。
彼らに倣って空いてるスペースに腰を掛けると湯桶に湯を注ぐ。
石鹸を泡立て体の隅々まで念入りに洗う。
不衛生な者はこれから先に相応しくない。
真に快楽を得ようとするなら準備を怠ってはならないのだ。
加齢臭の元凶である耳の裏まで洗い終え、最後に水で流す。
初夏の季節とはいえ深夜の水浴びは堪える。
けど――これからの事を考えれば安いものだ。
濡れたタオルを充分に絞り、水を切った俺は腰に巻き付け装備する。
用意は万端だ。
いざ、行かん。
おっさんの憩い、めくるめく快楽の園へと。
熱い期待を胸に俺は踏み入れた。
漢達がひしめき合う楽園――即ち、サウナへ。
――はて?
何故か今、不当に「そっちかよ!」と貶められた気がするが……
まあ気のせいだろう。
気を取り直した俺は室内へ入る。
中は熱い蒸気に満ちていて、息をするのにも苦労するほどだ。
三段に分かれた椅子の空いてる最上段に腰掛ける。
そして瞑想するように眼を閉ざし身を委ねる。
くあ~堪らん!
この一瞬で今まで蓄積されたものが全て溶け去っていくのを実感する。
レイナが用意してくれた客室の風呂も悪くはない。
しかし気兼ねなく己を解放する事の出来るサウナの快楽には残念ながら劣る。
何より男専用の為にあいつらの襲撃が無いのもいい。
ここなら久々の一人を堪能できる。
美少女美女揃いの婚約者がいるのに贅沢と思われるかもしれない。
だが――理解してほしい。
やはり俺も男なのでこうして一人でリフレッシュできる時間が欲しいのだ。
なので今は思うまま快楽に身を委ねる。
「熱波入りま~す」
脳を焼く熱さに耐えてるとバスタオルを手にした兄ちゃんが入って来る。
熱波師と呼ばれる彼らはバスタオルで室内を扇ぎ、上質な熱波を送るのが仕事だ。
お客さん1人1人に扇ぐときのスイング音はもはやソニックブーム。
所作が音を置き去りにするレベルである。
っていうか戦士としてもやっていけるんじゃないか。
そんな事を考えてると準備を終えた熱波師がバスタオルを構える。
――くるか。
「わっしょい!」
謎の掛け声と共に甲高い破裂音。
茹だる様な熱さと清涼感のある風が同時に吹き荒れる。
わっしょいの語源は「和を背負(しょ)う」事らしい。
造語だろうがいい言葉だ。
まさにこのサウナに相応しい。
満足いくまで熱波を浴びた俺は室外へ出る。
そして脇に備えてある水風呂へ入っていく。
全身を裂く様な冷たさと共に血管が収縮し脳がガンガンと音を立てる。
愛好家らの声を聞くまでもない。
血流が体全体を巡るのを脳でも感じ、視界が揺れ始めて多幸感に襲われる。
身体がふわふわと少し浮かんでいるように軽くなりどこかへ飛んでいけそうな感覚はまさに一皮剥けた様な――生まれ変わったかのような感覚だ。
血管が開き、全身の血流が良くなっていく。
この脳内に快楽物質が出ていく感じが堪らない。
俺は雲を歩く様な足取りで外へ出ると、フリーで設置してあるフルーツ牛乳を一気に呷る。
ああ、間違いない。
今――俺は完全に「整った」のを実感。
明日からも間違いなく頑張れそうだ。
ただ……もう一巡くらいは出来そうである。
自制心は強いとはいえ今日ぐらいは負けてもいいだろう。
一回だけ……そう、あと一回だけだ。
自分に言い訳をしながら、俺はもう一度サウナに足を運ぶのだった。
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