勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた

秋月静流

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「お願い、返事を聞かせて」

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「何か用事なのか、セラ?
 こんな夜更けに――そんな恰好で」

 重ねて訊いた問い掛けに答えず、無言のまま俺の顔を覗き込んでくるセラ。
 何気ないその仕草にドキリとさせられる。
 無理もあるまい。
 今のセラはいつも纏っている東方風の巫女装束とは懸け離れた地味なパジャマに身を包んでいるのだが……それが却って身体のラインを際立たせ、何ともいえない色気を醸し出している。
 尚且つ透き通る絹のごとく輝く前髪から垣間見える瑠璃色の双眸。
 鮮やかな隆線を描く整った鼻梁。
 薄紅色に染まった柔らかそうな唇。
 妖精のように可愛らしい外見と相まって凄まじい吸引力を発しているのだ。
 俺は呪縛されたようにその場に縫い止められた。
 まるで神話に出て来る三姉妹の魅了みたいに。
 石像のように硬直し、ただただ――セラのみを瞳に宿す。
 彼女の双眸が何やら惑いに揺れているのは気のせいなのか? 
 そんな俺を他所に、セラは大きく深呼吸をすると……

「少し……話したいと思って。
 中に入ってもいい?」

 と震える声で話してきた。
 いつも快活な彼女らしかねる態度に当惑しつつ俺は言葉を返す。

「ああ、別に問題ないが……」
「じゃあ……失礼するわね」

 トトト、と半身をずらした俺の脇を抜け中へと入り込むセラ。
 起き抜けに勧めた入浴をしたのだろうか。
 少し湿っている髪から擦れ違いざま洗髪剤替わりの香油の香りが仄かに漂う。
 更に邪魔になるからと、いつも縛っている髪を今はストレートにしている。
 見慣れないその姿に……
 胸が激しく鼓動を刻み始める。
 おいおい。しっかりしろよ、俺。
 確かにセラは魅力的な女性だけど――そういう眼で見たら失礼だろ?
 内心の動揺を抑えつつ俺は平静を装いドアを閉める。
 必要以上の物がない従者用の待機室内。
 それでもセラは物珍しそうに周囲を見渡している。
 そういえばセーフティハウスでは互いの部屋には入った事がなかったな。
 一年近く旅を共にし共同生活をしてきたが……プライベートについては、可能な限りきっちりと区分けをしてきた。
 所詮、俺はガードで彼女は護衛対象。
 リンデもいたからそれはそれで大変有難い配慮だったが。
 意識のないセラを横たえる為に踏み入った先程が初めてだ。

「あっ、ソファーがある♪」

 しかし畏まって入室したセラだったが、部屋の隅に置かれたソファー型ベッドを確認すると放たれた矢の様に座り込む。

「ちょっ……
 何やってるんだよ、セラ!」
「明日からの日程について打ち合わせに来たんだけど……
 ソファーを発見してしまったのだもの、ジッとはしてられないわ。
 各セーフティハウスの管理者用室は純東洋風でとても気に入っているんだけど、布団なのがいまいち。
 無性にベッドやソファーが恋しくなる時があるのよ。
 ふふ……やっぱり弾みのあるこの感触はいいわね~」

 無邪気に騒ぎながらスプリングをギシギシと振動させるセラ。
 やめなさい、はしたない。
 さすがに見兼ねて口出しをしようとした俺だったが、はしゃぎ回るセラの指先が微かに震えているのを発見し、開き掛けた口を閉じる。
 怖いのだ、彼女も。
 ……無理もあるまい。
 間近に感じられた濃密な喪失の感触。
 身近な仲間を喪った彼女の叫び、魂の慟哭は耳にこびりついている。
 やたらとハイテンションなのは虚勢に過ぎない。
 無慈悲な現実に委縮しそうな心を無意識に鼓舞しているのだろう。
 負けず嫌いなのは俺も一緒だ。
 彼女の気持ちは痛いほど分かる。
 かと言って下手な慰めは自尊心を損ねることに成り兼ねないだろう。
 だから深呼吸後、俺は無言のまま近寄りソファーに腰掛ける。
 そして触れるか触れないかの距離までセラに近付くと、震えている彼女の指先を自分の手で覆う。
 ――冷たい。
 湯上りだというのに彼女は冷え切っていた。
 身体だけでなく……おそらくは心も。
 肌から伝わる温度に俺まで凍えそうになる。
 この娘はどれだけ一人で抱え込んできたのか。
 レムリソン大陸の霊的守護を担う【ウルド】の管理者として辛い時、苦しい時も毅然とした振る舞いを続ける彼女。
 言葉には出せないだろうが、一人の少女が担うにはあまりにも過酷な重責だ。
 そんな彼女の苦悩と煩悶が俺には感じ取れた。
 なので、俺は強く想いを込めて指を握り締める。
 俺の想いが彼女の氷を融かせれば――と願いながら。
 最初は驚いたように身体をこわばらせる彼女だったが、恥じらうような躊躇の後――俺の指を握り返してくる。
 熱が伝わっていく度にセラの震えが緩やかになり……やがて止まる。
 上気した頬は見えるも、俯いた顔からは表情が見えない。
 ただ――幾分かリラックスした感じが見受けられた。
 これなら大丈夫かな?
 それにしても我ながら随分大胆な事をしたものだ。
 結構際どい距離だし、早く離れないと。
 急ぎソファーから立ち上がろうとした俺だったが……絡まった指先を引く強い力にバランスを崩す。
 ――な、何だ?
 疑問に思うより早く首元に纏わりつく腕。
 間近に迫るのは赤面した綺麗な顔。
 双眸の中に写る俺の姿。
 蠱惑するように揺れる瞳は何を求めているのか?
 驚き身を竦める俺にセラから漏れた吐息が唇をくすぐる。
 これは……ヤバイ。
 理性を保てなくなる。
 重力に引かれるみたい導かれそうになるのを意志の力を総動員させ自制する。
 だというのに――

「……いいよ?」

 優しく微笑んだセラの囁きが俺を惑わす。
 ――どういう意味、なのか?
 目線で問い掛ける俺にセラはゆっくりと……懸命に言葉を紡ぎ始める。

「いつの頃からか分からないんだけど……
 ふと貴方の事を目で追う自分がいたの。
 貴方の言葉に、仕草に、表情にドキドキしている自分がいた。
 初めてだから分からないけど……
 これが恋かな、って。
 辛い時でも貴方の事を想うだけで幸せになる自分に気付いたの。
 ただ本当は……言わずに秘めておこうと思った。
 この想いが貴方の負担になるのは重々承知だから。
 それに管理者として一族の命運を背負う自分が、仲間に恋しました~じゃ、今後示しもつかないだろうし。
 ただ……さ、
 ただ、ね……
 今日、リンデちゃんが去って……
 名前も忘れてしまったあの人が消えて……やっと気付いたの。
 この想いを貴方に知られずにもし死んでしまったら……絶対後悔するって。
 貴方を想う気持ちを伝えなきゃ、絶対に後悔するって。
 そう……思ってしまったの」

 激情を吐き出すように吐露するセラ。
 言うだけ言ったその口元に歪んだ微笑が浮かび上がる。

「な、何を言ってるんだろうね……
 私なんかが貴方に選ばれる訳がないし。
 私が貴方でもリンデちゃんのような可愛い娘を選ぶって決まっているのに――
 あ~あ、独占欲とかホント痛いし最低だわ」

 自嘲するような呟きと共にその双眸から涙が流れていく。
 そんな顔は見たくないし、何より――涙を浮かべさせたくない。
 だから俺も自分の中にある気持ちを素直に述べることにした。

「――そんなことないぞ」
「えっ!
 ど、どういう意味……なの?」
「俺だって……セラに惹かれていく気持ちはあったよ。
 頑張り屋で、努力家で……
 いつも陰ながら皆を支えてきて。
 そんなセラの姿を偉いな、凄いな――ってずっと思ってた」
「な、何を言っているのよ……
 その気がないのに期待させちゃうのは酷なんだからね?
 だって私は可愛げないし、いつもズバズバ言っちゃうし……
 スタイルもその、全然魅力的じゃないし……」
「――セラ!」
「ふぁい!」
「俺はさ、別に君のそういうところを好きになったんじゃない。
 君の良い所は他に、もっともっといっぱいあるだろう?
 それともセラは俺の見てくれを好きになったのか?」
「――フフ。
 そうね……そうだった。
 私は……私は、貴方のそういったところを好きになったんだった」
「――だろう?
 そうじゃないと趣味が悪過ぎだぞ」
「――ううん。
 全然そんなことないんだけどな。
 ただ……言葉にしなかっただけで、惹かれていたのは本当なの。
 ――怖かった。
 もし言えば……全てが終わってしまいそうで。
 でも――私はもう我慢しない。
 ガリウス、私は――貴方が好き。
 この気持ちを知ってほしい。
 報いてほしい。
 お願い、返事を聞かせて……」

 普段の余裕ぶったお姉さんぶりはどこへ行ったのか?
 胸元に熱い雫が零れ落ち、滲み込んでいく。
 幾度も幾度も。
 まるで五月雨の様に。
 俺より年上とはいえ、僅か18歳の少女だ。
 今まで必要以上に無理を重ねてきたのだろう。
 虚勢の剥がれ落ちた今の姿こそが素顔のセラに違いない。
 ただ駄々をこねる幼子の様なその姿を俺は……
 可愛い、と思った。
 守りたいと思った。
 だから優しく頬を挟み込み、上を向かせる。
 涙でぐしゃぐしゃになった顔。
 明るい瑠璃色の瞳が俺を怖々と映し出す。
 ああ――綺麗だ。
 そして何よりも大事なこの人を不安にさせたくない。
 心を突き動かす衝動のままゆっくり唇を重ねていく。
 拒否は無く、彼女は瞳を閉じると俺に応じ始める。
 最初は甘く――次第に熱く。
 絡み合う舌と舌。
 互いを求め合う指と指。
 俺達は時を忘れ、ただ無心に貪り合う。
 それは恋には遠く――愛には近過ぎて。
 目前に迫った闇を払う様に、明らかになった心を確かめ合う。









 


 この日……俺は本当の意味で男になった。



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