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てんと せん

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家族、乃ち居場所 Ⅰ

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 ヘレニキアに夏がやって来た。早く夏休みにならないかな、と思っているうちに、あれよあれよという間に夏休みに入り、るい達は毎日長期休暇をエンジョイしていた。

「今日のお昼、そうめんでいい?」

るいはみんなに聞きながらも、もうそうめんを4束出して鍋に水を汲んでいた。

「お前、聞く気ないだろ。ていうか、お前、この前食事当番だった時もそうめんにしてなかった?」

読書を中断した澪が呆れたように言った。

「だって楽なんだもーん」

「反省してねえなオイ」

「なんなら具材作るのめんどくさいから、素うどんならぬ、素そうめんでもいい?」

「反省どころか悪化してない?」

「えー。文句多いな。じゃあ食卓の真ん中におっきいお皿乗せて、そこに具材置いとくからみんな各自で取る方針で」

「……まさかと思うけど、そのオードブル形式に出してくれる具材って流石に切ってくれるよね……?」

恐る恐る聞く悠乃にるいは平然と言った。

「んなわけ。食べたいのなら自分で切れ! 以上!」

「嘘だろ……」

「横暴すぎる」

「そうめん茹でただけ、を料理と言っていいのか……?」

「僕ら結構この夏休みもめんどくさくても、ちゃんと料理してるんだけどなぁ」

「僕なんか昨日デザートまで作ったんだけど」

「1番食べてたのるいだったよね……」

ジトっとした3人の目線と共に眺められた上に、これまでのことを出されると手を抜くにも抜けない。るいはうっ、と呻いて、

「今回だけだよ……」

と言った。3人は心の中でニヤっと笑った。るいはいつもこの流れで、毎回『今回だけ』と言いつつ毎回3人の思い通りになってるのには気づいているのだろうか。
 るいが冷蔵庫の中のそうめんの具材になりそうなものを探しながらふと言った。

「そういえば、この前向かいのお家の人が流しそうめんしてた」

「あー、黒田さんち?」

「違うよ、向かいの方の家だから黒畑さん! 黒田さんは黒畑さんちの横! うちから見て右隣!」

「紛らわしい名前で横同士に家建てたのが問題だろ」

ちょっとムッとした表情でるいに言い返す澪に湊音も同調した。

「そうそう、普通苗字なんか覚えられないって。この国の苗字って、紅玉ノ国みたいに少ない種類なわけじゃないじゃん?」

「うーん、そっかぁ。でも私、今までの苗字は全部覚えてるけどな。ちなみに私、この中で1番何回も苗字変わった自信あるよ」

ドヤ顔をするるいに湊音が顔をしかめた。

「やめろ、そんな自信。ブラックジョークすぎるだろ」

「そういや、悠乃の前の苗字ってなんだったの? 悠乃は家族が変わったことなかったんでしょ? 前言ってたよね」

るいは鍋の中のそうめんから目を離して1番近くにいた悠乃に聞いた。

「あー…えっと…」

言いにくそうにする悠乃にるいが慌てたように言った。

「ごめん、言いたくないことだったらいいよ、言わなくて」

「あ、いやそういうわけじゃなくて、」

歯切れが悪い悠乃に3人は首を傾げた。

「うーん、ま、いっか口止めもされなかったし……僕の前の名前は三日月《みかづき》、三日月 悠乃だったよ」

「え、それって」

「あの三日月グループとなんか関係あったり……?」

「あ、やっぱ気付く感じ? うん。僕はそこのトップのおっさんに引き取られて」

驚く3人に悠乃があっけらかんと言ってのけた。三日月グループといえば青菊ノ国で有名な企業グループで、青菊ノ国の固有通貨、『れん』単位だと、総資産は7500億れんとなっている。悠乃はそこの御曹司だった、というのだ。みんなは開いた口が塞がらなかった。

「驚きすぎだって。ってそんな話よりもそうめん、吹きこぼれてるよ?!」

「うわあぁぁぁ! あっつ!」

「なにしてんの! まずIHを止めるんだよ!」

「いや、もうそのまま持ち上げてシンクでザルにうつしなよ」

「ラジャ!」

「ちゃんと流水でもみ洗いするんだぞ!」

「あー!!! そうめんの一部がシンクに落ちそう!」

「もー! なにやってんの!」

結局そうめんを茹でていたお湯が吹きこぼれたことから始まった騒動により、苗字についての話は、全員の頭の隅に追いやられた。とりあえず今は目の前のお昼ご飯であるそうめんを救うことに集中することになったのである。

****

 そんなそうめん騒動から2日後。るいはぶらぶらと近所を歩いていた。

「ごめんなさい。ちょっといいかしら」

明らかに外国の旅行者らしい女の人が和語でるいに話しかけた。隣の男性は夫だろうか。和語が話せる外国人ということは、多言語国家のエルディアの国の人だろうか。るいはそんなことを考えながら女性の方に向いた。

「私達、若葉園に行きたいのだけど、わからなくて。どちらに行けば良いか教えて下さらないかしら」

「あー…若葉園ですか? この住宅街を抜けて大通りを通るとすぐ目の前なんですけど、若葉園、今日から建物の大規模検査で閉園してるんです。建物がもうだいぶ古いから」

「そんな! いつ頃元に戻るの?」

「再来週と聞きました」

「その頃はもうとっくに自国よ……。 フィル、聞いたでしょ。 枯山水はお預けね。侘び寂びを味わえると思ったのに……。ああ、なんて残念なの……。」

「うーん、仕方ないさ。このお嬢さんが教えてくれなきゃこのあっつい地獄の中、何も知らずに現地に到達してたところだったんだ。それよりはずっといいだろうよ。お嬢さんありがとう、助かったよ」

フィルと呼ばれた男性は女性と一緒に来た道を戻ろうとした。

「あの!待ってください!」

帰って行く2人がかわいそうで、るいは思わず声をかけた。

「あの、侘び寂びを目的にして枯山水がある若葉園に行かれようとしてたんですよね?」

「ええ」

「なら、茶道とか興味ないですか?」

「あるわ! もしかしてこの辺りで体験できるの?」

「えっと、1番有名な流派ではなくて、2番目に有名な流派なんですけどそれでもよければ」

「本当に!? ぜひ行きたいわ!」

女性はそういうと目を輝かせた。

「ここから近いんですけど、ちょっと道が複雑なので案内しますね! 私今暇なんです!」
そういうわけでるいは2人を連れて、外国人向けにも、初心者向けにも茶道体験を行っている近くの茶屋に向かうことにした。道中わかったことだが2人は夫婦でエルディアからある目的で青菊ノ国にやってきて、今日は目的とは別に観光をしていた、と言うことだった。るいがやっぱりエルディアの人だと思った、と返事をすると2人は驚いていたが、ここまでしっかりと和語を喋れる国の人はエルディアの人ぐらいだからというと納得したようだった。『貴方はエルディアでは和語はラノ語の次に喋られていることを知っているのね』と女の人、こと、リアが言った。『エルディアにいたことがあるから』と答えるるいに2人はなるほど、と頷いた。

「つきました! ここです」

「ありがとう。なんてお礼を言ったらいいかわからないよ」

「本当にありがとう。貴方との道中のお話もとても楽しかったわ」

フィルとリアはそういうとるいに手を振って茶屋に入って行った。

****

「今日私、いいことしちゃったなー」

るいは家に帰ると玄関で靴を揃えながら呟いた。カップルの旅行の日程を1日分救ったのだ。るいは誇らしい気持ちで鼻歌を歌いながら廊下を歩き、リビングにやってきてソファーに座った。

「今日のお昼ご飯なにー?」

るいはもうキッチンで料理を始めている澪に向かって聞いた。

「パスタ。カルボナーラの予定。それにしてもるい、なんかいいことでもあったの? なんか楽しげだけど」

「あー。うん。いいことはあったよ」

「なに? ふと見た車のナンバーがカプレカ数だったとか?」

「ううん、秘密~! それよりもカルボナーラ、生クリーム使ってみてよ。前生クリームの方が濃厚になるってネットで見たよ!」

「残念ながらもう普通の牛乳入れちゃったし、生クリームは高いからダメ」

「えー」

「お前の小遣いで生クリーム買ってお前が自分で作るならなにも言わないけど」

「それはめんどくさい」

「じゃあ我慢するんだな」

澪がフライパンの中でクリーム色のソースを丁寧に混ぜながら言った。バターとベーコン牛乳の香ばしい香りがリビングいっぱいに広がる。るいはそんな香りを肺いっぱいに吸ってソファーに寝転がって、天井を見つめながらぼやいた。

「……エルディアかぁ。懐かしいな……」

「うん?なんて?」

「なんか言った?」

「ううん、なんでもない。ご飯が楽しみなだけ」

近くにいた湊音と悠乃がるいの独り言を僅かに拾ったようだったが、るいはそう言って目を閉じた。エアコンの効いた部屋は涼しくて、外の暑さが嘘のようだった。
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