梵 - BON -

壱(いち)

文字の大きさ
1 / 5
青天の霹靂

01

しおりを挟む








 
「先日、火辰正宗ヒトキマサムネ様が亡くなりました」

家に来て早々、弁護士を名乗る男は身綺麗なスーツを着て我が家の玄関先で開口一番にそう言った。
受け取った名刺をただみつめる母を後目に、男は眼鏡の奥にある瞳を俺に向けてくる。

「貴方は」

言葉の途中、目を見張るさまで口に仕掛けてから言い淀むのに何を思うのか。

「俺は太陽タイヨウ。それが?」

今年20歳になる大学生。

「貴方宛てにお父様から遺言が御座居ます」
「は……?」
「帰って」
「……母さん」
「帰って!太陽は私の子。別れたあの人とは無関係のはずっ」

愕然と話を聞いていた母の取り乱しように、ただ事じゃないと分かる。

サエさん」
「アンタに名を呼ばれる筋合いはないわ、早く出ていって」

未だ玄関先での出来事。この男が来てから家にも上がらさせず、向き合っての様子だ。母からの拒絶に男は溜息を吐き次いで俺を見る眼差しは弱くない。

「貴方には知る権利がある」
海童カイドウ……!」

真っ直ぐ見つめる瞳に濁りはなく、どこか懐かしさを覚えるのは気のせいか。
怒鳴り声に怯むこともないこの男に興味を覚えた。

「後日、改めて伺います。では」

二度と来るなという母を余所に平然と笑みをみせ、海童と名乗る男は帰っていく。

「塩持ってくる」

そう呟くと台所にドタバタと歩いて向かう母。

キーワードは二つ。

別れた親父と、今日訪れた海童正道(かいどうまさみち)って弁護士。
また、乱暴に音をさせて玄関へ戻って来た母は手に一掴みした塩を盛大に撒き散らす。

「俺の親父のことについて、きっちり話をしてくれるよな母さん」

余程精神的に疲れたのか溜息を吐いた母は驚いた顔をして振り返った。

「アンタ今まで話しても耳をかさなかったくせに」

確かに、子供の頃は右から左へ流してきた自覚はある。

「どうせ来るなっていっても来るんだからアイツに聞いて」

もう、面倒くさい。と投げやりに言い放つ母に笑いが込み上げてきた。

「じゃあ、ひとつだけ教えて。俺は母さん似?それとも」

親父?

暗に、言葉に含んで聞けば目を丸くした。
ええ、なに?

考える母に、そんな悩むところなのかと眉を顰める。

「アンタは良いとこ取りね。外見は」
「へぇ……」
「内面は父親にそっくり」
「!」
「なに驚いてんの」

いや、そんなにあっさり親父に似てるっていうとは思わなくて、つい。
なんて面と向かっていえるはずもなく。
親父ねぇ。今まで父親の事など振り返りもしなかった。実はもう死んでいるものだと勝手に思っていただけに。
母に告げれば、案の定呆れた顔をされる。

「前言撤回。アンタは誰に似たんだか……!」

と仕切りに笑い、バシバシ腕を叩かれた。然も手加減がないからかなり痛い。
まあ、後日訪れるといったあの男は、また来るんだろう。なら急ぐこともない。

「母さん、昼飯どうする?」
「バイトあるんじゃなけりゃ、外食」
「いや、あるけど。なら外行くか」

シューズボックスの上に置いてある鍵を取り、キーホルダーの輪へ指を通してクルクル回す。

「着替えてくる!」
「いや、そのままで充分」
「メイクすんの!」

はあ、左様で。どんだけ時間かける気なんだか。ヤレヤレと玄関先で待ち惚けをくらう。

「太陽」
「んー?」

案外近い部屋からの声に返事をすれば、前から俺がバイトしてる内容が気になってたらしい事をいわれた。

「ゲイバーのウエイター」

あれ、反応なし?

「ちょっと、水商売に手を出すほど金に困ってたなんて知らなかったわ。いいなさいよ!」

マスカラを手に部屋から出て来た母は仁王立ち。

「困ってないけど事情がありまして」
「どんな?」
「いや、あのね。いろいろと」
「いろいろってな・あ・に?」

片方だけマスカラを塗った女に迫られる恐怖を知る。もう片方には手鏡を持っていて手早くその場でマスカラを塗ると、別の部屋へ行きバッグ片手に出て来た母は不適に笑った。

「楽しい食事になりそうね」

どこのキャバ嬢かと思わせる容姿に化け、唖然とする。若作りするにも関わらず違和感ないのが恐ろしい。

高らかな笑いを上品に決める母にせっつかれながら腕を取られ逃げ場はなくなり、行きつけの店に案内されバイトの事を問い詰められるんだろう。
今日は厄日に間違いない。

口は災いの元とはよく言ったもんだ。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

風に立つライオン

壱(いち)
BL
BL非王道全寮制学園の生徒会役員の主人公。王道転入生によって学校内の秩序や生徒会の役割だとかが崩壊した。金、地位、名誉、名声、権力、全てを手にしている者になったつもりでいたのは誰だったのか。 王道を脇役に主人公は以前出会った生徒会長の父との再会、恋人だった義父の病んでそうなカンジに眩暈がしそうだった。

犬に叱られる夢をみる

壱(いち)
BL
→アンチ寄りの非王道全寮制男子校が舞台ですが王道に辛辣なので苦手な方はご注意くださいませ。 王道を脇役に自治委員長が王道ホイホイになっちゃうかもしれなーい。なんちゃって。ありえません。 →予約更新の為、連載になりますが完結済み。最終は2/20です。

目立たないでと言われても

みつば
BL
「お願いだから、目立たないで。」 ****** 山奥にある私立琴森学園。この学園に季節外れの転入生がやってきた。担任に頼まれて転入生の世話をすることになってしまった俺、藤崎湊人。引き受けたはいいけど、この転入生はこの学園の人気者に気に入られてしまって…… 25話で本編完結+番外編4話

百合豚、男子校に入る。

BL
百合をこよなく愛する男子高校生・眞辺恵。 母の歪んだ価値観により共学への進学を断たれ、彼が入学させられたのは―― 男同士の恋愛が“文化”として成立している、全寮制男子校《私立瑞嶺学園》だった。 この学園では、生徒会長は「抱かれたいランキング」で選ばれ、美貌こそが正義とされる世界。 それでも眞辺は決意する。 生徒会長になり、この学校を“共学”に変え、間近で百合を拝むことを。 立ちはだかるのは、顔面至上主義の学園制度、性に奔放すぎるイケメンな幼馴染、そして彼らに憧れ恋をする生徒たち。 さらに何故か、学園の人気者たちに次々と目をつけられてしまい――。 百合を拝むため男子校を変えようとする異端者が、歪んだ王道学園を改革する物語。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

独占欲強い系の同居人

狼蝶
BL
ある美醜逆転の世界。 その世界での底辺男子=リョウは学校の帰り、道に倒れていた美形な男=翔人を家に運び介抱する。 同居生活を始めることになった二人には、お互い恋心を抱きながらも相手を独占したい気持ちがあった。彼らはそんな気持ちに駆られながら、それぞれの生活を送っていく。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

逆上せあがる人間は犬よりも

壱(いち)
BL
ウラシャカイってお前、酔ってんの?素面で笑わせるな。 →血痕や切断の表現があるのでご注意を。 →非王道。

処理中です...