あいきゃす!~アイドル男の娘のキャッチ&ストマック

あきらつかさ

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1 ギャルの釣果は男の娘?

1-3 ギャルに連れられ……海?

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◆◇◆

 すっかり夜の明けた横須賀の街はよく晴れて、すでに暖かくなる気配を見せている。
 連休も過ぎてそろそろ梅雨入りしそうな季節、一人暮らしを始めたばかりの僕はまだ慣れきれてないけど、この街の雰囲気は好きになりつつあった。
 彼女――朋美さんが軽自動車を走らせる。
 軽といっても角ばった、ジープ系のゴツゴツした形をそのまま小さくしたような印象で、朋美さんのようなギャルが、というより女の子が使ってるのが意外な車に思えた。
 朋美さんの運転は――正直、二日酔いにはキツめだった。
 車の中では天気の話とか流してるラジオに突っ込んだりで、十五分もかからず海の近くの駐車場に着く。平日の早朝五時半くらいというのにちらほらと車がいて、僕はふともらす。
「仕事とかないんですかね」
 朋美さんがくすりと笑う。
は? 家に連絡とかしなくていい?」
 自分のことを呼ばれたとしばらく気付かなかった。
「え? あ――僕は、一人暮らしですし、大学生ですし、今日は講義ないから……」
 だから昨日は夜に出かけてみたりしたんだ。
「ていうか、いっちゃん、って?」
「気に入らない? いっつー、いつきん、あと何がいいかな。ってか樹くん、ってカタくない? 女の子呼ばれしたくない? 樹って本名?」
 車から降りた朋美さんが後ろに回ってドアを開ける。
「ほ――本名、です」
 気圧され気味に答えながら、僕も車の後部へ行く。
「A面の名前は? ま、樹のままでも女の子でイケると思うけど」
 ニュアンスは解るけど、A面って――また、初めて聞く言葉だ。
 僕の疑問符を浮かべた顔で察したのか、朋美さんがふふっと笑う。
「じゃあ、樹里ジュリとか呼んでみよっか」
「樹でいいです……」
 今後会うかもわからないし。
「それならやっぱり『いっちゃん』にする」
 それ以上反論させてもらえそうになく、僕は朋美さんが車からカートとか荷物を下ろすのを手伝う――といっても、そんなに重くない。
 クーラーボックスと小型のコンテナのような箱を乗せたカートで、左右にそれぞれパラソルらしいものと細長い包みがくくり付けられている。
 朋美さんはさらに後部座席から別の長いケースを出してきて肩にかけ、レジ袋を取る。
「僕引きますよ」
 と、カートの取っ手を持つ。
「ありがと、いい子だね」
 そう笑って、朋美さんは車をロックした。
「お酒残ってて気分悪くなったりしたら、無理しないでね」
 朋美さんこそ、いい人と思う。
「飲み物買っとく?」
 駐車場から円形の低い塔みたいな建物を横目に、公園へ――『海辺つり公園』というらしい。
 朋美さんが、駐車場から歩いてすぐのところにある自販機を示す。
 水分が欲しくなってきていた。
「ちょっと、買ってきます」
 カートを従えてそっちに向かうと、朋美さんもついてきて、後ろになる建物を指差した。
「トイレはあの管理棟の中だけど、いっちゃんは行くの? 女子?」
「だ、男子ですよっ」
 焦って答えて、麦茶を買う。朋美さんはくすくす笑って、僕と同じ麦茶を買った。
 ていうかあの建物、管理棟なんだ。
 朋美さんが先導して、中へ進む――すぐ海が広がっていた。
「ぅわ……」
 声がもれる。
 朋美さんは柔らかく頷いて、僕を促す。
 海に面したところは飾りのような波線を描く鉄柵があり、アスファルトの地面になっているが、そこと緑の公園の間はウッドデッキ風で、何というか風情を感じる。
 柵に沿って、いくらか間隔をおいて竿を立てたり振ったりしている釣り人たちが並んでいる。
 車の数より多そうなのは、徒歩とかバイクの人もいるのかな。
 潮風が漂い、海の香りが鼻の奥を撫でてゆく。
 海は遠くにタンカーか何かおおきな船が見えるけど、波も高くなく穏やかで、街から急に開けた景色が別空間のようだった。
 朋美さんは公園の奥へどんどん歩いてゆく。
 うっかり海を眺めていた僕は慌てて、小走りで追う。
 僕と朋美さんを見てくる人もけっこういる。二度見みたいにしている人もいる。
 朋美さんはいかにもギャルで、僕は大人しめのシャツと水玉の膝丈スカートにスニーカー。
 ギャップ、ありすぎじゃないか……?
 しかし、人の視線を気にする様子もなく、朋美さんはもっと先へ行く。
 入り口付近より、人が多い。
 アウトドア用の椅子に座って寛いでる人もいる。
「――今日はこの辺でいっかな」
 と、不意に朋美さんが振り返る。
 ぽかっと空いた場所で、足を止めていた。
 僕は左右を少し見て、「はあ……」と生返事をこぼす。
 どこがいいとか、釣れるとかあるんだろうけど、僕にはよく判らない。
 アスファルトへ降りて、カートを立てる。
「何したらいいですか?」
 朋美さんが笑って、僕が手を離したばかりのカートを指した。
「じゃ、傘と椅子お願い」
 椅子……? と、疑問に思いながらカートを見直す。
 細長い包みが、レジャー用の折り畳み椅子だった。
 肘置きにドリンクホルダーらしい凹みまでついている、ゆったりできそうなものだ。
 パラソルを広げて、椅子が日陰になるようにカートに留める――ヘアクリップが傘に挟まれていた。
 僕が戸惑いながら用意している間に朋美さんはケースから釣り竿を出していた。
 いかにも慣れた手際で、リールを取り付けて、糸と竿を伸ばしてゆく。
 僕と椅子と傘を見て「いいね」と頷く。
「女の子してるけど、力仕事いい?」
「あ――はい」
 女の子じゃないし。
「バケツ入ってるから、水汲んで」
 クーラーボックスの上にある箱に、ぺたっと畳まれたバケツが二つ入っていた。持ち手に長くロープが結びつけられているのと、何もないもの。
「水って、どこですか?」
 管理棟の中にトイレがあるって言ってたけど、そこの水道かな?
 朋美さんが目を丸くする。
「どこって――そっか」
 ぷっ、と吹き出してから柵の向こう――海面を指差す。
 爪に貼られた石が陽光にきらめく。
「海水だよ。そっちにも四分の一くらい入れといてね」
 ――あ、そのためのロープなんだ。
 ようやく理解できた僕はロープを握って、バケツを海に落とす。くるくると回していくぶん苦戦したものの、一杯になったバケツを引き上げ――重い。
 たいして大きくないのに、手にぐいっとロープが食い込んでくる。
 数メートルの高さを必死で引き上げて――こぼして足にかけそうになりながら、満杯のところからもう一つのバケツに海水を一部移す。
 ロープつきバケツはそのまま、柵の近くに置く。
 数メートルくらいありそうな竿の準備を終えた様子の朋美さんは「お疲れ、座ってていいよ」と僕に微笑みかけ、ロープのついていない方のバケツにクーラーボックスから出した、ビニール袋に入れたままのブロック状の何かをごとんと入れた。
 ロープの痕が残る手を揉みながら、言葉に甘えて少し飲んだ麦茶のペットボトルを肘置きのドリンクホルダーに入れて、腰を下ろそうとしてそれに興味が湧く。
「何ですか?」
「アミエビ――って、そっか、知らないよね」
 朋美さんが苦笑する。
「簡単に言えば、これがエサ。エビって云うけどプランクトン。昨夜からゆっくり解凍してたから、今日やっぱり来たかったんだよね」
 温い海水で溶けていくのか、ビニールの中でピンクの塊が崩れてゆく。朋美さんはそこにスプーンを入れ、さらにほぐしてゆく。
 生物なまものの臭いとギャルな朋美さん、というのが、どこか不思議な組み合わせなように感じる。
 朋美さんは釣り糸の先にあるロケットのような形の容器にそのアミエビを詰めた。
 釣り竿のリール部分を片手で押さえ、もう片手で付け根の方を持つ。
 周囲を見回して、僕に向かってにっと歯を見せてから、上段に振りかぶって構え――

 びゅんっ!

 重く鋭い風切り音を伴って釣り竿がしなる。

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