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6 戦慄の身内バレ、そして彼女の秘密
6-1 兄は姉になりました?
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三人の表情がそれぞれ変わる。
朋美さんは口角を下げた。
妹は瞳に疑問を浮かべた。
僕は片頬を引きつらせた。
朋美さんが僕を見て、僕は妹に会釈してこの場から離脱――
「待って!」
妹がスマホに触れる――僕の懐の音が止まる。
また、スマホを操作する――鳴り始める。
タップ一回――着信音が消える。
ゆっくり、妹が近付いてきた。
逃げられなくて背けようとする僕の顔を追ってくる。
「うそ……」
妹の目が見る見る大きく開かれていき、日の暮れた住宅街に声が響く。
「うっそぉぉぉ!?」
「恵理香うるさい」
妹が――恵理香が、今度こそ顔全体で驚きを見せた。
言ってから、決定的な一言だったことに気付く。
「あ……」
車から、朋美さんが笑い声をあげた。
「もう無理だわいっちゃん。アタシ車停めてくるから、ちょっと待ってて」
「ええ――えええっ!?」
恵理香はさらに信じられないといった声で僕と朋美さんを何度も見比べる。
軽く手を振って、朋美さんが車を発進させた。
「ええっ……あのゴ――兄さんが女の子になってしかもギャルなお姉さまと知り合いで……」
ゴミ、って言いかけたなこの妹。
「ちょっと待って頭ついてかん。いや、でも……」
恵理香が頭を抱えてしゃがみこんでいると、朋美さんが戻ってきた。
「お待たせ。どれ持てばいい?」
「いや、あの……」
妹が朋美さんを見上げて、あらためて「ぅわ……」と呟く。
僕もさすがに観念して、妹の荷物に「僕も運ぶよ」と近寄る。
「待って!」
勢いよく恵理香が立ち上がった。
「声、どげんしたと?」
意識していたらしいはずの標準語が消えていた。
「作ってる」
短く答えて、妹を促す。
「ここで喋ってても迷惑だろ。部屋行くぞ」
「あ、うん……」
びっくりするくらい素直に、恵理香は頷いた。
荷物ひとつずつ持って、僕の部屋に入る。
ドアを閉めた途端に、矢継ぎ早に妹は質問を乱投してきた。
「何で女の子しとーと? 手術したん? お姉さまはどげんしたと? それに、それに……」
僕がエアコンをオンにした部屋じゅう、走り回って見てゆく。
「ばり女の子の部屋やん……あ、このブラウスいいな。こっちのスカートも可愛い」
洗面所に行って「うわぁっ!」と発したあと、戻ってくる。
「落ち着けよ」
「落ち着いてられんわ!」
妹が僕に迫り、下から顔を覗き込んできて、髪を引っ張る――ちょっと痛い。
「なんこのナチュラルメイクに髪――」
「説明していいか?」
朋美さんは面白そうに――あるいは興味深そうに、妹を微笑みと共に見守っていた。
「うん、いや、その前に一言」
と、恵理香は僕の手を握ってきた。
数年間、接近することさえ拒む空気だったのに、ぎゅっと掴んで上下に振る。
僕を見る視線も、実家にいた頃と明らかに違っていた。
「いい! 超よかよ、お兄ちゃん!」
呼び方もガラリと変わった。
「あ――お姉ちゃん、のほうがいい?」
「兄だよ、僕は。手術しないし」
「えー。こんな可愛いんやったら、もう女の子になったらよかろうもん……」
ぼそっと言うが、それでも妹の反応は予想外だった。
「とりあえず適当に座って。麦茶でいい?」
「うん――あっ!」
床の長いクッションに腰を下ろそうとして、しかし座らずに恵理香はスマホを取り出してぱぱっと操作する。
「あ、お母さん? うん、今着いたとこ」
息を呑んだ。朋美さんも目を丸くする。
手を伸ばすけど妹に肘で阻まれる。
「ん、大丈夫やったよ。お兄ちゃんも元気そう。
――そんな心配なかよ、フツーフツー。ちゃんとしとうよ」
えっ?
妹と母との通話は続く。
「で、お願いなんやけど、うちの学校カバン、こっちに送ってくれんと? 着払いでよかけん」
何を言い出すんだこの妹は。
朋美さんと顔を見合わせる。
「三日くらい、って言うとったけど今月いっぱいこっちでお兄ちゃんとおりたい。
服?――そうやね、適当でよかよ。
お兄ちゃん洗濯機も持っとーの。部屋も汚くないし、ばりちゃんとしとうよ」
話の展開が見えてきた。けど、何を勝手なことを決めてるんだ。
「お兄ちゃん? うん、いるけど――」
スマホのマイク部分を押さえて、僕を見て小声で言う。
「おに――お姉ちゃん、代われる? その声やとヤバかけん、あかんかったら適当に言うけど」
「大丈夫」
あと『お姉ちゃん』は改めさせないと。
咳払いして、恵理香のスマホを受け取る。
「もしもし? あー、はいはい、大丈夫やって」
瞬時に戻した男声に、恵理香はさらにぽかんと口を開けていた。
「んで何なん、今月――あと半月くらい? こっちにおるって。おれも予定とかあるんやけど」
『まあそう言わんと。久しぶりやん』
安心した様子の母の声。ふと見ると、朋美さんと妹が何か話していた。
『ちゃんとしとお、って恵理香が言いよるけど、そうなん?」
「コインランドリーやと金かかってしょんなか。料理もしようで」
『へぇ~、お父さんが聞いたら怒るかも知れんけど、よかね。欲しいもん何かなか?』
「すぐ思いつかんけん、よかよ。――恵理香に代わる」
スマホを妹に返す。
妹はさらにいくつか母と話し、
「そうやお母さん、あとうちの制服もお願い。お兄ちゃんの行ってる大学のオープンキャンパスあるらしくて行きたいけん。
うん、はい、解っとおよ、はーい」
と、通話を終了させた。
僕は喉を動かして女声に戻そうとしながら、三人分の麦茶を用意する。
僕の部屋は朋美さんのところより狭いけど、レイアウトは似ている――似せている。
テーブルに大きさの違うグラスを置いて二人を促すと、長クッションとはテーブルを挟んだ向かい側に置いてある丸クッションに、妹がまず座った。
朋美さんが満面の笑顔とともに拍手して、長クッションに行く。
「結果オーライだったね、いっちゃん」
どちらも深めに沈み込めるもので、これがうちの椅子代わりだ。
僕も長クッションに――朋美さんの隣に座る。
「何なん――いや、バラさないでいてくれたのはありがたいけど」
トーンの変わった僕の声に、妹はまた目を丸くする。
「お姉ちゃん――びっくりしすぎてうちどげんしたらええか、わからん」
「それならまず、お姉ちゃんはやめて」
「だって、その声でその見た目で、お兄ちゃんはなかろう」
譲る気配もない。
「それで? 紹介してよ。こんなばり格好いいお姉さま、どげん――どうしたの?」
少し落ち着いたのか、標準語を意識しはじめたようだ。
朋美さんは口角を下げた。
妹は瞳に疑問を浮かべた。
僕は片頬を引きつらせた。
朋美さんが僕を見て、僕は妹に会釈してこの場から離脱――
「待って!」
妹がスマホに触れる――僕の懐の音が止まる。
また、スマホを操作する――鳴り始める。
タップ一回――着信音が消える。
ゆっくり、妹が近付いてきた。
逃げられなくて背けようとする僕の顔を追ってくる。
「うそ……」
妹の目が見る見る大きく開かれていき、日の暮れた住宅街に声が響く。
「うっそぉぉぉ!?」
「恵理香うるさい」
妹が――恵理香が、今度こそ顔全体で驚きを見せた。
言ってから、決定的な一言だったことに気付く。
「あ……」
車から、朋美さんが笑い声をあげた。
「もう無理だわいっちゃん。アタシ車停めてくるから、ちょっと待ってて」
「ええ――えええっ!?」
恵理香はさらに信じられないといった声で僕と朋美さんを何度も見比べる。
軽く手を振って、朋美さんが車を発進させた。
「ええっ……あのゴ――兄さんが女の子になってしかもギャルなお姉さまと知り合いで……」
ゴミ、って言いかけたなこの妹。
「ちょっと待って頭ついてかん。いや、でも……」
恵理香が頭を抱えてしゃがみこんでいると、朋美さんが戻ってきた。
「お待たせ。どれ持てばいい?」
「いや、あの……」
妹が朋美さんを見上げて、あらためて「ぅわ……」と呟く。
僕もさすがに観念して、妹の荷物に「僕も運ぶよ」と近寄る。
「待って!」
勢いよく恵理香が立ち上がった。
「声、どげんしたと?」
意識していたらしいはずの標準語が消えていた。
「作ってる」
短く答えて、妹を促す。
「ここで喋ってても迷惑だろ。部屋行くぞ」
「あ、うん……」
びっくりするくらい素直に、恵理香は頷いた。
荷物ひとつずつ持って、僕の部屋に入る。
ドアを閉めた途端に、矢継ぎ早に妹は質問を乱投してきた。
「何で女の子しとーと? 手術したん? お姉さまはどげんしたと? それに、それに……」
僕がエアコンをオンにした部屋じゅう、走り回って見てゆく。
「ばり女の子の部屋やん……あ、このブラウスいいな。こっちのスカートも可愛い」
洗面所に行って「うわぁっ!」と発したあと、戻ってくる。
「落ち着けよ」
「落ち着いてられんわ!」
妹が僕に迫り、下から顔を覗き込んできて、髪を引っ張る――ちょっと痛い。
「なんこのナチュラルメイクに髪――」
「説明していいか?」
朋美さんは面白そうに――あるいは興味深そうに、妹を微笑みと共に見守っていた。
「うん、いや、その前に一言」
と、恵理香は僕の手を握ってきた。
数年間、接近することさえ拒む空気だったのに、ぎゅっと掴んで上下に振る。
僕を見る視線も、実家にいた頃と明らかに違っていた。
「いい! 超よかよ、お兄ちゃん!」
呼び方もガラリと変わった。
「あ――お姉ちゃん、のほうがいい?」
「兄だよ、僕は。手術しないし」
「えー。こんな可愛いんやったら、もう女の子になったらよかろうもん……」
ぼそっと言うが、それでも妹の反応は予想外だった。
「とりあえず適当に座って。麦茶でいい?」
「うん――あっ!」
床の長いクッションに腰を下ろそうとして、しかし座らずに恵理香はスマホを取り出してぱぱっと操作する。
「あ、お母さん? うん、今着いたとこ」
息を呑んだ。朋美さんも目を丸くする。
手を伸ばすけど妹に肘で阻まれる。
「ん、大丈夫やったよ。お兄ちゃんも元気そう。
――そんな心配なかよ、フツーフツー。ちゃんとしとうよ」
えっ?
妹と母との通話は続く。
「で、お願いなんやけど、うちの学校カバン、こっちに送ってくれんと? 着払いでよかけん」
何を言い出すんだこの妹は。
朋美さんと顔を見合わせる。
「三日くらい、って言うとったけど今月いっぱいこっちでお兄ちゃんとおりたい。
服?――そうやね、適当でよかよ。
お兄ちゃん洗濯機も持っとーの。部屋も汚くないし、ばりちゃんとしとうよ」
話の展開が見えてきた。けど、何を勝手なことを決めてるんだ。
「お兄ちゃん? うん、いるけど――」
スマホのマイク部分を押さえて、僕を見て小声で言う。
「おに――お姉ちゃん、代われる? その声やとヤバかけん、あかんかったら適当に言うけど」
「大丈夫」
あと『お姉ちゃん』は改めさせないと。
咳払いして、恵理香のスマホを受け取る。
「もしもし? あー、はいはい、大丈夫やって」
瞬時に戻した男声に、恵理香はさらにぽかんと口を開けていた。
「んで何なん、今月――あと半月くらい? こっちにおるって。おれも予定とかあるんやけど」
『まあそう言わんと。久しぶりやん』
安心した様子の母の声。ふと見ると、朋美さんと妹が何か話していた。
『ちゃんとしとお、って恵理香が言いよるけど、そうなん?」
「コインランドリーやと金かかってしょんなか。料理もしようで」
『へぇ~、お父さんが聞いたら怒るかも知れんけど、よかね。欲しいもん何かなか?』
「すぐ思いつかんけん、よかよ。――恵理香に代わる」
スマホを妹に返す。
妹はさらにいくつか母と話し、
「そうやお母さん、あとうちの制服もお願い。お兄ちゃんの行ってる大学のオープンキャンパスあるらしくて行きたいけん。
うん、はい、解っとおよ、はーい」
と、通話を終了させた。
僕は喉を動かして女声に戻そうとしながら、三人分の麦茶を用意する。
僕の部屋は朋美さんのところより狭いけど、レイアウトは似ている――似せている。
テーブルに大きさの違うグラスを置いて二人を促すと、長クッションとはテーブルを挟んだ向かい側に置いてある丸クッションに、妹がまず座った。
朋美さんが満面の笑顔とともに拍手して、長クッションに行く。
「結果オーライだったね、いっちゃん」
どちらも深めに沈み込めるもので、これがうちの椅子代わりだ。
僕も長クッションに――朋美さんの隣に座る。
「何なん――いや、バラさないでいてくれたのはありがたいけど」
トーンの変わった僕の声に、妹はまた目を丸くする。
「お姉ちゃん――びっくりしすぎてうちどげんしたらええか、わからん」
「それならまず、お姉ちゃんはやめて」
「だって、その声でその見た目で、お兄ちゃんはなかろう」
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「それで? 紹介してよ。こんなばり格好いいお姉さま、どげん――どうしたの?」
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