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6 戦慄の身内バレ、そして彼女の秘密
6-5 彼女への復讐
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振り返ると、長身の男の人が僕を見て――いや、男の人じゃない。
「ユキ……さん?」
「どうして俺のことを? いや、トモに聞いてるのか」
ユキさんの声は、ハスキーというか低めだった。
「キミは確か、トモ――朋美の彼氏だよな」
カレシ? そうなれた覚えはない。ていうかユキさんの方がお似合いなんじゃ……
肯定も否定もしない僕に、ユキさんがスマホを出して見せた。
「朋美に何かあったの?」
柔らかな響きの中に緊迫感があった。
「朋美からワン切りがあって、気になって来てみたんだけど」
ほら。彼女は、ユキさんには電話してるんだ。
僕のモヤモヤした気持ちが顔に出ているらしい。ユキさんがスマホを操作する。
しばらく画面を見て、また少し指を走らせる。男の人のような女の人のような、節立ってはいるけどキレイな手だな、などとこの場であまり重要そうじゃないことを思う。
細かく震えたスマホの画面を見て、ユキさんが眉をひそめて、それを僕に向けてきた。
『いま忙しいから。ごめんね』
彼女からのメッセージが、謝る顔文字とスタンプ付きで表示されていた。
「――何だか変な感じがするけど、どう思う?」
って、カレシでもない僕には何も……
……あっ。
「顔文字とスタンプ……?」
「あぁ!」
納得したようにユキさんが頷く。
「さすが――えっと、樹ちゃんだっけ」
僕の名前、彼女が知らせてるんだろうけど……
ユキさんが、出てきたここの住人らしい人にジロっと見られて会釈する。
「ここで話してたら俺たちの方が不審者扱いされそうだな」
「あっ、今入れば……」
「勝手に入ったら駄目だよ、樹ちゃん」
ユキさんに諭されている間に、自動ドアが閉まる。
「駅前にマックか何かあったよな。そっちでちょっと話そうか」
と、男の人に見える女性に、女の子のような僕は誘われた。
駅前のマックでお互いに簡単な自己紹介をする。
ユキさんは本当に男の人みたいで、しかも僕を女の子扱いしてくれて、それは前にサークルの男性陣にされたのと違う、下心のない感じで胸に響いた。
飲み物だけオーダーして向かい合う。
「ユキさんは――研究のこと、知ってたんですか?」
気になっていたことを尋ねると、彼は困ったような苦笑を見せた。
「前に会った時、樹ちゃんもいたよな。
俺が、朋美からそのことを聞いたのは、あの後だよ。再会は本当に偶然だった」
でも知ってたんだ……モヤッとした感情が渦巻く。
ユキさんがスマホを出す。
「昨日、電話があったよ。キミとのことと、研究のことで。
泣いてたけど、話聞いたら『それは朋美が悪い』って言っちまった」
えっ、とユキさんの顔を見る。彼女の味方をすると思ったけど……
「そんなの樹ちゃんに失礼じゃないか。俺には言ってるのにキミには言ってないなんて、フェアでもない。『それ以上に大切なんだもん』って言うのは言い訳にもならない」
ユキさんは、意識して『男っぽく』喋ろうとしているような気がした。
そして、ひとつの単語が引っかかる。
「大切……」
そう、とユキさんが頷く。
「でも、それだったら尚更、ちゃんと言うべきだ――そう言ったら『だって……』って泣きながら通話切られたよ。
――樹ちゃん」
ユキさんは、神妙な表情を浮かべていた。
「朋美のこと、今回は許してやれないかな。引っ込み思案で不器用なんだよ、ああ見えて」
釣りの技術は器用になっていってるのにな、と冗談めかして、僕もくすっと笑う。
許すなんて――とドロドロ思う、けど、その中に別の声が差し込まれる。
彼女は、何のために大学院まで行って、この研究をするんだろう――
「――話、してみます」
僕がそう言うと、彼は「よかった」と笑顔になった。
「樹ちゃんならあの子のこと、理解も助けもしてやれると思ってる。
――それで」
と、切り替えてきて思い出す。
「朋美に何かあったのか、イヤな予感がするんだけど――」
彼がスマホを取ろうと手を伸ばしたところに、影が差した。
「ユキくん! 誰この女ッ!」
OL風の女の人がテーブルの横で僕を睨んでいた。
「理沙?」
ユキさんが言ったのがこの女の人の名前らしい。
彼女は店の隅々まで届きそうな声で見るからに怒りを爆発させる。
「朝からこんなところで何やってるかと思ったら……ッ!
この前のギャルといい――見てよ! 他の男とも遊んでるこんなののどこがいいのよ!」
叩きつけるようにテーブルに置いた彼女のスマホには、写真が表示されているようだった。
「これって――っ!」
ユキさんが息を呑んで、気圧されていた僕もその写真を見る。
見覚えのない車の助手席に座ってるのは、目を閉じている朋美さんだった。運転席と後ろから伸びてきている手が、彼女の豊かな胸を押している。
「理沙っ! これいつ撮ったんだ!?」
「さ……三十分くらい、前かな……」
ユキさんの剣幕に、彼女の勢いが削がれる。
「樹ちゃん!」
彼女のスマホを僕に向けておいて、ユキさんは立ち上がって彼女を抱きしめた。
「えっ……ユキ、くん?」
「ありがとう理沙! 樹ちゃん、この男か車に心当たりはある?」
僕にそう言って、彼女に簡潔に紹介される。
「理沙、このギャルみたいなのは俺の従妹。妹みたいなモンで、この子はその従妹の彼氏」
彼女が「えっ?」と僕をじっと見て――また大きな声をあげた。
「えええええっ!?」
ユキさんのおごりのドリンクを持ってきた理沙さんは僕をしげしげと見ていたけど、ユキさんにたしなめられて座り直した。
僕は理沙さんが撮った写真をじっくり見て、ふと閃く。
自分のスマホを出して動画サイトを開き、保存したリストから一本の動画を呼び出した。
「樹ちゃん?」
「これ、なんですけど……」
三ヶ月も経っていないのに、半年以上前のようにも思える、僕がナンパ男を撃退した動画だ。
「この男――」
運転している男に似ている気がする。
動画を止めて、そのスクリーンショットを撮って、アルバムで開いて拡大する。
「こいつだ……」
ということは、写っている後ろからの手はもう一人なのか。
動画を見た理沙さんが、僕に謝る。
「ごめんなさいね。動画の彼女さん嫌がってるよね。それに彼女さんを守るあなた、格好いい」
「そんな、いいですよ」
彼氏彼女と言えないし――とは内心でつぶやく。
「こうなると彼女さん、心配よね……ユキくん、車は横浜の方に走って行ったよ」
理沙さんは真剣な表情でユキさんを見る。
朋美さんと、以前僕が追い払ったナンパ男、という組み合わせは悪い予感しかしない。
「どうしよう――どこ行くんだろう……」
横浜方面、といっても全然特定も想像もできない。この男たちとはつり公園でしか遭遇したことないから、どこに住んでるかなんてことも知らない。
スマホが震えた。
着信かと思って飛びつくように見ると――SNSの通知だった。
「なんだよ……」
――いや。
思いついて、そのアプリを起動する。
「これ、なんて車かわかります?」
ユキさんと理沙さん――ふたりとも社会人で、僕よりも朋美さんよりも年上だ――に教えてもらった車の名前と、色と、ナンバーを入れて『この車を探しています。情報あったら教えてください。でも見つけても近付かないでください』と書いて、発信する。
数秒後――
スマホがぶんぶんと震えて、次々に通知を告げはじめた。
「すご……なんなの、あなた」
理沙さんが驚いて僕を見る。僕は曖昧に笑って、どんどん出てくるレスを見ていく。
『逗子ICから上乗っていったよ、いつきちゃん、どうしたの?』『館林で似たの見たかも』『大黒方面に走ってた』『渋谷でいつも見る』『俺の車に似てる@神戸』『どうして探してるの?』『浮島JCTで見た』本当か嘘か判らないものまでひっきりなしに返信が来るのが怖くなって、僕は先の問いかけを削除して『情報ありがとうございます!』と書き込んでおく。
スマホが沈黙して――もう一度、通知があった。
軽率なことをしたとため息を吐きながらもそれを見ると、写真が送られてきていた。
「――これ、っ!」
色もナンバーも同じ車が停まった、駐車場の写真だった。『今海ほたるにいるよ』と書かれている画面を、二人にも見せる。
「どこか、判ります?」
「海ほたるって、アクアラインの中にあるパーキングだ」
地図アプリを開く。現在地から縮尺を変えて、地図を広げてゆく。
川崎から千葉をつなぐ、東京湾を横切る道路だった。
「私、車で来てる! 乗って!」
理沙さんが立ち上がった。
海ほたるパーキング駐車場の隅に、その車はいた。
すぐ隣にもう一台別の車がいる。
理沙さんが車を停めきるより前に僕は車を飛び出して、その車に走っていた。
ドアに手をかけて開けようとする――開かない。
ガチャガチャと何度か繰り返していると内側から開けられて男が顔を出す。
「なんだお前――」
あれ? 前に会った男と違う。
焦る。間違えたのか――
「いやっ! やめてっ!」
女の人の声がした。
聞き間違えようがない。
「朋美さんっ!」
力いっぱい呼ぶ。
「いつき……くん?」
男の体で、車の中が見えない。
「おう、どうした?」
別の男が出てきて、僕を見て――手首を掴まれた。
「ギャルの片割れじゃねえか。おう、こう見えて男だぜこいつ」
「うっそ、マジで?」
覗き込まれる。
「好きにしていいぞ」
見たことのある男が僕に言う。
「ギャルちゃん一人にしてくれたお礼もしてやらねぇとなァ」
車の中に引き込まれた。
倒した助手席に寝かされていた朋美さんの涙目と合う。
「いつきくん!?」
朋美さんに男が乗っていた。上は裸で、ショートパンツが下ろされそうなのを抵抗していた。
僕の胸とスカートの中に男の手が入ってくる。がっちりと押さえこまれて逃げられない。
「うわ、マジ男だキモっ」
「やめてっ!」
暴れる。
男を弱く蹴る。ブラウスが破れる。頭を振って頭突きのように男にぶつかる。
殴られる。
車のドアを蹴る。スカートが下ろされる。捻られた手首が痺れてくる。
「彼女を離せっ!」
あの時撃退したのは僕だ。恨んで復讐するなら僕にしろよ。朋美さんを狙うのは筋違いだ。
「嫌がってるだろっ、やめろっ!」
言葉ばっかりだな、僕は……
「黙って見てろよ、男のクセに変な格好しやがって――いや、お前もヤってやるか」
男の手が僕の尻をわしづかみにしてくる。痛くて気持ち悪い。
「僕は変じゃない! こんなことしてるお前たちの方がおかしかっ!」
車のドアが乱雑に叩かれた。
「んだよ……」
別の男が開ける――バタバタと乗り込んできた制服が見えた。
車内の動きが止まる。
警察だった。
移動中に蕪井さんに連絡を入れていたのが、よかった――のかな。
ユキさんが走ってくるのも視界の端に入る。
這うように動いて、朋美さんに近寄る。
「いつき……くん? どうして?」
半日ぶりに会う朋美さんは、潤んだ瞳で僕を見た。
胸が疼く。
ああ……やっぱり、僕は、
「朋美さん――」
僕の声は、サイレンにかき消された。
数台のパトカーと救急車が、二台の車を囲んでいた。
僕は、朋美さんの手を取って――そこで、気が抜けてしまった。
「ユキ……さん?」
「どうして俺のことを? いや、トモに聞いてるのか」
ユキさんの声は、ハスキーというか低めだった。
「キミは確か、トモ――朋美の彼氏だよな」
カレシ? そうなれた覚えはない。ていうかユキさんの方がお似合いなんじゃ……
肯定も否定もしない僕に、ユキさんがスマホを出して見せた。
「朋美に何かあったの?」
柔らかな響きの中に緊迫感があった。
「朋美からワン切りがあって、気になって来てみたんだけど」
ほら。彼女は、ユキさんには電話してるんだ。
僕のモヤモヤした気持ちが顔に出ているらしい。ユキさんがスマホを操作する。
しばらく画面を見て、また少し指を走らせる。男の人のような女の人のような、節立ってはいるけどキレイな手だな、などとこの場であまり重要そうじゃないことを思う。
細かく震えたスマホの画面を見て、ユキさんが眉をひそめて、それを僕に向けてきた。
『いま忙しいから。ごめんね』
彼女からのメッセージが、謝る顔文字とスタンプ付きで表示されていた。
「――何だか変な感じがするけど、どう思う?」
って、カレシでもない僕には何も……
……あっ。
「顔文字とスタンプ……?」
「あぁ!」
納得したようにユキさんが頷く。
「さすが――えっと、樹ちゃんだっけ」
僕の名前、彼女が知らせてるんだろうけど……
ユキさんが、出てきたここの住人らしい人にジロっと見られて会釈する。
「ここで話してたら俺たちの方が不審者扱いされそうだな」
「あっ、今入れば……」
「勝手に入ったら駄目だよ、樹ちゃん」
ユキさんに諭されている間に、自動ドアが閉まる。
「駅前にマックか何かあったよな。そっちでちょっと話そうか」
と、男の人に見える女性に、女の子のような僕は誘われた。
駅前のマックでお互いに簡単な自己紹介をする。
ユキさんは本当に男の人みたいで、しかも僕を女の子扱いしてくれて、それは前にサークルの男性陣にされたのと違う、下心のない感じで胸に響いた。
飲み物だけオーダーして向かい合う。
「ユキさんは――研究のこと、知ってたんですか?」
気になっていたことを尋ねると、彼は困ったような苦笑を見せた。
「前に会った時、樹ちゃんもいたよな。
俺が、朋美からそのことを聞いたのは、あの後だよ。再会は本当に偶然だった」
でも知ってたんだ……モヤッとした感情が渦巻く。
ユキさんがスマホを出す。
「昨日、電話があったよ。キミとのことと、研究のことで。
泣いてたけど、話聞いたら『それは朋美が悪い』って言っちまった」
えっ、とユキさんの顔を見る。彼女の味方をすると思ったけど……
「そんなの樹ちゃんに失礼じゃないか。俺には言ってるのにキミには言ってないなんて、フェアでもない。『それ以上に大切なんだもん』って言うのは言い訳にもならない」
ユキさんは、意識して『男っぽく』喋ろうとしているような気がした。
そして、ひとつの単語が引っかかる。
「大切……」
そう、とユキさんが頷く。
「でも、それだったら尚更、ちゃんと言うべきだ――そう言ったら『だって……』って泣きながら通話切られたよ。
――樹ちゃん」
ユキさんは、神妙な表情を浮かべていた。
「朋美のこと、今回は許してやれないかな。引っ込み思案で不器用なんだよ、ああ見えて」
釣りの技術は器用になっていってるのにな、と冗談めかして、僕もくすっと笑う。
許すなんて――とドロドロ思う、けど、その中に別の声が差し込まれる。
彼女は、何のために大学院まで行って、この研究をするんだろう――
「――話、してみます」
僕がそう言うと、彼は「よかった」と笑顔になった。
「樹ちゃんならあの子のこと、理解も助けもしてやれると思ってる。
――それで」
と、切り替えてきて思い出す。
「朋美に何かあったのか、イヤな予感がするんだけど――」
彼がスマホを取ろうと手を伸ばしたところに、影が差した。
「ユキくん! 誰この女ッ!」
OL風の女の人がテーブルの横で僕を睨んでいた。
「理沙?」
ユキさんが言ったのがこの女の人の名前らしい。
彼女は店の隅々まで届きそうな声で見るからに怒りを爆発させる。
「朝からこんなところで何やってるかと思ったら……ッ!
この前のギャルといい――見てよ! 他の男とも遊んでるこんなののどこがいいのよ!」
叩きつけるようにテーブルに置いた彼女のスマホには、写真が表示されているようだった。
「これって――っ!」
ユキさんが息を呑んで、気圧されていた僕もその写真を見る。
見覚えのない車の助手席に座ってるのは、目を閉じている朋美さんだった。運転席と後ろから伸びてきている手が、彼女の豊かな胸を押している。
「理沙っ! これいつ撮ったんだ!?」
「さ……三十分くらい、前かな……」
ユキさんの剣幕に、彼女の勢いが削がれる。
「樹ちゃん!」
彼女のスマホを僕に向けておいて、ユキさんは立ち上がって彼女を抱きしめた。
「えっ……ユキ、くん?」
「ありがとう理沙! 樹ちゃん、この男か車に心当たりはある?」
僕にそう言って、彼女に簡潔に紹介される。
「理沙、このギャルみたいなのは俺の従妹。妹みたいなモンで、この子はその従妹の彼氏」
彼女が「えっ?」と僕をじっと見て――また大きな声をあげた。
「えええええっ!?」
ユキさんのおごりのドリンクを持ってきた理沙さんは僕をしげしげと見ていたけど、ユキさんにたしなめられて座り直した。
僕は理沙さんが撮った写真をじっくり見て、ふと閃く。
自分のスマホを出して動画サイトを開き、保存したリストから一本の動画を呼び出した。
「樹ちゃん?」
「これ、なんですけど……」
三ヶ月も経っていないのに、半年以上前のようにも思える、僕がナンパ男を撃退した動画だ。
「この男――」
運転している男に似ている気がする。
動画を止めて、そのスクリーンショットを撮って、アルバムで開いて拡大する。
「こいつだ……」
ということは、写っている後ろからの手はもう一人なのか。
動画を見た理沙さんが、僕に謝る。
「ごめんなさいね。動画の彼女さん嫌がってるよね。それに彼女さんを守るあなた、格好いい」
「そんな、いいですよ」
彼氏彼女と言えないし――とは内心でつぶやく。
「こうなると彼女さん、心配よね……ユキくん、車は横浜の方に走って行ったよ」
理沙さんは真剣な表情でユキさんを見る。
朋美さんと、以前僕が追い払ったナンパ男、という組み合わせは悪い予感しかしない。
「どうしよう――どこ行くんだろう……」
横浜方面、といっても全然特定も想像もできない。この男たちとはつり公園でしか遭遇したことないから、どこに住んでるかなんてことも知らない。
スマホが震えた。
着信かと思って飛びつくように見ると――SNSの通知だった。
「なんだよ……」
――いや。
思いついて、そのアプリを起動する。
「これ、なんて車かわかります?」
ユキさんと理沙さん――ふたりとも社会人で、僕よりも朋美さんよりも年上だ――に教えてもらった車の名前と、色と、ナンバーを入れて『この車を探しています。情報あったら教えてください。でも見つけても近付かないでください』と書いて、発信する。
数秒後――
スマホがぶんぶんと震えて、次々に通知を告げはじめた。
「すご……なんなの、あなた」
理沙さんが驚いて僕を見る。僕は曖昧に笑って、どんどん出てくるレスを見ていく。
『逗子ICから上乗っていったよ、いつきちゃん、どうしたの?』『館林で似たの見たかも』『大黒方面に走ってた』『渋谷でいつも見る』『俺の車に似てる@神戸』『どうして探してるの?』『浮島JCTで見た』本当か嘘か判らないものまでひっきりなしに返信が来るのが怖くなって、僕は先の問いかけを削除して『情報ありがとうございます!』と書き込んでおく。
スマホが沈黙して――もう一度、通知があった。
軽率なことをしたとため息を吐きながらもそれを見ると、写真が送られてきていた。
「――これ、っ!」
色もナンバーも同じ車が停まった、駐車場の写真だった。『今海ほたるにいるよ』と書かれている画面を、二人にも見せる。
「どこか、判ります?」
「海ほたるって、アクアラインの中にあるパーキングだ」
地図アプリを開く。現在地から縮尺を変えて、地図を広げてゆく。
川崎から千葉をつなぐ、東京湾を横切る道路だった。
「私、車で来てる! 乗って!」
理沙さんが立ち上がった。
海ほたるパーキング駐車場の隅に、その車はいた。
すぐ隣にもう一台別の車がいる。
理沙さんが車を停めきるより前に僕は車を飛び出して、その車に走っていた。
ドアに手をかけて開けようとする――開かない。
ガチャガチャと何度か繰り返していると内側から開けられて男が顔を出す。
「なんだお前――」
あれ? 前に会った男と違う。
焦る。間違えたのか――
「いやっ! やめてっ!」
女の人の声がした。
聞き間違えようがない。
「朋美さんっ!」
力いっぱい呼ぶ。
「いつき……くん?」
男の体で、車の中が見えない。
「おう、どうした?」
別の男が出てきて、僕を見て――手首を掴まれた。
「ギャルの片割れじゃねえか。おう、こう見えて男だぜこいつ」
「うっそ、マジで?」
覗き込まれる。
「好きにしていいぞ」
見たことのある男が僕に言う。
「ギャルちゃん一人にしてくれたお礼もしてやらねぇとなァ」
車の中に引き込まれた。
倒した助手席に寝かされていた朋美さんの涙目と合う。
「いつきくん!?」
朋美さんに男が乗っていた。上は裸で、ショートパンツが下ろされそうなのを抵抗していた。
僕の胸とスカートの中に男の手が入ってくる。がっちりと押さえこまれて逃げられない。
「うわ、マジ男だキモっ」
「やめてっ!」
暴れる。
男を弱く蹴る。ブラウスが破れる。頭を振って頭突きのように男にぶつかる。
殴られる。
車のドアを蹴る。スカートが下ろされる。捻られた手首が痺れてくる。
「彼女を離せっ!」
あの時撃退したのは僕だ。恨んで復讐するなら僕にしろよ。朋美さんを狙うのは筋違いだ。
「嫌がってるだろっ、やめろっ!」
言葉ばっかりだな、僕は……
「黙って見てろよ、男のクセに変な格好しやがって――いや、お前もヤってやるか」
男の手が僕の尻をわしづかみにしてくる。痛くて気持ち悪い。
「僕は変じゃない! こんなことしてるお前たちの方がおかしかっ!」
車のドアが乱雑に叩かれた。
「んだよ……」
別の男が開ける――バタバタと乗り込んできた制服が見えた。
車内の動きが止まる。
警察だった。
移動中に蕪井さんに連絡を入れていたのが、よかった――のかな。
ユキさんが走ってくるのも視界の端に入る。
這うように動いて、朋美さんに近寄る。
「いつき……くん? どうして?」
半日ぶりに会う朋美さんは、潤んだ瞳で僕を見た。
胸が疼く。
ああ……やっぱり、僕は、
「朋美さん――」
僕の声は、サイレンにかき消された。
数台のパトカーと救急車が、二台の車を囲んでいた。
僕は、朋美さんの手を取って――そこで、気が抜けてしまった。
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