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Ex 雨降って地固まって、次の事件?(エピローグ)

落ち着いたような落ち着かないようなエピローグ

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 第十回の収録をしたのは、九月だった。
 大学はもう少し夏休みがあるけど、妹はさすがに八月末に全力で惜しみつつ、帰っていった。
 僕と朋美さんの関係が進んだことを心の底から祝福してくれたのは嬉しい――けど、朋美さんに「不束かなですけど、どうか何卒末永く、よろしくお願いしますっ」というのはどうかと思う……
「年末にまた来るね! お姉ちゃん」
 そう言って、僕と朋美さんと抱き合って、何度も振り返っては手を振って、搭乗口に向かっていった。

 その日の夜、僕と朋美さんは、結ばれた。

 第十回は僕のロッドの先端が折れるというハプニングはあったものの、朋美さんの応急処置で事なきを得た――ていうか、ライターはこのためにタックルボックスに入れてたのか、と初めて知った。
 この回のエンディングでまた告知が入る。
「次回はいつきのアンチョビに期待――ってトコで告知でーすっ!」
 明るく、朋美さんが言う。
 隣で僕が、薄いパッケージをそっと出す。
「ついに、いつきとアタシの『キャッチ&すとまっく』DVD発売が決定しました~ぁっ!」
 二人で拍手する。
「特典には『第ゼロ回』の収録と、もう少しおまけも付けて、第一弾が今月末に、そこから後も順次出していく予定ですっ!」
 朋美さんは「ギャル」というを続けている。だから、メディアを前にした時の喋りは相変わらず軽い。
 僕と二人の時や、研究室にいる時は、違う面を見せる。
「FCSオフィシャルショップをチェックしてくださいね!
 それじゃ、またね~っ」
 笑顔で手を振って、録画終了。
 カメラのLEDが消えたのを見て、僕と朋美さんは手をつなぐ。
 蕪井さんが近寄ってきた。
「良かった。前より親密になってて。雨降って――ってことかな?」
 指を組んだ手を見て、ふっと笑いながらタブレットに目を落とした。
「さっ、今日はこれから取材よ」
 それも、釣り雑誌じゃなく、青年誌のだ。
 このデイリーマンション――あの事件のあと、違う場所になっていた――から雜誌社まで、それほど距離はない。
「二人で移動していいですか?」
 朋美さんが言う。蕪井さんは苦笑して、
「ホントはさせたくないんだけどね――まあ、二人の時間、欲しいよね。
 安全運転でね。それに、周りにも気を付けて」
「はぁ~い」
 軽い口調だが、朋美さんは本当に、相当に、注意して運転するようになった。
「そうそう」
 部屋を出ようとした僕たちに、蕪井さんが声をかけてきた。
「二曲目の話が来たわ。準備しておいてね。この前言ってた、樹のレシピ本も」
 僕と朋美さんは顔を見合わせ、振り返って声を合わせた。
「「はいっ!」」
 あれから少し、忙しくなっていた。

 あの事件はまた誰かが撮っていたらしく、動画サイトに上げられた。僕も朋美さんもきわどいところは隠されたものの、地方テレビのニュースでもその日の夜に取り上げられ、動画の再生数はまた八桁を超えていた。
 そこから、蕪井さんの手腕か、これまでの番組の効果か、僕と朋美さんの芸能活動の幅は釣りだけにとどまらなくなってきていた。
 アートワーク以外のグラビアも撮られたし、女性誌にも載った。
 歌のダウンロードとSNSのフォロワーは伸び続けている。
 ギャルと男の娘、という異色の組み合わせが他に見ない、ということもあるのかも知れない。
 朋美さんはどう思っているのか、デートを重ねる中で尋ねたことがあった。
「私はね、ある意味チャンスなのかも、とも思ってる」
 そう言ったのは、大学院の研究室――内定しているからか、朋美さんは好きに使っていいとの許可を得ていた――で、二人の時だった。
「私が世間に言いたいことを、より広く伝えるために。
 まったく無名の女がひっそり本を出すより話題にはなりそうじゃない? メディア関係ともつながりを持ってると、露出の場も増やせる可能性があると思ってるよ」
 二人の時の話し方は、まったくギャルっぽくない。
「それに、ギャルにしても男の娘にしても、外見で印象が左右されてるのは実践というか実証中でしょ?」
 そう言ってにやりと笑う。
 確かに、そんな『ギャルだったら――』という場面にはいくらも遭遇して、そのたびに朋美さんはギャップを見せてきている。
「踏み台――じゃないけど、将来的な広がりも期待できそうじゃない?」
 僕は頷いていた。
 僕は朋美さんの支えになりたいし、僕自身でも朋美さんの主張の助けができるなら、何より嬉しい。
 そうして、一緒にいる。

 短い距離を、朋美さんの運転で走る。
 僕も免許取ろうかな――そう言うと、朋美さんは「知ってる?」と僕をちらっと見た。
「免許証には、性別欄ないんだよ」
「そうなんですか?」
「顔写真も本人確認できればいいから、いっちゃんがその時だけ男装する必要もないし」
 朋美さんは「いいんじゃない? 遠出するとき、運転代われるし」と笑う。
「それにしても――」
 信号待ちで、目を合わせる。
「いっちゃんはどんどん、女の子っぽくなってくね。アイドル扱いも納得だわ」
「朋美さんのほうが、魅力的ですよ」
 はっきり言えるようになった。アイドルというには少々年齢が高い気もするけど、僕と朋美さんでそういう扱いを受けるのは――イヤな気分じゃない。
「女の子っぽいの……イヤですか?」
「まさか!」
 車が動く。
「どんな風にしてても、いっちゃん――樹くんは、樹くん。
 私の好きな、樹くん」
 朋美さんは真っ赤になっていた。
「ほっ、ほら、もう見えてきたし!」
 照れ隠しのように、ギャルを装う。
 これは、彼女の『鎧』だったんだ――と知ったのは、随分あとだった。
 いや、本当はもっと前に知れていたのに、見ていなかったんだ。
 これもひとつの、偏見だ。そういう意味では朋美さんは自分自身も実験台にしている。
 そして僕は女の子のような生活を続けている――というより、

 僕は、だ。

 朋美さんが車を停めたところで、僕のスマホに着信があった。
 恵理香からだ。
 時間はもう少し余裕があるみたいで、通話ボタンを押す。
? 今ちょっと、よか?』
「あまり時間ないけど、どうした?」
 ――お兄ちゃん?
 妹は僕の返答より前に話しだした。
『あっ! 朋美さんとデート中やったと? ごめん! またかけるっちゃね!』
 通話が切られる。
 ――なんだったんだ?
 疑問は解けないけど、仕事もある。
「いっちゃん、行くよー」
「はぁい」
 朋美さんに呼ばれる。
 僕はスカートの裾を揺らして、恋人に駆け寄った。

 取材と撮影――男性誌だからか、妙にきわどかった――のあと見たスマホに、妹からのメッセージが届いていた。
 車の中で、朋美さんと開ける。
『お姉ちゃんが朋美義姉さま助けた動画を、お父さんがどこかで見ちゃったみたいよ』
 衝撃が走った。
『樹はどうしてるか確かめろ、って。うちはごまかしてるけど、どうしようお姉ちゃん』
 朋美さんがくすくすと笑いだした。
「まさかこんなに早くラスボス登場するなんて、ってとこかな」
「そんな、からかわないでくだ――」
 振り向いてとがらせた唇を、ふさがれた。
 ぐっと抱き寄せられて、囁かれる。
「一緒に行こうよ。紹介してね」

 そう言った笑顔は、やわらかく、眩しかった。

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