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04 争奪遊戯!?
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昇はがちがちと顎を鳴らす巨大クワガタを前に、杖を斜めに構える。
「エリー」
「わかってるわよ。文句はあとで聞くから、とりあえずは目の前のアイツを――」
エリーの声に動揺が滲んでいた。
「どうしたの?」
「何でもないわ。集中して」
エリーの様子をうかがいながらも、昇は杖を掲げた。
巨大クワガタが上体を持ち上げる。
「うわあああああっ!」
昇は鬨の声のように叫んでクワガタに向かって走る。
上段から杖を振り下ろして巨大昆虫の頭部を殴ると、先端の水環が飛沫をあげて弾け、またすぐもとの円環を形どる。
その様子にエリーが怒り混じりの声を上げる。
「昇っ、戦い方変わってないじゃないの! 術使いなさいよ!」
エリーの呼びかけを無視するように昇はクワガタに殴りかかり続ける。
「昇っ!」
「術って、どうやって使うのか解らないよ!」
昇はクワガタの側面に回り込もうとするが、巨大甲虫の方がスクミィに変身している昇よりもなお機敏だった。
クワガタが振り回した顎の外側が昇をとらえる。杖の柄で受けるが受け流しきれず、脇腹に当たって昇は弾き飛ばされて転がる。
杖の水環から降り注ぐ水が昇を濡らし、砂埃にまみれる。
昇に駆け寄ったエリーが昇の後ろから言う。
「意識を集中して。イメージするの。武器でも弾でも、その円環から発せられるのを想像して」
「うっ……うん」
昇は対峙しているクワガタから目を離さず、杖を握る手に力をこめる。
水環が回転をはじめた。
「いい感じよ、昇。じゃあその円環の先から球が出てくるのを思い浮かべて」
エリーが指示して数秒後、水環の頂点にぷくりと拳大程度の脹らみが現れた。
クワガタが俊敏な動きで昇に襲いかかってくる。
昇が慌てて横跳びに転がると、水環に生まれていた脹らみが弾けて消えた。
「もう一回よ、昇」
さっきよりは早く、水弾が形成される。
「杖を引いて――突き出す!」
エリーの言うとおりに昇は杖を、距離の離れたクワガタに向かって突くが何も起こらず水弾は杖の先でぷるんと揺れるばかりだった。
「その弾が撃ち出されるのを想像しつつ、よ! もう一回!」
昇は杖の先端にある水球を注視する。
そのまま再度杖を引き、ぐっと突き伸ばす。「――っぁっ!」と気合いの声が昇の口から溢れ出し、水環の先にあったハンドボール大の弾が杖から離れて昇と巨大クワガタの間を疾った。
水球はクワガタの顎に当たって弾ける。
「そうよ! できたじゃない」
エリーが歓喜をわずかに含んだ声を出すが、それほどのダメージになった様子はなかった。
「一度できたらあとは応用よ。さっきの要領でやってみて」
昇はエリーを見て頷き、恐怖と決意を浮かべた瞳で巨虫を見据え、杖を構え直した。
クワガタはがさがさと動き、昇の側面に回ろうという態勢を見せていた。
「っく!」
急接近して顎を振るってくるのを辛くも杖で受ける。
わずかに形を変えようとしていた水環がもとの輪に戻った。
エリーが昇とクワガタからやや距離をとる。
昇も、杖を握る力を強めつつ、クワガタとの間合いを広げる。
クワガタの背が少し開き、ぶぅん、と空気が強く震えた刹那、
「うわあぁっ!」
昇が吹き飛ばされる。
走るよりも素早く、クワガタは昇に翔びかかっていた。
杖でその突進を防いだ昇は展望広場をこえて木々の根元まで転がる。
「昇っ!」
クワガタがもう一度翔んだ。
黒い巨塊が身を屈めた昇の頭上わずかの所を通り過ぎる。強靭な顎が一本の木を抉り、みしりと嫌な音を立ててその木が傾いた。
「……ひっ」
振り返った昇が頬を引きつらせるが、エリーは叫ぶ。
「昇、チャンスよっ!」
クワガタはその顎で木の幹を噛んだのが抜けない様子で、ぎしぎしと暴れていた。
「そう言うけどさ、エリー! こんなのマトモに食らったら……」
「その服の耐衝撃を信じて! それに、やらなきゃ昇がやられるのよ!」
「簡単に言わないでよ!」
文句を言いつつ、昇は低い態勢のまま杖を握り直す。
クワガタはまだ幹と格闘している。
昇はこくりと喉を鳴らして、杖を大きく振りかぶった。
小声で、自分に言い聞かせるように唱える。
「イメージ、イメージ、イメージ……っ。大きいけど相手は虫だ、虫なんだ、だから……」
水環が変形をはじめた。ぶわりと広がり、何かの成形を果たそうとする。
「昇……?」
「くらえええええっっっ!!!」
大きな平たい円状になった杖の水環がクワガタを捉え、尻を持ち上げてくるりと回り、木から叩き落とした。
「食らえっ、くらえっ、このっ!」
そのまま昇は巨大クワガタを殴り続ける。
目をぎゅっと閉じて滅法に、杖を左右に振り回すばかりの攻撃だった。
水面を打つような音が幾度も響く。昇の振るう杖から何かの液体が溢れ出し、周囲はもちろんクワガタも昇自身も濡らしてゆく。
生まれて大きくなってゆく水溜りの中で、クワガタはもがいていた。
昇はなおも執拗に巨虫への打擲を止めず、蒼みを帯びた液体は迸り続ける。
じたばたと暴れるクワガタの身体が、縮みだした。
液体が渦状にクワガタを囲み、その巨体を削るように弧を描いていた。
「えいっ! この、このっ!」
「昇っ、もういいわよ!」
近付いてきていたエリーに頬を押され、昇ははっと顔を上げた。
すでに標準的な大きさになっていたクワガタは、昇の手が止まった隙に翅を広げて飛び上り、ふらふらと木や枝葉にぶつかる不安定で不器用な飛翔ながらも木々の間へと逃げて行った。
「え? あ……あれ、っ」
ぺたりと昇は腰を落とす。
杖はもとの形に戻り、溜まっていた液体もじわじわと消えてゆく。
昇の全身は泳いだあとのようにしっとりと湿り気を帯びていた。
「操ってたのは――もう、いないか」
エリーは林を観て呟いてから、昇に振り返った。
「守りきれたのよ、昇――お疲れ様」
昇の正面、顔の高さに浮いたエリーが労うように言うが、昇は呆然とした目でへたりこむばかりだった。
エリーが問う。
「今のは何だったの?」
「虫網にしたかったんだけど……できなかった」
「ふうん。でも勝ったからいいんじゃない? やっぱり昇には素質があると思うわ」
内股で座る昇を見下ろし、エリーは笑みをこぼす。
「そうしてると本当に女の子みたいね」
「やめてよ……」
杖に寄りかかるようにしていた昇がエリーを見上げる。
「そうだ……さっきの話」
「はいはい、わかってるわよ」
エリーは小さく肩をすくめた。
「あのね――」
「待って」
話を始めようとしたエリーを、昇が止める。
覚束ない足つきではあったが、昇は杖を頼りに立ち上がっていた。
目を閉じてひとつ深呼吸をしてから、静かに唱える。
「変身――解除」
ざばあっ、と一度に水を流すような音とともに昇の姿が制服の男子生徒に戻る。
濡れそぼっていた身体も髪も、何事もなかったように乾いていた。
眼鏡と鞄も昇の手に現れる。足元は上履きのままだった。
「帰りながら聞くよ」
昇は眼鏡をかけてから鞄を開けてエリーに入るよう促して、疲労感の漂う声で言った。
「エリー」
「わかってるわよ。文句はあとで聞くから、とりあえずは目の前のアイツを――」
エリーの声に動揺が滲んでいた。
「どうしたの?」
「何でもないわ。集中して」
エリーの様子をうかがいながらも、昇は杖を掲げた。
巨大クワガタが上体を持ち上げる。
「うわあああああっ!」
昇は鬨の声のように叫んでクワガタに向かって走る。
上段から杖を振り下ろして巨大昆虫の頭部を殴ると、先端の水環が飛沫をあげて弾け、またすぐもとの円環を形どる。
その様子にエリーが怒り混じりの声を上げる。
「昇っ、戦い方変わってないじゃないの! 術使いなさいよ!」
エリーの呼びかけを無視するように昇はクワガタに殴りかかり続ける。
「昇っ!」
「術って、どうやって使うのか解らないよ!」
昇はクワガタの側面に回り込もうとするが、巨大甲虫の方がスクミィに変身している昇よりもなお機敏だった。
クワガタが振り回した顎の外側が昇をとらえる。杖の柄で受けるが受け流しきれず、脇腹に当たって昇は弾き飛ばされて転がる。
杖の水環から降り注ぐ水が昇を濡らし、砂埃にまみれる。
昇に駆け寄ったエリーが昇の後ろから言う。
「意識を集中して。イメージするの。武器でも弾でも、その円環から発せられるのを想像して」
「うっ……うん」
昇は対峙しているクワガタから目を離さず、杖を握る手に力をこめる。
水環が回転をはじめた。
「いい感じよ、昇。じゃあその円環の先から球が出てくるのを思い浮かべて」
エリーが指示して数秒後、水環の頂点にぷくりと拳大程度の脹らみが現れた。
クワガタが俊敏な動きで昇に襲いかかってくる。
昇が慌てて横跳びに転がると、水環に生まれていた脹らみが弾けて消えた。
「もう一回よ、昇」
さっきよりは早く、水弾が形成される。
「杖を引いて――突き出す!」
エリーの言うとおりに昇は杖を、距離の離れたクワガタに向かって突くが何も起こらず水弾は杖の先でぷるんと揺れるばかりだった。
「その弾が撃ち出されるのを想像しつつ、よ! もう一回!」
昇は杖の先端にある水球を注視する。
そのまま再度杖を引き、ぐっと突き伸ばす。「――っぁっ!」と気合いの声が昇の口から溢れ出し、水環の先にあったハンドボール大の弾が杖から離れて昇と巨大クワガタの間を疾った。
水球はクワガタの顎に当たって弾ける。
「そうよ! できたじゃない」
エリーが歓喜をわずかに含んだ声を出すが、それほどのダメージになった様子はなかった。
「一度できたらあとは応用よ。さっきの要領でやってみて」
昇はエリーを見て頷き、恐怖と決意を浮かべた瞳で巨虫を見据え、杖を構え直した。
クワガタはがさがさと動き、昇の側面に回ろうという態勢を見せていた。
「っく!」
急接近して顎を振るってくるのを辛くも杖で受ける。
わずかに形を変えようとしていた水環がもとの輪に戻った。
エリーが昇とクワガタからやや距離をとる。
昇も、杖を握る力を強めつつ、クワガタとの間合いを広げる。
クワガタの背が少し開き、ぶぅん、と空気が強く震えた刹那、
「うわあぁっ!」
昇が吹き飛ばされる。
走るよりも素早く、クワガタは昇に翔びかかっていた。
杖でその突進を防いだ昇は展望広場をこえて木々の根元まで転がる。
「昇っ!」
クワガタがもう一度翔んだ。
黒い巨塊が身を屈めた昇の頭上わずかの所を通り過ぎる。強靭な顎が一本の木を抉り、みしりと嫌な音を立ててその木が傾いた。
「……ひっ」
振り返った昇が頬を引きつらせるが、エリーは叫ぶ。
「昇、チャンスよっ!」
クワガタはその顎で木の幹を噛んだのが抜けない様子で、ぎしぎしと暴れていた。
「そう言うけどさ、エリー! こんなのマトモに食らったら……」
「その服の耐衝撃を信じて! それに、やらなきゃ昇がやられるのよ!」
「簡単に言わないでよ!」
文句を言いつつ、昇は低い態勢のまま杖を握り直す。
クワガタはまだ幹と格闘している。
昇はこくりと喉を鳴らして、杖を大きく振りかぶった。
小声で、自分に言い聞かせるように唱える。
「イメージ、イメージ、イメージ……っ。大きいけど相手は虫だ、虫なんだ、だから……」
水環が変形をはじめた。ぶわりと広がり、何かの成形を果たそうとする。
「昇……?」
「くらえええええっっっ!!!」
大きな平たい円状になった杖の水環がクワガタを捉え、尻を持ち上げてくるりと回り、木から叩き落とした。
「食らえっ、くらえっ、このっ!」
そのまま昇は巨大クワガタを殴り続ける。
目をぎゅっと閉じて滅法に、杖を左右に振り回すばかりの攻撃だった。
水面を打つような音が幾度も響く。昇の振るう杖から何かの液体が溢れ出し、周囲はもちろんクワガタも昇自身も濡らしてゆく。
生まれて大きくなってゆく水溜りの中で、クワガタはもがいていた。
昇はなおも執拗に巨虫への打擲を止めず、蒼みを帯びた液体は迸り続ける。
じたばたと暴れるクワガタの身体が、縮みだした。
液体が渦状にクワガタを囲み、その巨体を削るように弧を描いていた。
「えいっ! この、このっ!」
「昇っ、もういいわよ!」
近付いてきていたエリーに頬を押され、昇ははっと顔を上げた。
すでに標準的な大きさになっていたクワガタは、昇の手が止まった隙に翅を広げて飛び上り、ふらふらと木や枝葉にぶつかる不安定で不器用な飛翔ながらも木々の間へと逃げて行った。
「え? あ……あれ、っ」
ぺたりと昇は腰を落とす。
杖はもとの形に戻り、溜まっていた液体もじわじわと消えてゆく。
昇の全身は泳いだあとのようにしっとりと湿り気を帯びていた。
「操ってたのは――もう、いないか」
エリーは林を観て呟いてから、昇に振り返った。
「守りきれたのよ、昇――お疲れ様」
昇の正面、顔の高さに浮いたエリーが労うように言うが、昇は呆然とした目でへたりこむばかりだった。
エリーが問う。
「今のは何だったの?」
「虫網にしたかったんだけど……できなかった」
「ふうん。でも勝ったからいいんじゃない? やっぱり昇には素質があると思うわ」
内股で座る昇を見下ろし、エリーは笑みをこぼす。
「そうしてると本当に女の子みたいね」
「やめてよ……」
杖に寄りかかるようにしていた昇がエリーを見上げる。
「そうだ……さっきの話」
「はいはい、わかってるわよ」
エリーは小さく肩をすくめた。
「あのね――」
「待って」
話を始めようとしたエリーを、昇が止める。
覚束ない足つきではあったが、昇は杖を頼りに立ち上がっていた。
目を閉じてひとつ深呼吸をしてから、静かに唱える。
「変身――解除」
ざばあっ、と一度に水を流すような音とともに昇の姿が制服の男子生徒に戻る。
濡れそぼっていた身体も髪も、何事もなかったように乾いていた。
眼鏡と鞄も昇の手に現れる。足元は上履きのままだった。
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