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05 轟蟲突破!?
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「僕が、やるよ。エリー」
エリーはわずかに目を大きくしてから、リュックの中で頭を下げた。
「ありがとう、昇」
見上げ直したエリーは微笑みを浮かべていた。
昇も小さな嘆声とともに笑いをこぼす。
石をポケットに収め、椅子を蹴って立ち上がる。
きゅっと唇を結んで、昇はリュックを背負い、レジ袋を手にしてコンビニを出た。
出入り口のすぐ傍にあるゴミ箱に袋を押し込み、人目を避けるように店の建物の裏手に回る。
虫たちはまだまだ飛んでいて、羽音が不協和音を成していた。
昇はコンビニの陰に行ったところでなお左右を見回し、石を持った右手をまっすぐ伸ばした。
大きく二度、深呼吸をしてからはっきりと唱える。
「スクミィ・マナ・チャーム・アレイング――」
昇が石から奔流のように溢れ出す蒼い光に包まれた。
エリーがその光塊から飛び出る。
リュックを含めて身につけていたものが消え、裸になって少し浮いた昇に衣装が装着される。
石が伸びて杖の形をとり、空中にあるそれを白手袋に覆われた昇の手が掴む。
両手できゅっと握り、構えた昇はふわりと降り立ち、光は杖の先に収束されてゆく。
杖の先に水の環が形成された。
「――ふう」
昇の口から吐息が漏れる。
「何度見ても恥ずかしいよ、これ……」
「似合ってるわよ」
エリーの調子は普段通りの軽めのものに戻っていた。
「ていうか、リュックも消えるんだ。中に入っていたものはどうなってるの?」
「簡単に言うと、その杖に変換されて魔力石の中に――っ!!!」
エリーが、昇より上を見上げて息を呑んでいた。
昇も振り返って、「ぅわっ!」と尻餅をつく。
周囲にいた虫の群れが一斉に昇――スクミィに向いていた。
「やっぱり魔力の動きを検知してるみたいね」
エリーはすぐに落ち着いていた。
昇も腰を上げる。
「『虫使い』の狙いはあのポイントでしょうから――」
昇は頷いて、杖を構えた。
「行くよ……っ」
息を大きく吸い込んで、昇は建物の陰から飛び出した。
一歩で数メートルもの距離を跳び、驚いた昇は足を止める。
「すっ――すごい」
「魔力の繋がりが強くなってきてるんでしょうね」
「これ、もしかして……」
昇は空を見上げる。
「エリー、屋根まで跳べると思う?」
「――魔力を信じてみなさい」
エリーに揶揄する調子はなかった。
昇は首肯してしゃがみ、顎をひいて目を閉じる。杖を握る力を強くして、息をゆっくりと吸って吐く。
杖の水環が回りはじめた。
「跳べる、とべるっ――跳べっ!」
きりっ、と斜め上に向かって顔を上げ、昇はアスファルトを蹴った。
重力を無視したようにふわりと飛んだ昇は、建物の屋上に余裕を持って降り立った。
「できたぁっ」
「お見事よ、昇」
追いついてきたエリーが素直に誉める。
周囲はバス道沿いとはいえ、ある程度住宅が密集していた。
昇はもう一度杖をぎゅっと握り、「跳べる、跳べるっ」と唱える。数歩の助走でコンビニの屋上から近くの家の屋根に飛び移った。
そのままの勢いで屋根を走り、隣の家への跳躍も成功する。
「昇、素晴らしいわ!」
昇の隣を飛ぶエリーが賞賛する。
昇は集中を途切れさせないように走り、跳び続ける。
数軒の屋根を渡ったところで、昇は足を止めた。
「昇?」
昇は、下を見ていた。
「浅賀さん!?」
路上で、くるみが虫群に囲まれていた。
「なんでっ、もうっ、来ないでっ!」
泣きそうな声で叫ぶように言いながら、くるみはスポーツバッグを振り回していた。
部活に行くところだったのか、日曜なのに制服姿だった。
虫たちはくるみにバッグで殴られ、弾き飛ばされてもまたすぐに集まってくるみの周囲を巡り続ける。
昇は屋根の上で杖を構える。
「エリー、どうしよう……助けたいけど見られたくないよ」
「魔力を信じて」
エリーは先刻と同じ言葉を昇に投げる。
「どうしたら――いえ、何ができるか、イメージしてみなさい」
口調は厳しめだったが、声は冷たくなかった。昇は走り出すくるみを目で追う。
少し走ったところで、くるみは正面に現れた蜂に驚き、後ずさって転んでしまっていた。
くるみは、拙い防御にと腕を交差して目を閉じる。
昇は屋根伝いにくるみと虫群に接近し、杖を掲げた。
「イメージ……魔力を信じて、イメージ――」
杖の水環が描く弧が、じわりと大きくなる。
環の根になっている石が鈍い光を湛えはじめた。
「この水が――虫だけを撃つ!」
昇は持ち上げた杖を勢いよく振り下ろした。
水環から、同様の輪状――輪に切れ目があり、正確には逆U字に近い形のものが発せられた。その水弾は放った昇の位置から下降すると緩い曲線の軌跡を描いて空中を疾り、くるみを囲む虫の群れに当たるとばしゃっ、と広がる。
水流はくるみを避けて虫だけを押し流す。
くるみの周囲にいた虫群がすっかり消えていた。
「……えっ?」
うっすらと目を開けたくるみが声を上げて見回す。
「いっ、今の内に早く行って!」
昇は屋根に身を隠してくるみに呼びかける。
「え? あの――誰?」
「いいから! 行って!」
裏声に近い高い声で昇は言う。くるみはそれでも何度も周りを見回して声の主を探そうとするが、またじわじわと虫が集まろうとしているのを見て表情を強張らせ、バッグを抱え直す。
「あの、誰だか判らないけど、ありがとうございますっ!」
くるみは声を張って礼を言って、ぺこりと頭を下げてから学校の方向に走って行った。
「エリー……行った?」
「大丈夫よ。念のためルートを変えて行けばいいんじゃない?」
エリーはどこか呆れたような、それでも褒意の方が強い調子で昇の肩を叩いていた。
「今日はとてもいい感じね。昇には本当に、素質あるんじゃない?」
昇はエリーを見て、小さく首を振る。
「こっちは必死なんだから……」
逃げたくるみを追った虫がいる一方、魔法行使の相手を認識したか昇の周りには数々の虫が寄ってきていた。
昇はそれらを睨みつける。
「エリー、操ってる奴を倒したらこいつらは――」
「まあ、元に戻るでしょうね」
やっぱり、と昇は頷いて屋根の上に立ち上がり、裏山の方角を見上げた。
エリーはわずかに目を大きくしてから、リュックの中で頭を下げた。
「ありがとう、昇」
見上げ直したエリーは微笑みを浮かべていた。
昇も小さな嘆声とともに笑いをこぼす。
石をポケットに収め、椅子を蹴って立ち上がる。
きゅっと唇を結んで、昇はリュックを背負い、レジ袋を手にしてコンビニを出た。
出入り口のすぐ傍にあるゴミ箱に袋を押し込み、人目を避けるように店の建物の裏手に回る。
虫たちはまだまだ飛んでいて、羽音が不協和音を成していた。
昇はコンビニの陰に行ったところでなお左右を見回し、石を持った右手をまっすぐ伸ばした。
大きく二度、深呼吸をしてからはっきりと唱える。
「スクミィ・マナ・チャーム・アレイング――」
昇が石から奔流のように溢れ出す蒼い光に包まれた。
エリーがその光塊から飛び出る。
リュックを含めて身につけていたものが消え、裸になって少し浮いた昇に衣装が装着される。
石が伸びて杖の形をとり、空中にあるそれを白手袋に覆われた昇の手が掴む。
両手できゅっと握り、構えた昇はふわりと降り立ち、光は杖の先に収束されてゆく。
杖の先に水の環が形成された。
「――ふう」
昇の口から吐息が漏れる。
「何度見ても恥ずかしいよ、これ……」
「似合ってるわよ」
エリーの調子は普段通りの軽めのものに戻っていた。
「ていうか、リュックも消えるんだ。中に入っていたものはどうなってるの?」
「簡単に言うと、その杖に変換されて魔力石の中に――っ!!!」
エリーが、昇より上を見上げて息を呑んでいた。
昇も振り返って、「ぅわっ!」と尻餅をつく。
周囲にいた虫の群れが一斉に昇――スクミィに向いていた。
「やっぱり魔力の動きを検知してるみたいね」
エリーはすぐに落ち着いていた。
昇も腰を上げる。
「『虫使い』の狙いはあのポイントでしょうから――」
昇は頷いて、杖を構えた。
「行くよ……っ」
息を大きく吸い込んで、昇は建物の陰から飛び出した。
一歩で数メートルもの距離を跳び、驚いた昇は足を止める。
「すっ――すごい」
「魔力の繋がりが強くなってきてるんでしょうね」
「これ、もしかして……」
昇は空を見上げる。
「エリー、屋根まで跳べると思う?」
「――魔力を信じてみなさい」
エリーに揶揄する調子はなかった。
昇は首肯してしゃがみ、顎をひいて目を閉じる。杖を握る力を強くして、息をゆっくりと吸って吐く。
杖の水環が回りはじめた。
「跳べる、とべるっ――跳べっ!」
きりっ、と斜め上に向かって顔を上げ、昇はアスファルトを蹴った。
重力を無視したようにふわりと飛んだ昇は、建物の屋上に余裕を持って降り立った。
「できたぁっ」
「お見事よ、昇」
追いついてきたエリーが素直に誉める。
周囲はバス道沿いとはいえ、ある程度住宅が密集していた。
昇はもう一度杖をぎゅっと握り、「跳べる、跳べるっ」と唱える。数歩の助走でコンビニの屋上から近くの家の屋根に飛び移った。
そのままの勢いで屋根を走り、隣の家への跳躍も成功する。
「昇、素晴らしいわ!」
昇の隣を飛ぶエリーが賞賛する。
昇は集中を途切れさせないように走り、跳び続ける。
数軒の屋根を渡ったところで、昇は足を止めた。
「昇?」
昇は、下を見ていた。
「浅賀さん!?」
路上で、くるみが虫群に囲まれていた。
「なんでっ、もうっ、来ないでっ!」
泣きそうな声で叫ぶように言いながら、くるみはスポーツバッグを振り回していた。
部活に行くところだったのか、日曜なのに制服姿だった。
虫たちはくるみにバッグで殴られ、弾き飛ばされてもまたすぐに集まってくるみの周囲を巡り続ける。
昇は屋根の上で杖を構える。
「エリー、どうしよう……助けたいけど見られたくないよ」
「魔力を信じて」
エリーは先刻と同じ言葉を昇に投げる。
「どうしたら――いえ、何ができるか、イメージしてみなさい」
口調は厳しめだったが、声は冷たくなかった。昇は走り出すくるみを目で追う。
少し走ったところで、くるみは正面に現れた蜂に驚き、後ずさって転んでしまっていた。
くるみは、拙い防御にと腕を交差して目を閉じる。
昇は屋根伝いにくるみと虫群に接近し、杖を掲げた。
「イメージ……魔力を信じて、イメージ――」
杖の水環が描く弧が、じわりと大きくなる。
環の根になっている石が鈍い光を湛えはじめた。
「この水が――虫だけを撃つ!」
昇は持ち上げた杖を勢いよく振り下ろした。
水環から、同様の輪状――輪に切れ目があり、正確には逆U字に近い形のものが発せられた。その水弾は放った昇の位置から下降すると緩い曲線の軌跡を描いて空中を疾り、くるみを囲む虫の群れに当たるとばしゃっ、と広がる。
水流はくるみを避けて虫だけを押し流す。
くるみの周囲にいた虫群がすっかり消えていた。
「……えっ?」
うっすらと目を開けたくるみが声を上げて見回す。
「いっ、今の内に早く行って!」
昇は屋根に身を隠してくるみに呼びかける。
「え? あの――誰?」
「いいから! 行って!」
裏声に近い高い声で昇は言う。くるみはそれでも何度も周りを見回して声の主を探そうとするが、またじわじわと虫が集まろうとしているのを見て表情を強張らせ、バッグを抱え直す。
「あの、誰だか判らないけど、ありがとうございますっ!」
くるみは声を張って礼を言って、ぺこりと頭を下げてから学校の方向に走って行った。
「エリー……行った?」
「大丈夫よ。念のためルートを変えて行けばいいんじゃない?」
エリーはどこか呆れたような、それでも褒意の方が強い調子で昇の肩を叩いていた。
「今日はとてもいい感じね。昇には本当に、素質あるんじゃない?」
昇はエリーを見て、小さく首を振る。
「こっちは必死なんだから……」
逃げたくるみを追った虫がいる一方、魔法行使の相手を認識したか昇の周りには数々の虫が寄ってきていた。
昇はそれらを睨みつける。
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