15 / 30
05 轟蟲突破!?
5-3
しおりを挟むところが、昇が学校より手前の町中から裏山の祠に一分強ほどで到着したところ、展望広場にも虫の群れしかいなかった。
「えっ……どういうこと?」
昇がエリーを見ると、エリーは虫の群れを真剣な表情で見つめていた。
「エリー?」
虫は、羽音高く展望広場を回っている。
エリーはその羽音に耳を澄ますように、昇を制する。
「――そういうこと」
エリーは頬を歪めて昇を見上げた。
「この羽音が、言葉を生んでいるわ。魔力で私たちにのみ判るメッセージを紡ぎ出してる」
「ええっ、な……何て?」
「西の山のポイントで待つ、そうよ」
「……場所は判る?」
エリーは頷くが、その視線は重かった。
「相手のフィールドに行くには準備不足だわ、昇」
「それでも――行くよ」
昇は杖を握り直した。「浅賀さんのあんな顔、見てられない」小声で言って、エリーを促す。
「案内してよ、エリー」
エリーは幾分かのためらいを残しつつ、先導するように空中を進んで裏山の上へ向かう山道を昇に示した。
「こっちから行くほうが早いと思うわ」
昇は決意と怒りの滲む瞳を、エリーの浮く場所より更に奥に向けて頷いた。
楔学園の裏山から直線距離にして約二十キロは離れた山の中まで、昇とエリーが辿り着いたのは一時間ほど後だった。
昼前とはいえ日は高く昇り、ただ暑い夏の日差しを振りまいていた。
エリーが先導して、昇は噴き出す汗を拭うこともせず息も切れて、山中の小さなスペースで膝をついていた。
「……ほんとに、近いの……? エリー」
昇は杖を頼りに中腰になって、ぜえぜえとした息を落ち着かせてゆく。
「ポイントが近いのは間違いないわ」
「それにしては――虫たちがいないよ?」
「そうね。用心して」
「うん……そうだ、エリー。訊いていい?」
杖を地面に刺しながら、昇はゆっくり山を登る。
「荷物とかは変換されて杖に、って言ってたけど、それを呼び出すことはできるの?」
「――術者の力によるわ」
「それもイメージ、ってこと?」
「そうよ。やってみる?」
「簡単に言わないでよ……」
青々と生い茂る木々に囲まれた山道が不意に開けた。
「ここね――」
エリーが言ったのと、昇が一歩踏み込んだのと――開けた空間の中央に人影が現れたのは、ほぼ同時だった。
「来やがったな――へへっ」
重なっていた人影が分かれる。
嗄れた低い声で言ったのは、後ろにいた者だった。暑い日光の中でなお、フードを深く被ったローブ姿だった。
昇はもう一歩、近付く。エリーがその背にぴったりと寄り添っていた。
「気をつけて……」
風が吹き抜け、フードを跳ね上げる。
声の主は禿頭だった。細い輪状のサングラスで目は見えない。鼻の起伏はほぼなく、頭部の半分から首筋にかけて――おそらく、その奥も――何かの紋様を描く刺青が覆っていた。
「まさか、こんな小娘だったとはな」
何とか聞き取れる程度の、イントネーションの定まらない調子だった。
「こっ、小娘じゃないっ!」
昇の否定を、鼻で笑って返す。
「名乗れ。このエントマ・ハイレインの『協力者』オカムラが今度こそ貴様を屠る」
ハイレインと名乗った刺青の者が、傍らの人影を押した。
オカムラ、と呼ばれたのは大学生くらいの若い男で、虚ろな目で昇を見ていた。
「す――スクミィ」
昇は杖を構える。
「はッ」
ハイレインが笑う。「オカムラ、やれッ!」
青年は無表情のまま、持っていた円盤状のものと一匹の昆虫をかざした。抑揚のない声でぼそりと言う。
「――ペルグランデ、マンティダエ」
円盤ががしゃり、と真ん中から二つに割れて開く。
ハイレインが大きく後ろに跳び下がった。
青年も数歩下がり、虫を放る。
その昆虫は空中で見る見る内にシルエットを拡大して、地響きと共に着地したときには昇を見下ろす体高の巨大なカマキリになっていた。
昇が引きつった声を喉の奥で鳴らし、緑の影を見上げる。
「彼――操られてるわね」
エリーが小声で言う。
「精神を支配されて、自我を喪失している――あのハイレインとやらの『協力者』とは名ばかりで、操り人形ね」
人道的に許されることじゃない、とエリーは怒りを露わにしていた。
昇も同意して、杖を握る手に力をこめる。
「影響が強いのか、巨大化の度合いが違う――気をつけて、昇」
カマキリの片腕が振り下ろされたのが、戦闘開始の合図だった。
横に跳んでかわした昇を、もう片方の鎌が襲う。
「一匹ずつしか巨大化できない――のかな」
エリーは冷静に観察を続けようとしていたが、青年が地面を這っていたものを捕まえて放り、
「ペルグランデ、ミッレペダ」
円盤を仕向けて言葉を唱えたところで驚愕した声を絞り出す。
「まさか――複数!? 昇っ!」
ずしん、と地を揺らして昇の真横に巨大ムカデが現れる。
昇は防戦一方だった。
上下左右から振るわれるカマキリの鎌を避け、杖で受けるので精一杯の様子だった。そこに背後から巨大ムカデが接近する。
「昇っっっ!」
エリーが悲鳴を上げる。
「うわあああっ!」
昇はムカデに轢かれ、尻尾で跳ね飛ばされて数メートル先の地面に叩きつけられた。
エリーが昇から離され、転がる。
「いいザマだな、えッ」
ハイレインが、エリーのすぐそばにいた。
「さっ――参加者同士の戦闘は禁止よ、っ」
「そうかい。まあ、『偶然の事故』なんてものもあるよなッ」
ハイレインがエリーを踏みつける。
「エリーっ!」
「小娘はそっちで虫の相手してなッ」
「小娘じゃない、っ!」
昇は叫んで起き上がった。
ハイレインは何度もエリーを踏んでは蹴り、勝ち誇った笑声をあげる。
昇は、杖をまっすぐにして片手を石にかざした。
「さっき、買ってたんだ。だから……魔力、僕の、イメージ――っ!」
水環の外周に棘のような突起が生まれた。
昇の正面にカマキリ、左手からムカデが迫る。
「のぼ……る――」
エリーが弱々しい声をこぼす。その腹部にハイレインが足を乗せ、体重をかける。
「こ、こ……のおぉっ!!!」
昇の杖が、これまでにない強烈な光を放ちだした。
棘状の部分から細かな飛沫が噴射される。昇が杖を振り回し、黄色みがかった霧が巨大昆虫に降り注ぐと、虫は見るからにもがきはじめた。
二匹の巨大虫の包囲を抜けて、昇は杖を振りかざしてハイレインに飛びかかる。
「エリーを離せっ!」
杖の水環がまた変形して、槌のようになっていた。一瞬で間合いを詰めた昇が力一杯振り回した杖はハイレインの横腹を殴り飛ばし、ぼんやりと立っていたオカムラ青年を巻き込んで地に転ばせた。
「エリー!」
昇がしゃがみ込んで抱き上げたエリーの体は各部が裂けて、それこそ縫いぐるみのように中から白いものがのぞいていた。
苦しげな呻きを細々と吐くエリーを横たえ、昇は立ち上がる。
声にならない怒息が、昇の口から漏れていた。
杖の石からは、強い光がなおも溢れている。
ばしゃり、と鈍い水音が響いた。
ハイレインが上になっていた青年を殴り除けて起きあがる。
ざざざっ、と滝のように重厚な水流が杖から際限なく迸り、昇を中心に渦巻きはじめた。
奔流は瞬く間にこの広場全体を強い渦で埋め尽くした。二匹の巨大昆虫もハイレインと青年も巻き込み、ごうごうと唸りをあげて流れ続ける。
昆虫が消えた――水の中で、元のサイズに戻って流されてゆく。
唐突に、弾け飛ぶように水流が消えた。
昇がぐったりと、気を失って倒れていた。
ハイレインと、彼に操られていたオカムラ青年も広場の端で昏倒している。
エリーの姿はなかった。
――昇の傍に、身体のラインをなぞるようにぴったりとした金属的な光沢の衣装が胸元から股までを覆い、膝上のブーツを履いた、淡く艶のある栗色の長い髪を波打たせた若そうな女性が立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる