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08 共闘作戦!?
8-2
しおりを挟む明里が暮らしているマンションはその地点からは昇の家よりも近く、昇たちは明里の家に移動することにした。
山中のポイントは、昇がエリーに教わって『塞護措置』を施した。エリーが昇に「これでこのポイントは誰かが来てもしばらく持ち堪えられるけど、星脈からもらう力も抑え込むからね。あなたの魔力にここのポイントからの力を享受できなくなるけど、いいのね?」と念を押したすえ、昇が行ったのだった。
明里の家に着いてからも、昇は変身を解かないでいた。
明里は変身を解いた、高校の制服姿に戻っている。
時刻はすっかり遅く、日付も変わろうかというくらいになっていた。
雨は、まだ降っている。
「のぞみ、変身解いて入って」
「あ、あの……」
ためらう昇を明里はバスタオルでくるんで言う。
「あたし一人暮らしだから、何も気にしなくていいよ。ね」
頷く昇の頬には涙の筋が残っていた。
杖を掻き抱いたままの昇を招き入れて、明里はドアを閉める。
「シャワー使って。服、あたしの貸してあげるし」
エリーは先に家に上がり、タオルを借りて自分とヒューの濡れた体を拭いていた。
「あの……明里、さん」
「ん?」
昇は玄関で明里を見上げて、次の声を出せずに瞳にまた涙を溜めてゆく。
明里は無言で微笑み、まっすぐ見つめて昇の言葉を待つ。
たっぷり数分は沈黙が流れ、昇の息の音が時折するだけになる。
何度目か、喉をうっく、と上下させた昇が涙灼けした声を絞り出した。
「明里、さん……ご、ごめんなさい――」
「さっきの? 謝らないでいいよ。知り合い――友達? だったんでしょ?」
おいで、と明里が促すが、昇はゆるゆると首を振る。
「違う、んです……」
明里が首を傾げる。
昇はさらにしばらく動けずにいたが、やがて杖をゆっくりと立てた。
「変身――解除」
ざっという水音ののち、昇は出かける前まで身につけていたTシャツとハーフパンツという格好に戻る。厚めの眼鏡をかけ、短いボブカットくらいの髪の小柄な少年の姿に、明里はさすがに目を丸くする。
「のぞみ――男の子だったの?」
「ごめんなさい、明里さん、ごめんなさい――『のぞみ』っていうのも違って、昇なんです僕。嘘ついててごめんなさい……女の子のフリしててごめんなさい、言い出せなくって、明里さんを騙すことになっててごめんなさい、僕、ごめんなさい――――」
変身を解いたことでたがが外れたのか、堰を切ったように昇は詫言を繰り返し、涙を溢れさせた。
明里の返事は、短かった。
「――ばか」
柔らかくそれだけ言って、明里は昇を抱き締めた。
しばらくそのまま明里の腕の中――豊かな胸元で、昇の意味を成さない言葉から変わった弱い嗚咽が響く。
「昇くんね? わかった。上がって。
シャワーして、ちょっと落ち着いて、それから話しよう」
明里に抱かれたまま頷いた昇はもそもそと靴を脱ぎ、家に上がった。
「家は大丈夫? 門限とかない?」
昇は泣き腫らした目で明里を見上げて頷いた。
「日曜まで、母さん泊まり勤務だから……」
それ以上を明里は聞かなかったが、昇は更にぼそりと続ける。
「最近、夜勤とか泊まりとか増やしたんだ。『エリーがいるから安心だ』とか言って」
明里がエリーを見ると、エリーは苦笑いを浮かべてどこからか端末を取り出していた。
昇は三十分以上かけてシャワーを浴び、その熱い水流の中でもう一度泣いていた。
シャワーを終えた昇に、明里はよく冷やした濃いめのココアをふるまい、
「じゃあ泊まっても大丈夫だね」
そう言って笑みを見せた。
服装はそのまま――自宅で変身して行ったために濡れていなかったこともあり、着ていたものを身につける。
明里の部屋は、キッチンが別にあるワンルームで、テレビと低いテーブルと本棚、それに端に置かれたベッドが目立つくらいで、やや散らかってはいるものの落ち着く雰囲気を思わせる空気があった。
玄関からは数メートルの廊下があり、バスルームや物入れはそちらにあるため、狭さは感じない。
「適当に座って。
――ていうか、昇くんその目」
明里は昇を部屋に引き入れて、冷蔵庫から出した化粧水を渡す。
「コットンはその辺にあるから。使い方、わかる?」
昇が首を振ると、明里は「そっか」と笑ってテーブルの近くに手招きした。
「目、閉じてて」
とコットンに化粧水を染みこませて、寝かせた昇の眼鏡を取って瞼にコットンを乗せる。昇が「つめたっ」と驚いた声を上げるのに微笑して、目の周囲にも同じものを貼った。
「しばらくそのままでいて。目開けちゃダメよ」
そう言って明里は眼鏡を昇の手に握らせてやってからエリーとヒューを見る。どちらもすっかり水気をぬぐっていた。露出度の高い女性と縫いぐるみ状の生物はしばしの間、昇や明里の聴覚では知覚できない音で会話していたようだった。
「エリーは、事情知ってるの?」
「中途半端な情報でよければ」
「――クラスメイト、なんです……」
コットンパックをしたままの昇が声を出した。先程と比べると随分と落ち着いた声だった。
「昇くん――大丈夫?」
「はい。あの……本当にすみません」
体を起こそうとする昇の肩を明里が押さえた。
「あと最低五分、そのままでいなさい。それと怒ってないから、もう謝らないで」
「あ……は、はい」
昇は力を抜いて、また横になる。明里はにやりと笑った。
「ま、『のぞみちゃん』のことは後で聞くわ。
さっきの子、昇くんのクラスメイトなのね?」
昇は頷き、剥がれ落ちそうになるコットンを明里が拾って貼り直す。
「浅賀さん、なんです。クラス委員で、水泳部で、優しくって、でも数学はちょっと苦手みたいで……」
明里がくすっ、と笑声をこぼした。
「よく見てるね」
昇の頬に、涙のせいではない赤色が差す。明里が昇の頭を撫でた。
「昨日から学校に来てなかったのに誰も何も言わなくて、さっきそれに気付いて、それで――」
「うん、わかった。大変だったね」
昇がまた泣きそうに眉を寄せるのを、明里が遮る。
「奴の手だな」
ヒューが、テーブルの上で短い腕を組んでいた。
「おそらく先に君たちが撃破した者も奴――ノウェム卿の配下だったのだろう。心理を揺さぶる、奴の常套手段のひとつだ。
手下を破り、この周囲のエリアを押さえている『スクミィ』なる者を倒すために、スクミィに近い者を使い動揺を誘う。あの格好と名称が君と酷似しているのもそのためだろうな」
「――なるほどね。しかし白スク水なんて、ねぇ」
エリーも腕を組む。
「浅賀くるみは、そもそもかなりの魔術素質を持っているわ。それが占有エリアを増やして魔力を増したら、はたしてどれだけ強力になるか……」
明里はエリーの声を背に、昇のコットンをはがしはじめた。
「どう? 痛かったり痒かったりしない?」
「はい……楽になりました」
昇は明里の手を借りて身を起こす。眼鏡をかけて、明里を見上げた。
「ありがとうございます。その……」
「ストップ。言ったでしょ」
明里は昇を手で制した。昇の顔を見て、にっと笑う。
「うん、可愛くなった。女の子と見間違えても仕方ないよね。
そういや前に一回、町で会ったよね」
昇が頷く。
「あの時のサービス券使った? あの店面白いよね。『麺キープ』って、麺を百グラム単位でキープできるプリペイドがあるんだよ、知ってた? スープもしっかり美味しいし種類もあるし、あたし即行で十キロキープしちゃったからまた行くよ――」
「明里」
ヒューが咳払いのような息を漏らす。
「ごめんごめん、えっと――浅賀さん、だったね」
明里は真面目な表情を浮かべ、自分の分に入れていたレモンスカッシュを飲む。
「昇くん、その子のこと好きでしょ。彼女?」
昇が顔を真っ赤にして首を大きく振る。
「まっ、まさかそんなっ」
「告白したの?」
昇はもう一度首を振る。「でっでも、しようと思ってて……」
「そっかぁ、青春だね」
「だから、浅賀さんが操られてるのなら、救い出したい――です」
昇の、決意の滲んだ瞳に明里は明るい面持ちになって、ぐっと笑った。
「よく言った。格好いいよ昇くん。
――ヒュー、この戦い、あたし昇くんに協力するよ、いいわね?」
ヒューは肩をすくめる。
「私がどう言ったところで、明里の意向は変わらないのだろう」
明里は「解ってるじゃない」と歯を見せ、昇の手を取った。
「あの子を助け出すの、手伝うよ」
「あ、明里さん……」
昇の頭をくしゅっと撫でて、明里は立ち上がった。
「よし決定。じゃあ、作戦会議しよう。お腹すいてない?」
目を丸くする昇に、明里はなおも笑みを向ける。
「あたし、軽く食べるけど一緒にどう? あ、その前にちょっとシャワーしてくるね」
気圧されたように昇がぽかんとしていると、その額を明里が軽くつついた。
「覗くなよ、少年。『浅賀さん』助けたあとチクっちゃうぞ」
からかう口調で言い、いっぱいに見開いた目で激しく首を振る昇に声を上げて笑いながら、部屋を出ていった。
「あの子っていつもあんな感じなの……?」
エリーが呆れた口調でヒューに聞くと、ヒューは小さな溜息をこぼした。
「まだ、軌道の定まっている方だ」
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