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08 共闘作戦!?
8-1
しおりを挟む昇は落とした杖を拾ったものの、見るからに動揺していた。
「あ、浅賀さんっ!」
雨音に負けじと大きい声を出すが、白のスクール水着姿のくるみは眉一つ動かさず、はためくローブを脱ぎ捨てて杖を持ち上げる。
「浅賀さんっ!!!」
くるみが、杖を振り下ろした。
くるみの杖の範囲内にあった雨滴が落ちずに留まり、細かな弾丸となって昇に降り注ぐ。昇は腕を交差して防ごうとするが、ばしばしと昇に届く。
「浅賀さん、やめてよ、ぼ――」
僕だ、と言おうとして躊躇から言い淀んだところを、また水滴弾が襲う。
「ぅわあああっ!」
昇は吹き飛ばされて転がるが、すぐに起きあがる。
泥で汚れ、細かな傷は増えていたが、大きなダメージを負った様子はない。
「昇っ!」
エリーが呼ぶ。「彼女――正気じゃないわよ」
昇は頷いて杖を緩く構える。エリーは昇にかける言葉に迷う素振りをしばらく見せていたが、昇から離れて木々の間に入っていった。
「浅賀さん……」
低い姿勢で見上げる昇を、感情の浮かばない瞳でくるみは見下ろす。
くるみが左右に数度杖を振ると、水流がくるみの杖から溢れ出した。水流はくるみの足下で渦巻き、ごうごうと唸りをあげはじめる。
昇は困惑と決意の混じった表情でくるみを見つめるばかりだったが、くるみのまとう水流に杖を握り直す。
大きく息を吸い込み、唇を結ぶ。
「気付いて……浅賀さん」
昇が呟いて立ち上がり、一歩踏み出したその時だった。
「見っつけたぁっ!」
勢いのある怒声とともに、丸い塊が寸前までくるみのいた地面を穿った。多弁の丸い花のようなそれは杖の光に反射して煌めき、水流の消えた泥土を抉ってすぐ木々の方へと飛ぶ。
そこにいた人影がその塊を受け取り、姿を見せる。
「あたしのエリア、返せっ!」
右手――両手に同じものを持っていた――を、跳び退いてその攻撃をかわしたくるみに向けて言い放つ。
「チア……明里さん!?」
明里が、露出した肩からわずかに湯気を上げて立っていた。
どこからかは判らないがここまでくるみを追って走ってきたのだろうか、明里は主張の強い胸を上下させて、右手を挙げたまま昇を見る。
「のぞみ!?」
明里は、くるみを睨みつけたまま昇に駆け寄る。
昇は先日彼女に『のぞみ』と名乗ったことをそれまで忘れていた様子で一瞬きょとんとしてすぐ真顔になる。
「明里さん――どうして?」
「あの子、あたしの持ってたエリアをひとつ奪って行ったのよ!」
明里は昇とくるみを見比べる。
「最初、のぞみがコスチューム変えて来たのかと思った。でもポニテだし、胸あるし、あたしのことも知らないみたいで別人って解ったけど――衣装似てるね、やっぱり」
大丈夫? と昇の頬に付いた泥を、ポンポンを外した左手で拭う。
「のぞみは?」
「あ、あの……ここ、僕のエリア、だから……」
昇は言い淀む。
明里は頷いて、昇の額を撫でて優しく微笑む。
「可愛い顔汚しちゃって、傷もこんなに――もう大丈夫だよ」
くるみはその様子を冷ややかに見つめ、水流をまた作りはじめる。
明里が膝を低くして、両手のポンポンを腰溜めに構える。
「やる気? 二対一でも関係ないみたいね――」
林でがさがさ、と枝葉の揺れる音が響いた。エリーの声が続く。
「待ちなさい!」
木々の間、くるみに近い所から人影が現れる。
くるみが先刻着けていたのと同様のローブに身を包んでいる、長身の男だった。フードはかぶっていない。くるみの杖に照らされた顔に明里が「なんて美形」と息を呑む。
長い銀髪に整った顔立ちで、雨をまったく気にする様子もなく薄い笑みを浮かべている。
彼を追うようにして、エリーが飛び出した。
「先の『虫使い』もそうだったけど、現地生命体の思考感情を制御するのは――」
「グレーな行為をしているのは貴女も、では?」
エリーの責め立てた口調を遮って言った台詞に、エリーは言葉を詰まらせる。
「そっ、それでも――」
「とはいえ、この状況は不利とまでは言いませんが、面倒ですね」
男の口調はあくまで落ち着き払っていた。不敵で挑発的な余裕にも見える。
明里がポンポンを持った右手を男に向けた。
「あなたねっ! その子を『協力者』にしてるのは――」
「明里、やめろっ!」
声と共に明里の背後からヒューが現れた。「お前もこっちに来い!」と呼ぶのに釈然としない様子で応じたエリーが、昇たちの側に向かって走る。
「噂は真実だったようだな、ノウェム卿――ウィルゴー・メリトゥム・ナワリス」
エリーが驚きを隠せない顔でヒューを見る。
「え!? 嘘、資料にあるのとは全然――」
「あの擬態、以前に他の星系で一度だけ見たことがある」
「――やれやれ」
男は、ヒューの言葉に肩をすくめる。
「これを知っている者がいるとは意外でした。
さて」
と、くるみに近付いて肩を抱く。
昇が目を見開いて、唇を震わせる。
「こんな一点にそれほど時間を割きたくもありませんし、ここは退いてあげましょう。
行きますよ、『アルブム・スクミィ』」
そうくるみを呼ぶと、くるみは男を見上げて頷いた。
うっすらと微かに口の端を上げた笑顔に、昇が口を大きく開けてわなわなと声にならない叫びを喉から絞り出す。
「ちょっと、待ちなさいよっ!!!」
「ダメっ!!!」
明里がくるみを追って飛び出して放ったポンポンを昇の杖が叩き落とした。
ポンポンは跳ねて明里の手に戻る。
「どうして邪魔するの、のぞみ!」
明里は昇に振り返って強く言う。
「浅賀さんなんだ……っ」
昇の目は、雨水と違う水分に溢れていた。
「浅賀さん、なんだ……」
昇は繰り返して膝を落とす。
くるみを抱いた男が木々の間に消えた。
「のぞみ……?」
明里が駆け寄ると昇は、杖を落として今にも涙腺の崩壊しそうな顔で明里を見上げた。
明里は腰を下ろし、昇を抱き寄せる。
雨足は鎮まる様相もなく、昇たち四人に降り注ぎ続けていた。
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