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07 事態急転!?
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しおりを挟む翌日も、昇にとってはいつも通りの日常だった。
エリーが言うにはポイント占有に大きな動きがここ数日なく、残り少しで昇が夏休みに入るのならそれを待って本格的に行動に移ってもいいのでは、ということで、昇はスクミィに変身することのない日々を日曜以来送っていた。
この日も昇は終業式間近の授業を済ませ、尚人と弘章とともに部活へ行くという、エリーと出遭うより前の生活に近いものになっていた。
さらにその次の日も、昇は今まで通りに登校をし、時折教室の中を見回して、部活へ行き、尚人らと寄り道をしつつ夕暮れ頃には帰宅する。今までとは違うのは、昇が夕飯を作る量が二人分になっていることくらいだった。
夕食のあと、エリーが確認するように言う。
「今週末から長い休みになるのよね」
「土曜日は終業式で、学校行く――」
昇はそこで不意に言葉を止める。
「昇?」
「終業式――までに、僕は何かしようと思ってたんだけど、何だったっけ……」
エリーは昇の疑問に質問で返す。
「何の話?」
「なんだか、何をしようと考えてたのか、頭に靄がかかったみたいに思い出せないんだ……」
昇は眼鏡の奥の瞳に浮かない気持ちを浮かべ、眉間に皺をつくって首を傾げる。
「頭に靄、ねぇ。朝から順番に思い出してみれば?」
エリーに言われた通りに、昇は指折って辿ってゆく。
「いつも通り、だったと思うんだよね。
授業があって、部活に行って……今日は話できなかっ――」
昇ははっ、と顔を上げる。
勢いよく椅子を蹴って自室に入り、鞄を手にリビングに戻ってくる。
「昇、どうしたの?」
それには答えず、昇は鞄をひっくり返した。
今日の授業で使った教科書や、ノートとして使っているルーズリーフファイルや、ペンケースに混じって床に落ちたものを拾う。
昇は楕円形の蒼白く光る石と、可愛らしい封筒をテーブルに置いた。
封筒には住所はなく『浅賀くるみ様』と宛名だけが書かれている。
「浅賀さんだよ!」
昇は力強く手紙を握ってしまいそうになって、慌ててテーブルに置き直す。
「昨日も今日も、浅賀さんと会ってないんだ!」
「病欠か何か?」
昇は首を横に振る。
「クラスの誰も、先生も何も言わないんだ。いないことが普通みたいに。
何かおかしいよ」
エリーは考え事のように目線を横にする。しばらくの後、指を曲げて端末を手元に引き寄せ、さっと何かの操作をしながら昇を見た。
「つい先日、広範囲魔術が行使された痕跡があったわ」
「広範囲……?」
「この町全体を覆う程度のもののようね。術式の内容は判らないけど、昇の話が正しいなら記憶操作かも知れない」
エリーは念を押すように、昇に尋ねる。
「浅賀くるみは学校に来てないのね? そしてそのことに、誰も違和感を持ったり連絡や通達があったりもないのね?」
昇は表情を険しくして頷く。
「休みだったら先生からそういう話があるはずだし、クラスで仲がいい女子も何も言ってなかったよ」
それに、と昇はためらいながら続ける。
「僕が、浅賀さんがいないことを気にしないなんてありえない」
エリーはその言い様に笑みをこぼす。
「好きなのね」
昇がぼっ、と赤くなった。
「スクミィの衣装を昇が発見したのも、浅賀くるみの机に何かしようとしてたから、かな」
揶揄する口調から一転、真剣味を増す。
「確かに彼女の能力素質からすると、誰かが目を付けてもおかしくはないわ――だとしたら」
そこでエリーは何かに呼ばれたように勢いよく、外へ振り向いた。
「昇! 何者かが昇――スクミィのマーキングポイントに接近しているわ!」
昇は頷いて、『魔力石』を取り、掲げて唱える。
「スクミィ・マナ・チャーム・アレイング!」
せせらぎのような流水の音を響かせ、昇がスクミィに変身した。
「ハイレインから奪取した所だわ!」
昇はもう一度頷いて、玄関に向かって駆け出した。
「――そういえばさ、エリー」
目的地に向かって人並外れた速度で走りながら、併走するように飛んでいるエリーに昇が尋ねる。ちなみに、エリーの格好は変わらない、ビスチェ風トップスとローライズボトムだ。
「マーカーを倒さないと再マーキングできない、って言ってたよね。それならこんな風に行かなくてもいいんじゃない?」
勢いで出てきてるけど、とこぼす昇に、エリーが答える。
「取り合い、って言ってるでしょ。リマーキングそのものはできなくても、ポイント間のリンクを寸断したり、魔力の高い者ならポイントを自分の魔力で押さえ込んだりして、弱らせることができるのよ。
そうやってマーカーの繋力を落としてから戦えば有利でしょ」
だから、とエリーは続ける。
「そういうことをされる前に、防衛する事が重要なのよ。魔力テーブルについては他にもあるけど、今は取り急ぎそれだけにしておくわ」
「じゃあ、この前のアイツが自分のエリアで戦おうとしたのは?」
「マーキングしたポイントにより近い場所の方が、強い魔力を自らに持てるからよ。あの時の方が昆虫のサイズ、大きかったでしょう?」
なるほど、と頷いた昇の頬に、水滴が落ちた。
瞬く間にそれは強めの雨になり、昇とエリーを濡らす。
「――悪くないわ」
雨滴が全身を叩くのを嫌がる素振りもなく、エリーが天を仰ぐ。
「昇の魔法は水に依るものが大きいからね。周囲のこの雨も利用できる可能性は高いわ」
急いで、とエリーが昇を煽り、昇は杖をより力を込めて握っていた。
『虫使い』ことエントマ・ハイレインが占有していたポイントのある、山中に小さく開いた空間に昇が着いたころには雨はいよいよ本降りになり、雨粒の勢いはやや弱まったもののやむ気配がまったく伺えなくなっていた。
息を切らせた昇がその広場に駆け込んだところに、青い塊が撃ちこまれる。昇は横っ跳びにそれをかわすが、地面に着弾して弾けた飛沫を昇は浴びてしまう。
広場の端にいた人影が振り向きざまに放ったものだった。
フードのついた裾の長いローブを巻いていて、夜の暗さと雨もあいまってすとんとしたシルエットしか見えない。
男か女かも判らないそのシルエットは、広場の端から山奥へ向かおうとしていた。
「あの奥にポイントがあったのは――昇は覚えてない?」
エリーの小声の問いかけに、昇は首だけで応える。
「どうやら間に合った――ようね」
ローブ姿はゆっくりと昇たちに振り返って腕を出し、持っていた長いものを横倒しにして構える。
それは、昇の使っている杖に酷似していた。
そこから出た腕は白く細い。
「気を付けて、昇――」
昇はやや足を広げて、杖を両手で構える。
その人影が一歩昇に近寄って無造作に杖を振ると、その軌道に従うように半月状に連なった雨滴が昇に向かって飛んできた。
「うわっ!」
昇が杖でそれを受けると弾けて消える。
ローブの者が杖を縦横に無言で振り回すと、先刻と同様の水弾が次々に生まれ、昇に襲いかかった。
防戦一方の昇がそれを防ぎきれず、数発が頬や腕や太腿に命中して四散する。水滴と共に赤いものが舞う。
「昇!」
エリーは昇からやや距離を取って、昇を呼ぶ。
「あなたの魔力が上がっているのを感じて!」
昇は唇を結んで、前方の相手が間断なく撃ち出す水の刃を防いでいた。止められなかったものが昇の体をまた打つ。
じりじりと横に移動してゆく昇を追って、ローブの者も向きを変える。
昇が杖を持つ力を強くすると、呼応するように石の光も輝きを増してゆく。
「っのぉぉぉ、っ!」
昇は杖を足元まで下げて、振り上げた。
水環から生み出され、雨水を含んで大きくなったバスケットボールくらいの水球が唸りを上げて疾る。
空中を転がるように飛んでゆく球はまっすぐローブの者に向かい、人影は杖を持った手を回して昇の水弾を拳で弾けさせた。
「お返しだっ!」
昇はさらに杖を振るい、初弾より小さい水弾を何発も撃ち出す。
ローブの者は無言でその弾を止め続けるが、連発する弾のひとつがローブの留め金を剥ぎ飛ばし、折りしも昇の後ろから吹き付けた風がフードを跳ね上げた。
ローブが開き、その姿が露わになる。
夜闇と雨が視界を悪くする中、その者の持っていた杖からの光が、持ち主を照らし出した。
少女だった。
整った顔立ちに、長い髪をポニーテールにしてまとめている。
未成熟ながら女性らしい起伏のある身体は雨に濡れ、艶のある白い衣装がそのラインをなぞっていた。
ぴったりと彼女のボディに張り付くようにまとっているのは、昇のものとやはりよく似ている――白のスクール水着だった。
昇の手から、杖が落ちる。
昇自身も膝を落とす。
「昇?」
エリーが昇の様子を窺って、前方の少女を見て、息を呑んだ。
昇の口からどうして、と掠れた声が漏れる。
「浅賀、さん――――」
昇の目の前の少女――浅賀くるみの、感情の抑揚を感じさせない暗い瞳が、昇を冷ややかに見下ろしていた。
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