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3.ある日『風邪っぴき』
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ある寒い日のことだ。
「だぁああ、ごんな声じゃ、お嫁にい゛げない゛ぃぃ」
朝、遭遇した時の奴の第一声がこれだった。どうやら、風邪を引いたらしい。幸い、今日は土曜日だ。奴を奴の部屋に隔離する作戦を決行したいと思う。
「嫁なんか最初からいけねぇだろうが」
あつ子の背中を押しながら、奴の部屋に向かって行く。なんとなく、服越しに奴の背中が熱い気がした。
「俺がもらっでやるどか言っでよぉお」
方言の訛りみたいな喋り方すな、怒られるぞ。
「早く部屋に戻れ、この珍獣」
起きてきて二分でハウスだ馬鹿野郎。
「家事がぁあ」
どんよりとした空気を纏いながら勢い良く奴がリビングの方に戻ろうとする。その様は何かの罠に掛かった、まさに猛獣……ん? 珍獣? 違いが分からないが、このままでは珍獣が里へ逃げるぞ? どうする?
「俺がやってやるよ」
奴の腕を掴んで必死に引き留めた。
俺だって、家事くらい……やってみたら出来んだろう?
「……やこ」
「んだよ?」
奴が、なんだか生気の無い目で俺を見てくる。
「逆に゛心配ぃ」
くそ過保護が! 泣きそうな目で縋ってくるんじゃねぇよ! 抱きつくな!
「じゃあ、何もしねぇよ! 一日くらい何もしなくたって大丈夫だろうが!」
「怒鳴らない゛でよぉ」
「くたばれ」
奴が俺の身体に腕を回している現状を利用して、ずるずるとそのまま部屋まで引き摺っていく。そして、部屋に入った瞬間に奴をベッドにぶち込んだ。「水が欲しい」だの「薬を持って来い」だのと我儘を言われ、仕方なく、それに応じてやったが、徐々に我儘がエスカレートしていく。
それは俺がもう良いだろう? と部屋を出て行こうとした時のことだ。
「一緒に居てよ゛ぉ゛ぉ゛お゛お」
あつ子に腕を掴まれて引き留められた。熱で弱ってるのか、今にも泣き出しそうだ。
にしても、きったねぇ声だな。
「んな、女々しいやつとなんか一緒に居たくねぇよ」
アタシ、死んじゃう~なんて言いそうな雰囲気じゃねぇか。勝手に死んでろ。
めんどうくせぇなと思って腕を外そうとしたら、勝手に向こうから緩まった。おかしいな、つって、奴の顔を見たら
「は?」
油断したところで腕を掴み直され、さらに強く引かれて、いつの間にか俺はあつ子の至近距離に居た。
少し鋭利で冷たいような、普段と違う瞳と視線が合致する。
「ここに居ろよ、やこ」
は、ハスキー……っ、全然きたねぇ声に聞こえねぇ。よく見たら乱れた髪も超セクシーじゃねぇか……! くっ、くそかっけぇ……!
「し、仕方ねぇから、いっ、一緒に居てやる」
ドギマギしながら、俺は“仕方なく”奴の腕の中にすっぽりと嵌まってやった。勿論、背中を向けてだ。顔なんか見てやるものか。
「別にそんなに近くに居なくても良いのに」
掠れた声が耳元で聞こえて、まるで「よしよし」とでもいうかのように奴の手が俺の頭を撫でた。
「うっせ、黙ってろ……」
――し、しし、心臓が……。
◆ ◆ ◆
夕方にオネおじの腕の中で目を覚ますと、何故か俺の喉がガラガラになっていた。そして、あろうことか死にそうになっていた奴の喉が全回復していた。
――こいつはバケモノか?
「やっだ、アタシ、人に移して綺麗さっぱり回復するタイプの人間だったわぁ~。近くに移す人が居て良かったぁ」
「死゛ね゛ぇ゛え!! げほっ、ごふぇっ!!」
目の前でニヤリと笑うあつ子に思い思いの咳をお見舞いしてやった。(※渾身の一撃、いや、二撃である)
この後も、どうにかあつ子に移し返そうと必死に色々とやったが、風邪は奴の方に戻ることを嫌がった。風邪の方が必死だった。
全世界の俺と風邪っぴきが泣いた。
「だぁああ、ごんな声じゃ、お嫁にい゛げない゛ぃぃ」
朝、遭遇した時の奴の第一声がこれだった。どうやら、風邪を引いたらしい。幸い、今日は土曜日だ。奴を奴の部屋に隔離する作戦を決行したいと思う。
「嫁なんか最初からいけねぇだろうが」
あつ子の背中を押しながら、奴の部屋に向かって行く。なんとなく、服越しに奴の背中が熱い気がした。
「俺がもらっでやるどか言っでよぉお」
方言の訛りみたいな喋り方すな、怒られるぞ。
「早く部屋に戻れ、この珍獣」
起きてきて二分でハウスだ馬鹿野郎。
「家事がぁあ」
どんよりとした空気を纏いながら勢い良く奴がリビングの方に戻ろうとする。その様は何かの罠に掛かった、まさに猛獣……ん? 珍獣? 違いが分からないが、このままでは珍獣が里へ逃げるぞ? どうする?
「俺がやってやるよ」
奴の腕を掴んで必死に引き留めた。
俺だって、家事くらい……やってみたら出来んだろう?
「……やこ」
「んだよ?」
奴が、なんだか生気の無い目で俺を見てくる。
「逆に゛心配ぃ」
くそ過保護が! 泣きそうな目で縋ってくるんじゃねぇよ! 抱きつくな!
「じゃあ、何もしねぇよ! 一日くらい何もしなくたって大丈夫だろうが!」
「怒鳴らない゛でよぉ」
「くたばれ」
奴が俺の身体に腕を回している現状を利用して、ずるずるとそのまま部屋まで引き摺っていく。そして、部屋に入った瞬間に奴をベッドにぶち込んだ。「水が欲しい」だの「薬を持って来い」だのと我儘を言われ、仕方なく、それに応じてやったが、徐々に我儘がエスカレートしていく。
それは俺がもう良いだろう? と部屋を出て行こうとした時のことだ。
「一緒に居てよ゛ぉ゛ぉ゛お゛お」
あつ子に腕を掴まれて引き留められた。熱で弱ってるのか、今にも泣き出しそうだ。
にしても、きったねぇ声だな。
「んな、女々しいやつとなんか一緒に居たくねぇよ」
アタシ、死んじゃう~なんて言いそうな雰囲気じゃねぇか。勝手に死んでろ。
めんどうくせぇなと思って腕を外そうとしたら、勝手に向こうから緩まった。おかしいな、つって、奴の顔を見たら
「は?」
油断したところで腕を掴み直され、さらに強く引かれて、いつの間にか俺はあつ子の至近距離に居た。
少し鋭利で冷たいような、普段と違う瞳と視線が合致する。
「ここに居ろよ、やこ」
は、ハスキー……っ、全然きたねぇ声に聞こえねぇ。よく見たら乱れた髪も超セクシーじゃねぇか……! くっ、くそかっけぇ……!
「し、仕方ねぇから、いっ、一緒に居てやる」
ドギマギしながら、俺は“仕方なく”奴の腕の中にすっぽりと嵌まってやった。勿論、背中を向けてだ。顔なんか見てやるものか。
「別にそんなに近くに居なくても良いのに」
掠れた声が耳元で聞こえて、まるで「よしよし」とでもいうかのように奴の手が俺の頭を撫でた。
「うっせ、黙ってろ……」
――し、しし、心臓が……。
◆ ◆ ◆
夕方にオネおじの腕の中で目を覚ますと、何故か俺の喉がガラガラになっていた。そして、あろうことか死にそうになっていた奴の喉が全回復していた。
――こいつはバケモノか?
「やっだ、アタシ、人に移して綺麗さっぱり回復するタイプの人間だったわぁ~。近くに移す人が居て良かったぁ」
「死゛ね゛ぇ゛え!! げほっ、ごふぇっ!!」
目の前でニヤリと笑うあつ子に思い思いの咳をお見舞いしてやった。(※渾身の一撃、いや、二撃である)
この後も、どうにかあつ子に移し返そうと必死に色々とやったが、風邪は奴の方に戻ることを嫌がった。風邪の方が必死だった。
全世界の俺と風邪っぴきが泣いた。
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