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8.ある日『魔の職場体験』
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とある月曜日の放課後、俺は職員室で担任の男性教師に対してごねていた。
「先生、何故、あの会社が俺の職場体験先なんですか? 俺、凄く人見知りなんですよ?」
――せんせぃいい! どうしてだよぉぉおおお! 俺がすげぇ人見知りなの知ってるだろぉぉおお?
心の中では、これくらい乱れていた。だって、そうだろう? なんで高校生にもなって職場体験をしないといけないのか。普通、中学で終わらせるだろ、そんなもん。
しかも、問題はそれだけじゃない。俺が一人で行かされる場所……、それがオネおじの勤務している会社だから問題なのだ。
普段見られないかっけぇオネおじが見られるかもしれねぇ、という利点はある。だが……オネおじの会社に行くってことは、あのサイコパスに遭うってことになるじゃねぇか。これは、なんとかして阻止したい。
「あのな、どこ行っても同じだぞ? 周りは知らん人ばっかだ」
ごもっともだ。
「そう、です、よね……」
「頑張れよ?」
「……はい」
負けた。校則違反して職員室で怒られてるやつみてぇになった。
◆ ◆ ◆
「一日、宜しくお願いします」
「宜しく、じゃあ、この書類をシュレッダーにかけてもらおうかな」
朝、職場体験先に行くと、俺は事務担当の場所に連れて行かれた。オネおじと後輩は営業部だ。そもそも部署が違った。
単なる高校生を経理部とか外回りをするような営業部に入れたりしないよな。良かった。ちょっと残念ではあるが……。
「処分する書類が溜まってたから助かったよ」
俺、紙を散り散りにしてただけなんだが、不思議なくらいに時間が経つのが早かった。担当してくれてる事務のおじさんは部署と部署を繋ぐ仕事もしてるらしくて、昼飯を食べる時に奇跡が起こった。
「あれ、そのお弁当、さっき同じのを食べてる人を別の階の休憩室で見たな。たしか――」
「それ多分、俺の叔父です」
場所は言わず「今日は職場体験なんだ」とオネおじに言ったら、何故かいつもより気合いを入れて弁当を作ってくれた。家庭の弁当にしては細かいおかずが沢山入っているから、事務のおじさんの目に付いたのだろう。
あつ子は可愛い弁当が作りたかっただろうが、我慢してくれて良かった。
「あ、そうなんだ? あの人、凄く優秀だよね。成績一位でいつも表彰されてるし」
まるで自分のことのようにおじさんが嬉しそうに語る。
「そう……」
知らなかった。
「なんですよねー」
知らなかったけれど、知っているフリで話を進める。
なんだよ、なんだよ、なんで後輩の話ばっかして自分のこと話してくれねぇんだよ。知らなかったじゃんか、なんか悔しいし、恥ずかしいけど
「良いね、優秀な叔父さんが居て」
「はい」
カラフルな弁当を見つめながら、少しだけ、オネおじを誇らしく思った――。
◆ ◆ ◆
職場体験が終わってから俺はエントランスでオネおじを待っていた。どうせ同じところに帰るのだから普通だろう。
「敦彦さん」
「やこ?」
自分の前を通り過ぎたあつ子が二度見して戻って来た。キョロキョロと奴の周りを見て確認する。
「後輩は?」
「先に帰ったぞ?」
人の目を気にして、奴は外の顔になっている。くそ……かっけえな。
「そっか」
居なくて良かった。会ったら何言われるか分かんねぇからな、あのサイコパス。
「もしかして、お前、うちの会社に来てたのか? 言ってくれれば良かったのにぃ」
一緒に会社を出て、まだ少し寒い空の下を歩く。人が居なくなった途端にオネエが出た。変面並みに切り替えが早く、いつも違和感がない。
「良いんだよ」
確かにあつ子の仕事してる姿は見たかったような気がするけどよ、会わなかったから知れたこともあるっつうか……。
「どうしたの? 珍しく嬉しそうじゃない」
「んなことねぇよ~」
おめぇを褒められて、ちょっと喜んでるなんて、面と向かって言ってやれるかよ。
「ニヤニヤしてるじゃない、気持ち悪い」
「気持ち悪いとか言うなよな」
普段、そんなこと言いやがったら「死ね」の一言や二言をお見舞してるところだが、今日は機嫌が良いからスルーしてやろう。
「あんたが怒らないなんて……あ、もしかして、今日の見られてた?」
急に道の途中でハッとなり立ち止まるオネおじ。
「今日のってなんだ?」
俺も一緒になって立ち止まった。
なんだ? おめぇも今日良いことがあったってことか? 昇進か?
「やだ、隠さなくても良いのよ? アタシ、今日、後輩くんにプロポースされたのぉ」
オネおじが、まるで乙女のように顔を両手で挟んで照れる仕草をする。
「は? プロポーズ?」
う、そだろ? じゃあ、あの人、本当にこいつに脈があったってことか? 助かっ……いや、それとも、こいつと親密になることで俺にさらに近付こうと……
「今週末、うちでお泊まり会したいですって言われて、アタシ、オーケーしちゃ――」
「死ねぇ!!」
それはプロポーズじゃねぇぇぇええええ! せっかく出会わなくて済んだと思ったのによぉぉおおお! 人が居ねぇとこでなんつー約束こじつけてんだぁあぁああ!
「やこ? え、やこ、どうしたの?」
「勘弁してくれ……」
この後、俺が泣きながら中止を懇願したため、お泊まり会は延期となった。後輩に理由を説明する際、「やこの心の準備が整ってないから」と言ったとのことだ。誤解されるだろう、こんちくしょう。
全世界の純粋な俺が泣いた。
「先生、何故、あの会社が俺の職場体験先なんですか? 俺、凄く人見知りなんですよ?」
――せんせぃいい! どうしてだよぉぉおおお! 俺がすげぇ人見知りなの知ってるだろぉぉおお?
心の中では、これくらい乱れていた。だって、そうだろう? なんで高校生にもなって職場体験をしないといけないのか。普通、中学で終わらせるだろ、そんなもん。
しかも、問題はそれだけじゃない。俺が一人で行かされる場所……、それがオネおじの勤務している会社だから問題なのだ。
普段見られないかっけぇオネおじが見られるかもしれねぇ、という利点はある。だが……オネおじの会社に行くってことは、あのサイコパスに遭うってことになるじゃねぇか。これは、なんとかして阻止したい。
「あのな、どこ行っても同じだぞ? 周りは知らん人ばっかだ」
ごもっともだ。
「そう、です、よね……」
「頑張れよ?」
「……はい」
負けた。校則違反して職員室で怒られてるやつみてぇになった。
◆ ◆ ◆
「一日、宜しくお願いします」
「宜しく、じゃあ、この書類をシュレッダーにかけてもらおうかな」
朝、職場体験先に行くと、俺は事務担当の場所に連れて行かれた。オネおじと後輩は営業部だ。そもそも部署が違った。
単なる高校生を経理部とか外回りをするような営業部に入れたりしないよな。良かった。ちょっと残念ではあるが……。
「処分する書類が溜まってたから助かったよ」
俺、紙を散り散りにしてただけなんだが、不思議なくらいに時間が経つのが早かった。担当してくれてる事務のおじさんは部署と部署を繋ぐ仕事もしてるらしくて、昼飯を食べる時に奇跡が起こった。
「あれ、そのお弁当、さっき同じのを食べてる人を別の階の休憩室で見たな。たしか――」
「それ多分、俺の叔父です」
場所は言わず「今日は職場体験なんだ」とオネおじに言ったら、何故かいつもより気合いを入れて弁当を作ってくれた。家庭の弁当にしては細かいおかずが沢山入っているから、事務のおじさんの目に付いたのだろう。
あつ子は可愛い弁当が作りたかっただろうが、我慢してくれて良かった。
「あ、そうなんだ? あの人、凄く優秀だよね。成績一位でいつも表彰されてるし」
まるで自分のことのようにおじさんが嬉しそうに語る。
「そう……」
知らなかった。
「なんですよねー」
知らなかったけれど、知っているフリで話を進める。
なんだよ、なんだよ、なんで後輩の話ばっかして自分のこと話してくれねぇんだよ。知らなかったじゃんか、なんか悔しいし、恥ずかしいけど
「良いね、優秀な叔父さんが居て」
「はい」
カラフルな弁当を見つめながら、少しだけ、オネおじを誇らしく思った――。
◆ ◆ ◆
職場体験が終わってから俺はエントランスでオネおじを待っていた。どうせ同じところに帰るのだから普通だろう。
「敦彦さん」
「やこ?」
自分の前を通り過ぎたあつ子が二度見して戻って来た。キョロキョロと奴の周りを見て確認する。
「後輩は?」
「先に帰ったぞ?」
人の目を気にして、奴は外の顔になっている。くそ……かっけえな。
「そっか」
居なくて良かった。会ったら何言われるか分かんねぇからな、あのサイコパス。
「もしかして、お前、うちの会社に来てたのか? 言ってくれれば良かったのにぃ」
一緒に会社を出て、まだ少し寒い空の下を歩く。人が居なくなった途端にオネエが出た。変面並みに切り替えが早く、いつも違和感がない。
「良いんだよ」
確かにあつ子の仕事してる姿は見たかったような気がするけどよ、会わなかったから知れたこともあるっつうか……。
「どうしたの? 珍しく嬉しそうじゃない」
「んなことねぇよ~」
おめぇを褒められて、ちょっと喜んでるなんて、面と向かって言ってやれるかよ。
「ニヤニヤしてるじゃない、気持ち悪い」
「気持ち悪いとか言うなよな」
普段、そんなこと言いやがったら「死ね」の一言や二言をお見舞してるところだが、今日は機嫌が良いからスルーしてやろう。
「あんたが怒らないなんて……あ、もしかして、今日の見られてた?」
急に道の途中でハッとなり立ち止まるオネおじ。
「今日のってなんだ?」
俺も一緒になって立ち止まった。
なんだ? おめぇも今日良いことがあったってことか? 昇進か?
「やだ、隠さなくても良いのよ? アタシ、今日、後輩くんにプロポースされたのぉ」
オネおじが、まるで乙女のように顔を両手で挟んで照れる仕草をする。
「は? プロポーズ?」
う、そだろ? じゃあ、あの人、本当にこいつに脈があったってことか? 助かっ……いや、それとも、こいつと親密になることで俺にさらに近付こうと……
「今週末、うちでお泊まり会したいですって言われて、アタシ、オーケーしちゃ――」
「死ねぇ!!」
それはプロポーズじゃねぇぇぇええええ! せっかく出会わなくて済んだと思ったのによぉぉおおお! 人が居ねぇとこでなんつー約束こじつけてんだぁあぁああ!
「やこ? え、やこ、どうしたの?」
「勘弁してくれ……」
この後、俺が泣きながら中止を懇願したため、お泊まり会は延期となった。後輩に理由を説明する際、「やこの心の準備が整ってないから」と言ったとのことだ。誤解されるだろう、こんちくしょう。
全世界の純粋な俺が泣いた。
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