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10.ある日『昔の客の襲来』
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とある平日の夕方、俺はあつ子と一緒に家に向かっていた。いつも通りの人通りの少ない道だ。
「ねぇ、今度後輩くんと一緒に居るところ写真に撮ってよ。あ、彼単体でも良いわよ?」
人が周りに居ないのを良いことに、るんるんあつ子を発動されていて騒がしい。
「顔がうるせぇ、一人で自撮りでもしてろ」
「やだ、やこひっどーい……あ、でもそれって、アタシの自撮りを待ち受けにしたいってこと? やだぁ、スマホ寄越せよ」
「なんで、ちょっと最後らへんマジな声出したんだよ? 嫌だよ、いらねぇよ」
道路の真ん中でスマホの奪い合い、大変危険な行為である。
「あつ子」
「何よ?」
「は? 俺じゃねぇよ?」
あつ子の名前を呼んだのは俺ではない。だが、俺にもその声は聞こえていた。
俺だけが驚いて、後ろを振り返る。そこには一人の男が立っていた。あつ子と同じくらいの身長に全身黒ずくめ、それにサングラス、完全に怪しいやつだ。視覚から入ってくる情報が少なすぎて、年齢なんざ分かりそうになかった。
「あつ子」
男がまたあつ子の名を呼ぶが、あつ子は振り向こうとしない。
「おい、あつ――」
「やこ、こっち来い」
俺が「あいつ知り合いか?」と聞こうとしたら、あつ子に腕を掴まれ引き寄せられた。そのまま、後ろの男を無視して、少し早歩きで歩き始める。
「あつ子、俺だよ、覚えてる?」
訳も分からず、あつ子と共に人通りの多い大通りを目指すが、男も一緒についてきていた。無視をされているというのに、懲りずに後ろから話し掛けてくる。
――怖ぇ、なんなんだ?
「あつ子、ねぇ、無視しないでよ」
暫くして、後ろからドタドタという足音が聞こえてきた。男が走って俺とあつ子を追い越したのだ。
「その子、誰? 息子にしては大き過ぎるし、恋人にしては若過ぎるよね?」
目の前に回ってきた黒ずくめの男が口元を歪ませながら、こちらが言うであろうことを全て先に言ってきた。
「お前に関係ないだろう? 俺はもう店を辞めたんだよ」
男に遭遇してから初めて、あつ子が口を開いた。その言葉から、目の前の見知らぬ男が、あつ子の昔の客だということに気付く。
「その喋り方……、店を辞めたからって普通に戻れんの? それにあつ子、餓鬼は嫌いだって言ってたじゃないか」
男の歪んだ口元は変わらない。笑っているのか、なんなのか。
そして、この言い方……、もしかして、結構年齢的には若くてそれを理由に昔あつ子にフラれたとか?
「こいつは餓鬼じゃない、少なくとも、お前よりは大人だよ」
何にせよ、あつ子が嫌がっているのは雰囲気から分かる。声からピリピリとした感情も感じた。
「じゃあ、恋人なの?」
「……この子は……」
あつ子が逃げ道を探して困っている。
俺はあまり出来の良くない頭で、あつ子を助けるためには一体何をすれば良いのか、と考えてみた。
男はあつ子のことが好きで……、んで、良く分かんねぇ。多分、あつ子は俺のことを気にして冗談でも俺のことを恋人とは言えない…………、じゃあ、俺から行けば良いんじゃね?
「あつ子」
何も考えず、俺はあつ子のネクタイを思いっきり掴んで自分の方に引き寄せた。そして、
「やこ、なにす――」
軽く触れるだけのキスをした。
これで穏便に解決するだろうと思っていたが、全然終わらなかった。キスが、終わらなかった。
「っ!? ン、んッ」
――ちょっ、は、はあ!? し! 舌! 舌がっ!
何を思ったのか、あつ子が唇の隙間から舌を潜り込ませて来たのだ。奴の舌が俺の舌に触れた瞬間、ゾクゾクとした未知の感覚に襲われる。
だが、ここで戸惑いを見せてしまっては俺の勇気が無駄になってしまう。
最初こそ狼狽たものの、唇が離されるまで、それっぽいキスの受け方で乗り切り、自由になった瞬間に俺は男に向かって言い放った。
「……はっ、……恋人だよ、悪かったな」
と。
――ディ、ディープまでされるとは思ってなかったが……。
「ふざけんなよ!」
「う、そだろ?」
諦めて帰ると思っていたが、俺の考えは甘かったらしい。突然、男は上着のポケットから小柄な刃物を取り出して、こちらに突きつけてきた。
「一体、何が望みなんだ?」
あつ子が自分の後ろに俺を隠して男に問い掛ける。こんな時こそ女々しくなりそうだが、どうして今のあつ子はとても男らしいのだろうか。
「お前だけが幸せになるなんて、許せないんだよ!」
刃物をその場で無造作に振りながら男が怒鳴り散らす。
「幸せ……? ――お前に何が分かる? お前が俺を理解してくれてるとでも言うのか? 理解なんて出来ないだろう? お前は何も分かってないよ。こいつはな、俺の唯一の理解者なんだよ。やっと手に入れた幸せだ、幸せになって何が悪い?」
あつ子の背中が、いつもより、とても大きく見えた。奴の言っていることが本当のことなのか、男から逃れるための嘘なのか、どちらか分からねぇが、俺には……。
「死ねよ……、死んでくれよ!」
「……っ」
逆上した男が刃物を持ったまま、あつ子に突進しようとした瞬間、ピーッという笛の音が聞こえた。
「刃物を捨てろ!!」
どうやら、自転車に乗った交番勤務のおまわりが男の気を逸らすために警笛を鳴らしたらしい。
「け、警察!?」
男はおまわりの姿を見るや否や焦って刃物をコンクリートの地面に落とした。そのまま逃げていれば捕まらなかったと思うが、男が刃物を拾おうとした瞬間をおまわりは逃さなかった。自転車をその場に乗り捨て、男にタックルを喰らわしたのだ。
そして、男は手錠をされ、応援と思われるパトカーに乗せられて行った。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
「ちょっと交番まで来てもらって良いですか? お話を――」
オネおじがおまわりと話をしている間、俺はずっと奴の横顔を見ていた。
◆ ◆ ◆
あつ子と俺が家に帰って来れたのは、男の襲来から二時間くらい経った後だった。
「……っ、うぅ……」
家に帰るなり、いつものシクシクモードに突入だ。ソファに横並びに座って、チラチラと横を見て奴の様子を確認する。ガチ泣きじゃねぇか……!
「何泣いてんだよ?」
バツが悪くて、取り敢えず、気にしている素振りを見せてやる。
「やこが無事で良かったと思って……」
ローテーブルの上にあったティッシュの箱を差し出すと、奴はそこから一枚だけ取って、やけに上品に涙を拭いた。
――普通、自分一番に考えるだろ? ……俺、大事にされてるってことなのか?
「何言ってんだ、俺のことなんざ――」
「って、言いたいとこだけど、やこのファーストキスをアタシが奪っちゃったんだって考えたら可哀想で……」
「だ、誰が、ファーストキスだ!」
可哀想とか言うな! 哀れむな! 自分からあんな……、あんな濃厚なもんに変えておいて、そりゃ無いだろう? 結局、無駄になったんだ、俺も下手なことをしなきゃ良かったと後悔はしている。
「え? 違うの?」
「……うっ、うっせぇよ、くそが!」
俺は少し乱暴にティッシュの箱を奴に押し付けた。
間違っちゃいねぇが、なんか面と向かって言われると認めたくねぇし、恥ずかしいだろうが、くそが。
「ふっ、……可愛いわね、あんた」
やめろ、下衆い顔して鼻で笑うんじゃねぇ!
「どうりで下手くそだと――」
「も、もうその話すんのやめろ」
確かに自分の行動に後悔はしているが、なんか今日のあつ子見てたら、自分の中に訳分かんねぇ感情が生まれてきて、いや、それは多分、ちょっと前からあったんだが、今日、俺はその感情の意味に気が付いちまったかもしれねぇんだよ。
「やこ、顔真っ赤」
「この悪魔……! 俺、おめぇのこと、好きになったかもしれねぇんだよ!」
自分の頬に向かって伸びてきた手を叩き落として、俺はその勢いのままに叫んだ。
「やこ……」
一瞬の沈黙の後、あつ子が申し訳なさそうに口を開いた。
「それ……、吊り橋効果よ」
「な、んだ……と?」
衝撃のあまり、固まる。吊り橋効果なら俺も知っている。吊り橋を渡っている時のドキドキを好きのドキドキと勘違いするってやつだ。そんなものに俺が掛かっていたというのか?
「あの危機的状況になると告白が上手くいくってやつだよな?」
空想の中であつ子がグラグラと意図的に橋を揺らし「やこ、早く来なさいよぉ、じゃないと……置いていくぞ?」と言っている姿を想像してしまった。(※空想の中でもイケメンに変面するオネおじである)
「そうよ」
一応、確認してみた。真面目な顔して、あつ子が頷いている。そうか、やっぱ、そうなのか……
「んだよ、心配して損したぜ……」
なんだ、なんてことねぇんじゃんか、良かった、良かった。よし、忘れよう。
「まあ、今日のやこは格好良かったわよ? 守ってくれてありがとね」
笑顔になったあつ子から頬に軽くキスをされた。
「は、おめぇのためじゃねぇし、早く帰りたかっただけだし」
「素直じゃないのはブスよ?」
「おめぇの好きな後輩にも言ってやろうか?」
「後輩くんはブスじゃないもーん」
サイコパスですぅ! って言わせてやりてぇな。ムカつくぜ、くそ。
ただ、俺の気持ちが間違ったもんだってことが分かって良かった。これで今日はぐっすり眠れ……ん? でも、そしたら今までの微妙な気持ちってなんだったんだ――?
この後、結局、寝る時になって今日のことをまた思い出したのか、オネおじに「凄く怖かったぁ!!」つって、すげぇ泣かれた。お気に入りのクマちゃんかってくらい強く抱き締められて魂が口から出るかと思ったが、魂の重さは21g、俺が魂を本体と思うならば大減量に成功するところだった。
そして、一緒に寝ることになったが、自分の動悸が煩さ過ぎて一睡も出来なかった。俺は、いつまで吊り橋に乗っているつもりなのだろうか……?
全世界のあつ子とお気に入りのクマちゃんが泣いた。
「ねぇ、今度後輩くんと一緒に居るところ写真に撮ってよ。あ、彼単体でも良いわよ?」
人が周りに居ないのを良いことに、るんるんあつ子を発動されていて騒がしい。
「顔がうるせぇ、一人で自撮りでもしてろ」
「やだ、やこひっどーい……あ、でもそれって、アタシの自撮りを待ち受けにしたいってこと? やだぁ、スマホ寄越せよ」
「なんで、ちょっと最後らへんマジな声出したんだよ? 嫌だよ、いらねぇよ」
道路の真ん中でスマホの奪い合い、大変危険な行為である。
「あつ子」
「何よ?」
「は? 俺じゃねぇよ?」
あつ子の名前を呼んだのは俺ではない。だが、俺にもその声は聞こえていた。
俺だけが驚いて、後ろを振り返る。そこには一人の男が立っていた。あつ子と同じくらいの身長に全身黒ずくめ、それにサングラス、完全に怪しいやつだ。視覚から入ってくる情報が少なすぎて、年齢なんざ分かりそうになかった。
「あつ子」
男がまたあつ子の名を呼ぶが、あつ子は振り向こうとしない。
「おい、あつ――」
「やこ、こっち来い」
俺が「あいつ知り合いか?」と聞こうとしたら、あつ子に腕を掴まれ引き寄せられた。そのまま、後ろの男を無視して、少し早歩きで歩き始める。
「あつ子、俺だよ、覚えてる?」
訳も分からず、あつ子と共に人通りの多い大通りを目指すが、男も一緒についてきていた。無視をされているというのに、懲りずに後ろから話し掛けてくる。
――怖ぇ、なんなんだ?
「あつ子、ねぇ、無視しないでよ」
暫くして、後ろからドタドタという足音が聞こえてきた。男が走って俺とあつ子を追い越したのだ。
「その子、誰? 息子にしては大き過ぎるし、恋人にしては若過ぎるよね?」
目の前に回ってきた黒ずくめの男が口元を歪ませながら、こちらが言うであろうことを全て先に言ってきた。
「お前に関係ないだろう? 俺はもう店を辞めたんだよ」
男に遭遇してから初めて、あつ子が口を開いた。その言葉から、目の前の見知らぬ男が、あつ子の昔の客だということに気付く。
「その喋り方……、店を辞めたからって普通に戻れんの? それにあつ子、餓鬼は嫌いだって言ってたじゃないか」
男の歪んだ口元は変わらない。笑っているのか、なんなのか。
そして、この言い方……、もしかして、結構年齢的には若くてそれを理由に昔あつ子にフラれたとか?
「こいつは餓鬼じゃない、少なくとも、お前よりは大人だよ」
何にせよ、あつ子が嫌がっているのは雰囲気から分かる。声からピリピリとした感情も感じた。
「じゃあ、恋人なの?」
「……この子は……」
あつ子が逃げ道を探して困っている。
俺はあまり出来の良くない頭で、あつ子を助けるためには一体何をすれば良いのか、と考えてみた。
男はあつ子のことが好きで……、んで、良く分かんねぇ。多分、あつ子は俺のことを気にして冗談でも俺のことを恋人とは言えない…………、じゃあ、俺から行けば良いんじゃね?
「あつ子」
何も考えず、俺はあつ子のネクタイを思いっきり掴んで自分の方に引き寄せた。そして、
「やこ、なにす――」
軽く触れるだけのキスをした。
これで穏便に解決するだろうと思っていたが、全然終わらなかった。キスが、終わらなかった。
「っ!? ン、んッ」
――ちょっ、は、はあ!? し! 舌! 舌がっ!
何を思ったのか、あつ子が唇の隙間から舌を潜り込ませて来たのだ。奴の舌が俺の舌に触れた瞬間、ゾクゾクとした未知の感覚に襲われる。
だが、ここで戸惑いを見せてしまっては俺の勇気が無駄になってしまう。
最初こそ狼狽たものの、唇が離されるまで、それっぽいキスの受け方で乗り切り、自由になった瞬間に俺は男に向かって言い放った。
「……はっ、……恋人だよ、悪かったな」
と。
――ディ、ディープまでされるとは思ってなかったが……。
「ふざけんなよ!」
「う、そだろ?」
諦めて帰ると思っていたが、俺の考えは甘かったらしい。突然、男は上着のポケットから小柄な刃物を取り出して、こちらに突きつけてきた。
「一体、何が望みなんだ?」
あつ子が自分の後ろに俺を隠して男に問い掛ける。こんな時こそ女々しくなりそうだが、どうして今のあつ子はとても男らしいのだろうか。
「お前だけが幸せになるなんて、許せないんだよ!」
刃物をその場で無造作に振りながら男が怒鳴り散らす。
「幸せ……? ――お前に何が分かる? お前が俺を理解してくれてるとでも言うのか? 理解なんて出来ないだろう? お前は何も分かってないよ。こいつはな、俺の唯一の理解者なんだよ。やっと手に入れた幸せだ、幸せになって何が悪い?」
あつ子の背中が、いつもより、とても大きく見えた。奴の言っていることが本当のことなのか、男から逃れるための嘘なのか、どちらか分からねぇが、俺には……。
「死ねよ……、死んでくれよ!」
「……っ」
逆上した男が刃物を持ったまま、あつ子に突進しようとした瞬間、ピーッという笛の音が聞こえた。
「刃物を捨てろ!!」
どうやら、自転車に乗った交番勤務のおまわりが男の気を逸らすために警笛を鳴らしたらしい。
「け、警察!?」
男はおまわりの姿を見るや否や焦って刃物をコンクリートの地面に落とした。そのまま逃げていれば捕まらなかったと思うが、男が刃物を拾おうとした瞬間をおまわりは逃さなかった。自転車をその場に乗り捨て、男にタックルを喰らわしたのだ。
そして、男は手錠をされ、応援と思われるパトカーに乗せられて行った。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
「ちょっと交番まで来てもらって良いですか? お話を――」
オネおじがおまわりと話をしている間、俺はずっと奴の横顔を見ていた。
◆ ◆ ◆
あつ子と俺が家に帰って来れたのは、男の襲来から二時間くらい経った後だった。
「……っ、うぅ……」
家に帰るなり、いつものシクシクモードに突入だ。ソファに横並びに座って、チラチラと横を見て奴の様子を確認する。ガチ泣きじゃねぇか……!
「何泣いてんだよ?」
バツが悪くて、取り敢えず、気にしている素振りを見せてやる。
「やこが無事で良かったと思って……」
ローテーブルの上にあったティッシュの箱を差し出すと、奴はそこから一枚だけ取って、やけに上品に涙を拭いた。
――普通、自分一番に考えるだろ? ……俺、大事にされてるってことなのか?
「何言ってんだ、俺のことなんざ――」
「って、言いたいとこだけど、やこのファーストキスをアタシが奪っちゃったんだって考えたら可哀想で……」
「だ、誰が、ファーストキスだ!」
可哀想とか言うな! 哀れむな! 自分からあんな……、あんな濃厚なもんに変えておいて、そりゃ無いだろう? 結局、無駄になったんだ、俺も下手なことをしなきゃ良かったと後悔はしている。
「え? 違うの?」
「……うっ、うっせぇよ、くそが!」
俺は少し乱暴にティッシュの箱を奴に押し付けた。
間違っちゃいねぇが、なんか面と向かって言われると認めたくねぇし、恥ずかしいだろうが、くそが。
「ふっ、……可愛いわね、あんた」
やめろ、下衆い顔して鼻で笑うんじゃねぇ!
「どうりで下手くそだと――」
「も、もうその話すんのやめろ」
確かに自分の行動に後悔はしているが、なんか今日のあつ子見てたら、自分の中に訳分かんねぇ感情が生まれてきて、いや、それは多分、ちょっと前からあったんだが、今日、俺はその感情の意味に気が付いちまったかもしれねぇんだよ。
「やこ、顔真っ赤」
「この悪魔……! 俺、おめぇのこと、好きになったかもしれねぇんだよ!」
自分の頬に向かって伸びてきた手を叩き落として、俺はその勢いのままに叫んだ。
「やこ……」
一瞬の沈黙の後、あつ子が申し訳なさそうに口を開いた。
「それ……、吊り橋効果よ」
「な、んだ……と?」
衝撃のあまり、固まる。吊り橋効果なら俺も知っている。吊り橋を渡っている時のドキドキを好きのドキドキと勘違いするってやつだ。そんなものに俺が掛かっていたというのか?
「あの危機的状況になると告白が上手くいくってやつだよな?」
空想の中であつ子がグラグラと意図的に橋を揺らし「やこ、早く来なさいよぉ、じゃないと……置いていくぞ?」と言っている姿を想像してしまった。(※空想の中でもイケメンに変面するオネおじである)
「そうよ」
一応、確認してみた。真面目な顔して、あつ子が頷いている。そうか、やっぱ、そうなのか……
「んだよ、心配して損したぜ……」
なんだ、なんてことねぇんじゃんか、良かった、良かった。よし、忘れよう。
「まあ、今日のやこは格好良かったわよ? 守ってくれてありがとね」
笑顔になったあつ子から頬に軽くキスをされた。
「は、おめぇのためじゃねぇし、早く帰りたかっただけだし」
「素直じゃないのはブスよ?」
「おめぇの好きな後輩にも言ってやろうか?」
「後輩くんはブスじゃないもーん」
サイコパスですぅ! って言わせてやりてぇな。ムカつくぜ、くそ。
ただ、俺の気持ちが間違ったもんだってことが分かって良かった。これで今日はぐっすり眠れ……ん? でも、そしたら今までの微妙な気持ちってなんだったんだ――?
この後、結局、寝る時になって今日のことをまた思い出したのか、オネおじに「凄く怖かったぁ!!」つって、すげぇ泣かれた。お気に入りのクマちゃんかってくらい強く抱き締められて魂が口から出るかと思ったが、魂の重さは21g、俺が魂を本体と思うならば大減量に成功するところだった。
そして、一緒に寝ることになったが、自分の動悸が煩さ過ぎて一睡も出来なかった。俺は、いつまで吊り橋に乗っているつもりなのだろうか……?
全世界のあつ子とお気に入りのクマちゃんが泣いた。
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