オネおじと俺の華麗なる日常

純鈍

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23.ある日『危険なお泊まり』

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 夏休み中のある金曜の夜のことだった。

「お邪魔します」

 予定通り、サイコパスの到来。あつ子ではなく、俺が死んだ目でお迎えした。意見の相違で解散するバンドみたいに「あ、やっぱ自分が思ってたのとちょっと違うんで帰りますね」って元来た道戻って来んねぇかなって思ったけど、無理そうだ。

 超、ご機嫌じゃねぇか。

「あれ、やこくん、もしかして寝ずに待っててくれたの?」

 目が合った瞬間に言われた。 

「いや、まだ九時ですよ?」

 リビングに向かいながら言ってやる。俺をいくつだと思ってんだよ? 寝ねぇわ、そんな早く。ちょっと帰りが遅くなっちゃったパパさん気分かよ? 

「あれ、やこくん、おじいちゃんみたいに早く寝るんじゃなかったっけ?」
「ぶっ飛ばしますよ?」

 そっちか、ふざけんな。俺の孫か、あんたは。

「おい、やこ、そういうこと言うな」

 玄関でお迎えしなかったあつ子がリビングから出てきて俺に注意する。また後輩贔屓か。

 ちなみに、あつ子は今日、色々と準備するために後輩より先に帰宅していた。

「良いんですよ、先輩」

 俺はやこくんにならぶっ飛ばされても良いかなって思ってるんで、という言葉が見える。何故だ? この人はそこまで口に出していないはずだぞ? 言葉になって見える。見えるぞ?

「もっと叱って良いんだぞ? お前が叱れば、やこの生意気な性格が少しは良くなるかもしれない」

 はは、とか爽やかに笑ってやがるが「そういうこと言うな」は、こっちのセリフだ。そんなこと言ったら、おめぇの後輩、サイコパスだから、変な方に意味曲げて何してくるか分かんねぇぞ?

「え、本当ですか? ーー俺が叱ったらやこくん人格変わっちゃうかもしれないって」

 うわぁ。こえぇ、こえぇ。俺に向かって言うなよ。あんたが言うとマジにしか聞こえねぇよ。さりげなく性格じゃなくて人格って言ってるし、拷問でもするつもりか?

「へ、へぇ、良い子にしてよう……」

 んなこと言ったことねぇよ。こんなん俺に言わせるなんて、やるじゃねぇか、後輩。(※完全にビビっている)

「鞄、そこら辺に置いて、椅子座れ」

 キッチンの方に移動したあつ子がリビングの端の方を指差して後輩に言った。そして、テーブルの方に出来たての『ザ・男飯』を持ってきた。

 いつものあつ子の夕飯とは違う。何が違うのかというと、肉、炭水化物、炭水化物ということだ。野菜はどうした? 茶色いぞ? からあげ、炒飯、焼きそばって、どんな組み合わせだ?

「わぁ、俺の好きなものばかりじゃないですか。先輩、凄いですね」

 そうだと思った。いつもなら野菜食わなかったら、あつ子に怒られるもんな。

 椅子に着いた後輩がテーブルの上を見て目をキラキラと輝かせている。眩しい、クソ、イケメンがキラキラするとなんか訳分かんねぇエフェクトが発生して眩しい。そのままアンドロメダ流星群の塵と化してしまえ。

 今だけは、なんだか存在感を極限まで薄くしたくて、俺は黙って椅子に座った。

「褒めてもこれ以上何も出ないぞ? ――さて、じゃあ、いただきます」

 上機嫌なあつ子が最後に席に着いて両手を合わせた。

「いただきます」
「いただきます」

 珍しく遅めの夕飯、いや夜飯だ。挨拶をして黙々と夕飯を食う俺と楽しそうに会話を始める大人二人。こうなるんじゃねぇかって思ってたんだよな。

 いつもの白黒ボーダーの囚人みたいな半袖短パンを着て、寝る準備は万端だ。

「寝るの? やこくん、やっぱりおじいちゃんみたいだね」

 部屋に入ろうとした俺を後輩が呼び止めた。ニコニコしながらあつ子の片付けを手伝っているようだ。

「勝手に言っててください」

 明日になったら、あんたはお家に帰るんだろ? 多分、寝て起きたら居ねぇな。こっちは若ぇんだ、何時間だって寝れるぜ。良かった、良かった。

「おやすみなさ――」
「じゃあ、俺も一緒に寝ようかな」
「は?」

 ――一緒、だ、と……?

 自分の部屋の扉を開けようとしていた俺の手が止まった。後輩の言葉の意味がよく理解出来ない。

「先輩、シャワーお借りして良いですか?」

 キッチンに立っているオネおじに話し掛ける後輩の姿だけが見えている。なんか雰囲気がおかしい。イケメンが、イケメンを前面に押し出して、イケメンしてやがる。

「どう……、良いぞ」

 顔見えねぇけど、あつ子、今、ちょっと「どうぞ」ってオネエ出そうになっただろう? なんか声変だったもんな? 後輩の男らしさに負けてんじゃねぇぞ?

「じゃあ、お借りします。やこくん、リビングで待っててくれないかな?」
「へ? はあ?」
「じゃあ、後でね」

 ご機嫌な様子で風呂に消えていく後輩にお願いされた俺だが、「嫌です、おやすみなさい」と心の中で念仏唱えて、自分の部屋に逃げ込んだ。さすがに後輩も人のプライベート空間には入って来ないだろうと思った。安心して、真っ暗闇の中で眠りに落ちた。

 眠ってから何時間が経っただろうか、いつもならぜってぇ途中で起きねぇ俺が起きた。「んー」と小さく唸りながらスマホで現時刻を確認しようとした時だった。

「……っ」

 画面が眩しすぎて反射的にスマホを横に逸らした瞬間、ベッドの横に居る何かに光が当たった。ああ、あつ子のウサギか、と思ったが何かがおかしい。寝起きのしばしばする目でそっちを見て俺は

「うわ――」
「し、静かに……」

 悲鳴を上げそうになったが、素早い動きで伸びてきた手に口を塞がれた。

 ――さ、サイコパス!!

 後輩ことサイコパスが真っ暗な俺の部屋に侵入していた。この人、マジでやべぇ。(※正しくはサイコパスこと後輩)

「んー! んんー!」

 ――ふざけんな、あんた何してんだよ? 今、何時だよ? あつ子はどうした? まさか、サイコパス……あいつを殺したんじゃ……?

 口を塞いでいる手をどうにか剥がそうとしたが、あれ? 

 剥がれねぇ! 

 暗くてよく見えねぇが、いつの間にか腕を何かで縛られていた。スマホがベッドに落ちて、下から後輩の顔が照らされている。片手で俺の口を強く塞ぎ、もう片方の手で何やら別の何かを……

「へぇ、やこくん、こういうのが好きなんだ? 可愛いね」

 はぁあああああああ! ウサギの存在忘れてたぁぁあああああ! ウサギ首根っこ掴まれとるぅぅぅううう! このためか! このためにあつ子は俺の部屋にこのウサギ置いたのか!! クソがぁああああ!(※やっと重大なことに気が付いたやこであった)

「あと、なんか思ってたのと違うけど……嫌いじゃないよ?」

 ウサギを俺の両足の上に置いて、今度は自分のスマホをどこからか取り出して俺に見せてきた。俺の寝顔だった。フラッシュの所為か、すげぇ顔色の悪い写真になっていた。

 ――囚人服着た死人みてぇな顔してんじゃねぇか。これ、犯罪者の方じゃなくて殺された方じゃねぇか。

「はぁ……やっぱり癒やされるね。俺の予想通り、君は猫みたいで犬みたいな子だ」

 意味が分かりませんんんん! 下から照らされてるから笑うとすげぇ怖ぇですぅぅううう! 何が予想通りだ! さっき思ってたのと違うって言ってたじゃねぇか! この死人みてぇな写真のどこに癒やしを感じてんだ、くそサイコパス!

 恍惚の表情というのか、後輩の笑みが怖い。

「んんー! んんん!」

 いい加減離しやがれという気持ちを込めて俺は口を塞がれながらも抗議した。

「え? いい加減離せって?」

 なんで通じてんだよ、怖ぇな。取り敢えず、そうしてもらいたいから黙って頷く。

「仕方ないな、じゃあ、おやすみ」

 ――え? ……あ、れ……、なんか、眠く……。

 不思議なことに目の前に手を翳されると瞼が重くなって、開かなくなった。

「好きだよ、やこくん」

 完全に落ちる前にそう聞こえた気がした――。


 次の日の朝、窓から入ってくる朝陽が眩しくて目が覚めた。朝の五時だった。夏だ、きっと四時には明るくなり始めていただろう。

 リビングに行くと、珍しくオネおじの姿はなかった。仕方なく、もう一度寝た。

 十時になって、また目が覚めた。リビングに行くと、まだオネおじの姿はなかった。

 おかしいな、と思いながら奴の寝室を覗くと奴はベッドで、後輩は床に敷いた布団の上で寝ているのが見えた。

 後輩のことは知らないが、あつ子がこんな時間まで寝ているのは珍しい。俺はどきりとしてしまった。

 ーーまさか、後輩に殺されて……!

「おい、起きろ」

 部屋に入ってベッドに上がり、あつ子の肩を軽く揺すってみた。

「なによ?」
「うわっ」

 目覚めが良過ぎて逆にビビった。とてもじゃねぇが寝起きに見えねぇ。いや、これは軽く寝ぼけてるのか? 後輩居るのにオネエ出てるもんな。よく見たら後輩、死んだみてぇに眠ってんじゃねぇか。

「良かった、生きてたんだな」
「勝手に殺すんじゃないわよ」

 エアコンの風の所為か、少し掠れたあつ子の声が耳に悪い。

「なぁ、あの人、夜中にこの部屋抜け出してたりしないよな?」
 
 コソコソと尋ねてみる。

「それはないわよ」
「は? なんで?」

 やべぇ、ハッキリと即答されて変な顔しちまった。

「話してたら明け方の四時になっちゃって……」

 何をそんなに話すことがあったぁぁああああ?

「ずっと一緒に居たのか?」
「うん、ずっと」

 なんかそれはそれでムカつくが、今は疑問の方が勝っている。四時といえば太陽が薄らと上ってくる時間だ。だが、後輩が俺の部屋に来た時、辺りは暗かった。つまり、あれは……俺の夢……か?

「はぁああああ!?」

 後輩が寝てるとかそんなん気にせずに俺は叫んだ。「んん」と微かに唸りながら布団の上で寝返りを打つしぶとい後輩、「うるさい」と俺を叱咤する寝起きでも意識のハッキリしたあつ子、そして、頭の中がパニックの俺。

 ――俺……後輩を夢にまで出して、しかも「好き」って言わせるって、え、え? もしかして、俺、自分が気が付いてないだけで心の底では後輩のことが好きなのか? 好きって言ってもらいたいとでも思ってんのか? 馬鹿か! 俺ぇぇええええ!

「ああああああああ!」
「だから、うるさいって」

 全世界のリアルな俺と夢の中の俺が泣いた。 
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