オネおじと俺の華麗なる日常

純鈍

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36.ある日『営業のお兄さん』

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 ある寒い平日のことだ。朝、あつ子が学校に行く俺を送り出した。つまり、奴は休みだということだ。どうやらどこかの休日が仕事になるらしい。

 別に俺には関係無ぇことだ、と思っていたら帰りに校門の近くでそこに停まる派手な赤い高級車を発見した。
 あつ子の車だった。そんで乗っていたのはあつ子だった。助手席の方を開けると後ろに乗れと言われた。なんか周りの奴らにすげぇ見られてて嫌だった。

 早くその場から逃れたかったから、俺は大人しく後部座席に乗り込んだ。

「おい、目立つから迎えに来んなよ。友達居ねぇのに、さらに友達居なくなるじゃねぇか」

 車が走り出してすぐに俺は文句を言った。

「ないわよ、それは」

 さらっと否定されて考える。ねぇわ。

「……ないな、それは。もう一回やらせてくれ」

 あぶねぇ、友達居ねぇのにさらに友達居なくなるわけねぇじゃんか。一種のホラーを生み出すところだったぜ。

「おい、あつ子、目立つから迎えに来んなよ! 友達居なくなるじゃねぇか!」

 いざ、仕切り直しだ!

「ふっ、元から居ないわよ」
「ああああ! 言うなぁぁああ!」

 鼻で笑うな! ちょっとは夢見せろ! 「あ、そうよね、ごめんね」くらい嘘でも言えよ! 虚しくなるだろうが!

「あっら、ごめんなさい、本当のこと言っちゃったわ」
「死ねぇえ!」

 そっちじゃねぇ、そっちに謝るな。さらに虚しくなる。追い打ちかけるな、このばじい!

 フロントミラー越しに会話して、俺は完全敗北した。いや、もう切り替えて行こうじゃねぇか。

「……で? なんで車なんだ? 家に帰るだけなら車乗る必要ねぇだろう?」

 俺の高校の奴らにこの派手な車見せつけてぇっていう理由、なわけねぇよな?

「今日はね、用事があるの」

 高速に乗りながらあつ子が言う。

「んだよ、ついでかよ」

 理由を知って俺はシートベルトの下で踏ん反り返った。別にがっかりしてねぇですけどー。

「なによ、じゃあ、用事なくても迎えに来て良かったってこと? 誰だっけ~? さっきまで目立つから迎えに来るなって言ってた人~」
「ぐっ」

 ……俺! それ、俺! でも、マジでおめぇ来ると目立つんだって!

「寝、て良いか?」

 現実逃避したくなった。

「駄目よ」

 ぴしゃりと言われた。

「なんでだよ? いつもは寝て良いって言うじゃんか!」
「――そうそう、こんな話があるのよ」

 って、無視すんのか! そろそろ本気で泣くぞ? 俺。

「ある老夫婦がね、夜に娘さんの家に行ったんですって。その日は娘の誕生日だったから。それで行ってみたら、玄関とか全ての電気が点いてなくて、持っていた合鍵で入ったそうなのよ」

 これは逆に老夫婦がサプライズされるやつだろう? そういう話で俺をビックリさせようとしてるんだな?

「そしたら娘さん、リビングで首を吊って亡くなっていたそうよ……」
「ホラーじゃねぇか! やめろよ!」

 何を急に話し始めたのかと思ったら爆弾投下すんじゃねぇよ! がっつりホラーじゃねぇか! なんか外も暗くなんの早ぇし、空いてる隣の席に何か座ってたらどうすんだよ?

「な、なあ、隣行っちゃダメなのかよ?」
「ダメよ」

 どうせ、また俺の反応見て楽しんでるんだろう?

「なんでだよ? なんで、いつも後ろに乗せんだよ?」
「……」
「教えてくれても良いだろう?」

 何故かいつも後部座席に座るように言われるんだよな。一回も隣に乗れたことがねぇ。まさか……、助手席には恋人しか乗せねぇとか言ったりして……!

「……後ろの方が死ぬ確率が低いからよ」
「へ?」
「真っ正面から車に突っ込まれた時に、死ぬ確率が低いの」
「なん……」

 ――俺のこと、心配して……。そうだよな。俺らの両親、どっちも車の事故で死んでるから……。

「それに後ろの方がミラー越しに顔を見ながら喋れるし」
「俺、あんたの隣に座りてぇんだけど?」
「ねぇ、今、アタシの話聞いてた?」
「それでも、俺はあんたの隣に座りてぇの! ……死ぬときは一緒だ」

 自分で言っていて、プロポーズみてぇだなと思った。

「……勝手に死になさいよ」
「はぁ!? ……あ」

 ぼそりと言われて思わず「はぁ!?」と言ってしまったが、よく見たら、あつ子の耳が赤い気がした。薄暗いから確かじゃねぇけど、多分、そうだ。

「帰りは隣、座っから」

 なんかオネおじの方を見ちゃいけねぇ気がして、窓の外を見ながら雑に言った。奴からの返事は無かった。

 ◆ ◆ ◆

 すぐに帰るつもりなのか、あつ子の車が道の端に停まる。すぐに車を降りて、俺も降りて、近くの家に向かった。

 ――でも、待てよ? なんか、この家……暗くね? ……まさか! 俺を心霊スポットに連れてきたんじゃねぇよな?

『ある老夫婦がね、夜に娘の家に行ったんですって。その日は娘の誕生日だったから。それで行ってみたら、玄関とか全ての電気が点いてなくて……そしたら娘さん、リビングで首を吊って亡くなっていたそうよ……』

 あつ子のさっきの話を思い出して、真っ暗な家を前に無意識に奴の服の袖を掴んでいた。

「何やってんの?」
「何もねぇよ。おめぇが足元暗くて転ばねぇように支えてんだよ」

 嘘だよ。こえぇんだよ、ふざけんな。

「ふーん」

 それだけ言って、あつ子は真っ暗な家の玄関の扉に手を掛ける。え? 人んちなのにチャイム鳴らさねぇの? やっぱ心霊スポ……

「まさ子、誕生日おめでとうー!!」
「うおっ!!」

 扉開けた瞬間、突然のライトアップと数人からのクラッカー攻撃! 俺はあつ子に抱き着いた!

「ちょっと、アタシよ、あつ子」

 どうやら、盛大に人違いされたようだ。ふざけんな。心臓が口から飛び出るかと思ったじゃねぇか。

「やだ、あつ子じゃない! みんなー! 誤爆よ! 誤爆! 電気消して、スタンバイし直して!」

 こいつがリーダーなのか、ソフトクリームみてぇな金髪頭の派手なピンクの着物着たオネエが指示を出してやがる。

 それに他のオネエたちも蛍光色だの派手な色の服装と髪型をしてやがる。誰かの誕生日だってことは分かったが、一体、誰の誕生日だ?

 どうしたら良いか分からねぇ俺は、取り敢えず、玄関に近い廊下の壁際にジッと黙って立っていた。あつ子はクラッカーを手渡されて、リーダーのオネエの横に並んだ。一つだけ言わせてくれ……

 ――んだよ、これ……百鬼夜行かよ……。

「次こそ来るわよ!」
「はい!」

 リーダーの声にその他数人が応えてて、なんか中学の時のバレー部みてぇな空気感出てんだけど。この後、急に階段駆け上がるトレーニング、エンドレスでやり始めたりしねぇよな? 

「来たわよ!」

 玄関の扉横の曇りガラスのところに人影が見えている。そして、扉が開いて……

「まさ子、誕生日おめでとう!」

 ライトアップとクラッカーの嵐!

 入ってきた人間が誰だか知らねぇが、普段仕事に行ってるあつ子と格好が似てる。スーツだし、爽やかに整った黒髪してるし……長身イケメンだし……。

「え、みんな集まってくれたの? アタシのために? もやしちゃんに来てくださいって言われて来たら、こんなサプライズ……っ」

 いや、分かってただろ? 泣きそうなフリしてっけど。知らなかったら暗い中、人んちに入って来ないだろう? つーか、どんな源氏名だ、もやしって。

 まさ子と呼ばれたオネエは集まった仲間からプレゼントやら花束やらをたくさん貰っていた。

「誕生日おめでとう、まさ子」

 あつ子もまさ子に近付いて、小さな紙袋を手渡す。

「あら、あつ子も来てくれたの? ありがとう。髪、短くなったのね。似合ってるわ、アタシの次くらいに」

 プレゼントを受け取りながらまさ子が言う。

「ええ。こちらこそ、ありがとう」

 あつ子、普通に答えてっけど、なんか、そいつムカつかね?

「この後、アレクサンドラママのところで飲むんだけど、あなたも来るわよね?」

 また新しい名前が出たな、なんだアレクサンドラママって、魔法でも使えんのか? あと、やっぱなんかムカつくな。

「アタシは車で来てるから」
「うちに泊まれば良いじゃない」
「いえ……あの……」

 あれ、あつ子、なんか大人しいな。押されてる、のか? あのあつ子が?

「待ってる子も居るし……」

 なんか家で小さい子が待ってるみてぇな言い方してっけど、俺のことだよな? ここに居るんだが?

「なに、それ、マウント取ってるつもり?」
「そんなことないわよ、別に」

 苦笑いを浮かべながらあつ子が否定している。面倒臭ぇ女のマウントの取り合いみてぇの、別に見たくねぇんだけど。

「最近、あつ子、付き合い悪いわよねぇ」

 リーダーっぽいオネエもまさ子に合わせて言ってくる。なんで、こんな面倒臭ぇ付き合いしてんだろうな……。――あ、そうか……あつ子が俺を連れて来たのって……このためか。

「うるせぇな、てめぇは道端に転がって小学生にでも木の枝で突つかれてろ!」

 俺は部屋の隅から吐き捨てた。

 そんな頭しやがって、さっきからずっと言いたかったんだよ! こんのピ――――ッ!(※自主規制)

「え、誰……」
「なんか連れ込んでるわよ」
「え、高校生?」

 オネエ集団にザワつかれてるんだが……存在に気付いてもらえてなかったことがショックだよぉぉぉおおおお! おめぇらの服装が派手過ぎて、俺の存在が消えたんだよぉぉぉおおお! ばっか野郎!

「なによ、あんた。この麗しいアタシと話したくて誕生日会に潜り込んだの?」

 まさ子、反応すんのが面倒臭ぇくらいのナルシストじゃねぇか。こっちに歩いてくっけど、無視だ、無視。

「あつ子、帰ろうぜ。もう用済んだろ?」

 スッと、ナルシストの横を通り過ぎて、俺はあつ子の手を掴んだ。

「う、うん」

 ハッと我に返ったように、あつ子が頷いた。

「あつ子! 今帰ったらアタシたち、絶交だからね!?」

 そのまま玄関に向かったら、後ろからまさ子が強い口調で言ってきやがった。俺の通ってる学校にも同じ群れ方してる女共が居るぜ。面倒臭ぇな。

「うるせぇんだよ! 俺が居ればあつ子はぜってぇに一人にならねぇから心配すんな!」

 なんでわざわざ、こんな奴の誕生日に来てやるんだよ。あつ子、優し過ぎんだろ。

「やっだぁ、目付き悪~い、に、睨まれちゃったぁ」

 ――こいつ、他の奴の同情を買おうとしてやがる……!

 まさ子に共鳴するように、ぞろぞろと後ろに並んだシンパたちが俺に文句をぶつけてきた。

「あんた、まさ子になんて目付き向けてんのよ!」

 ――うるせぇ、目付きは生まれつきだ!

「まさ子はね、営業職でいつも成績一位なのよ!」

 ――あつ子だって一位だっての!

「ここはあんたみたいな餓鬼が来て良い場所じゃないのよ!」

 ――来たくて来たんじゃねんだよ! おめぇらはここが神聖な場所だとでも思ってんのか? 百鬼夜行してるくせに!

「おい! いい加減にしろ!」

 心の中で全部の文句に答えて、ついに俺は怒りをぶちまけた。

「やこ、良いから」
「良くねぇよ」

 あつ子に制止されたが、俺はまさ子の前に立って奴を睨み付けた。

「あんた、あつ子の何なのよ?」
「彼氏だけど、何か問題でも?」

 一緒に住んでて、仲良くしてたら、もうそれは彼氏だろ。(※定義の仕方が単純な高校生男子)

「あつ子に彼氏? アタシの方が魅力があるのに、アタシより先に彼氏をゲットしたって言うの? 冗談はやめてよね。あんな顔しか取り柄がないみたいな子に彼氏なんて出来るわけないでしょう? あんたじゃ若過ぎるし、嘘だって言いなさいよ」
「言うかよ、この(性格)ブス!」
「ブ……ス……」

 知らね、もう飽きたわ、帰ろ。

 ◆ ◆ ◆

「ごめん」

 車の助手席に乗り込みながら俺はあつ子に謝った。

「良いのよ。あの子たちとはね、腐れ縁なの。あと見るの面白いんだもの。だから、あんたにも見せてあげようと思って……ぷふっ」

 運転席に乗り込んだあつ子が軽く吹き出すように笑う。

「はあ? あんたも大概性格ブスだな。心配して損した」

 その性格、あいつらの前では隠してるってことかよ? ほんと何考えてるか分かんねぇ。

「アタシたちみたいなのはね、これくらいじゃないと生きていけないのよ。でも、ほら、みんなから謝罪のメールが来てる。まさ子に逆らえないだけなのよ」
「面倒臭ぇな」

 クラスの女子みてぇ。ああいう奴はどこにでも一人は居るってことだよな。

「でも、嬉しかったなぁ、やこがアタシのこと大事にしてくれて」
「え……ちょ、あつ子?」

 シートベルトをする前にあつ子の両手が俺の両頬を捉えた。

 ――これは、今度こそあつ子にキスされるんじゃ……!?

 キスされるかもしれねぇが、ここで目を閉じたら、また「期待したの?」とか言われるかもしれねぇし、意地でも目は閉じてやらねぇ。

 でも、あつ子の整った顔は近付いてくるし、間近で目閉じてるし、睫長ぇなって思うし、俺の心臓はうるせぇし、これはやっぱり……

 コンコンッ

「なっ!」

 運転席側の窓をまさ子が軽く叩いていた。

「あれ? まさ子?」

 目を開けて振り向いたあつ子が急いで窓を開ける。

「これ、あげるわ」

 ツンデレなのか、ムッとした顔をしながらもまさ子がうちのオネおじに何かが入った黒い紙袋を手渡していた。多分、菓子折だと思うが。

「良いの?」
「良いの。来てくれて、ありがと」

 んだよ、結局素直に礼言うのかよ。ツンデレ大魔神かよ。

 二人のやり取りを見ていたら、何故か、まさ子と目が合った。

「あんたは、覚えておきなさいよ?」

 目の敵にされた。

「知らね、もう会わねぇよ」

 だが、もう二度と会うことはないだろう。さらば、ツンデレ大魔神――。

 この後、家に帰って、俺が「彼氏だ」と言ったことをあつ子に否定されていなかったなと思い出して、ちょっと浮かれた。浮かれすぎてキッチンのカウンターの角に足の小指をぶつけて悶絶した。

 全世界の俺の小指が存在を忘れられたことに泣いた。
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